何れ菖蒲か杜若
教訓1:ある程度書き溜めをしてから投稿すべきである
教訓2:日本語を勉強すべきである
教訓3:調子に乗って書き溜めを放出すべきではない
次話は、ネタが思いついたら……(つまり時期不明)
「んぁ……アイテテテテ……クッソ、流石に飲みすぎたか……」
歳はとりたくないものだ。昔だったら朝まで飲んでいても平気だったのに、今や20年前の半分も飲めやしない。昔は奢ってもらうことの方が多かったが、奢る側に回った今は財布も髪と同じく薄くなっていく。
「あ”ー……っと、どこまでハシゴしたんだったかなぁ……?」
3軒目辺りから大分記憶があやふやだ。デカいプロジェクトを成功させ、チームのメンバーと調子に乗ってハシゴ酒をしまくったのだ。4軒目まで行ったのか、それともそこに辿り着く前に完全に潰れてしまったのか……
「……っていうか、ここどこだよ」
改めて今いる場所を確認しようとして、辺りを見渡す。だが、まるで見覚えのない場所だ。街中で飲んでいたはずなのに、何故か寝転がっていたのは未舗装の田舎道の脇。周囲一帯人家も見えず、どうやら道の両脇は湿地らしい。菖蒲だかアヤメだかその辺りの花がポツポツ咲いている。
「変な電車に乗って、変なところで降りちまったか……?」
だが、駅らしきものも見当たらない。よっぽど前後不覚で余計なことをしでかしたらしい。おまけに空はドス黒い色をしていて、朝なんだか夕方なんだかも分からない。
「今の時間は……ん? 止まってやがる。おかしいな、ちゃんと朝ネジは巻いたはずなんだけどな……」
腕時計を見たが、ネジの巻き方が中途半端だったのか、変な時間で止まっていた。23時ちょっと前か。明らかに真夜中ではなさそうだし、3軒目の段階で日付回ろうとしてたはずだから、まず1時間や2時間のズレではきかなそうだ。
ともかく何か、もしくは誰か、見つけないとどうにもならない。とはいえ、この一本道のどちらへ歩いていけばいいのか……
「……俺どっち向いて倒れてたっけ。こっちか?」
道と並行に身を投げ出していたから、普通は駅か何かから歩いてきて、完全に潰れて倒れたという状況なはず。ならば足が向いていた方向に向かえばいいだろう。
2日酔いで割れんばかりに痛い頭を抱えながら、とぼとぼ田舎道を歩く。未舗装の道に寝っ転がっていたせいか、来ていたスーツはドロドロで、夜露に濡れたか何かでどうにも湿っている。替えのスーツ自体はあるから極端に困ったりはしないが、どうにも着心地が悪く不快だ。見てくれも酷いだろうし、さっさとどこかで着替えたい。
しかし、どうにもだだっ広い土地だ。さっきは菖蒲のような花が咲いていたが、今はピンク色の花が咲いている。蓮にも似ているが、葉の形からして明らかに違う。だがその花を見ていると不思議と頭痛が取れていく、不思議な感覚だ。
しばらく一本道を歩いていると、前方に同じ方向を向いて進む人影が見えた。遂に人がいたという安堵感に包まれる。だが、よく考えればこの道は一本道なのだ。道に転がっていた俺を絶対追い越したはずなのに、声もかけてくれなかったのだろうか。あるいは声はかけても、俺が起きなかったのか……
自然と早足になり、すぐ前に見えていた人影に追いつく。俺と同じくスーツを着込んだ中肉中背の男。ここがどこなのか、向かっている方向に街か駅か何かがあるのか、尋ねようと後ろから声をかける。
「失礼、そこの方、ちょっとよろしいですか?」
だが、前を歩く男は歩くスピードを緩めることすらせず、俺の言葉を無視して歩いていく。俺は同じセリフを、もう少しボリュームを大きくして投げかける。それでも男は全く反応しない。
少しムッとして、俺は目の前の男の肩を叩きながら、3度同じセリフを言う。ところがここまでしても反応なし。癪に触るのが半分、これでも反応してくれないことへの不気味さ半分で、遂にその男を追い抜いて前に回り込もうとした。
「ちょっと! どうして無視するん……」
その言葉は最後まで口から出なかった。件の男は前に回り込んだ俺をサッと避けて、何事もなかったかのようにまた歩き始めたのだ。ここまで来ると不気味さの方が上回り始めた。いくら日本人は他人に無関心になったとテレビなんかで言われ始めたにしても、ここまで完全無視を貫かれるのは流石におかしい。
とはいえ、ここで唖然として突っ立っていても何も変わらないし、とりあえず男が向かっている方向に進めばなんとかなるだろう。来た道を戻るのは余りにも不毛だし、まだ男1人に無視されただけだ。
再び男を追い越して先に進むと、更に前の方に人影がいくつも見え始めた。老若男女、様々な人々がいたが、やはり先ほどの男と同様に同じ方向を向いて、一定のスピードで歩いていた。嫌な予感がして彼らの何人かに試して見たが、やはり何も反応してもらえない。
これはヤバいぞ、と俺の頭の中で警鐘が鳴り響く。何かがおかしい。いや、何もかもがおかしいのだが、何が原因なのかまるで分からない。しかもそれに気づいたところで俺が取れる手段は、ここにただ呆然と突っ立っている、今まで通りの方向に歩く、来た道を戻るの3つしかない。
突っ立っているのはありえない、何の状況打破にもならないだろう。だが今まで通りの行動を取るのは二の足を踏むし、かと言って引き返しても何とかなるとも限らない。どうすればいいのか。
その時、少し前方に何やら分かれ道があるのに気がついた。二股に道が分かれていて、俺をガン無視した人々がドンドン左の道に吸い込まれていく。
ここへ来て選択肢が増えた、ように見せかけて状況は更に面倒なことになりやがった。果たしてこれは何が正解なんだ? 人の流れに乗っかるべきなのか、別の道を進むべきなのか、はたまた人の流れに逆行すべきなのか……
すると突然だった、
「もし、そこの方、マップはご入用ではありませんか?」
「お?」
遂に人の声が聞こえたという、先ほどとは比べ物にならないほどの安堵感と、かけられた言葉の意味不明さへの困惑が入り混じった声が出た。
ふと見ると、二股に分かれる分岐のところに、黒づくめの妙ちきりんな格好をした少女が立っていた。結構な美少女で、その時代錯誤な服装もやけに様になっていた。但しこんな状況でなければ単に物珍しいで済んだが、今は俺の少女に対する猜疑心を増幅する効果の方が強かった。
「何だって?」
「マップはご入用ではございませんか? 様々なマップを取り揃えてございますよ?」
「マップ? 何でそんなものを……」
うん? マップということは、この場所の地図も当然あるってことじゃないか? いや、待て、待つんだ。余りにもそれは都合が良すぎるだろう。詐欺か? 詐欺の類なのか? というより、誰も俺に反応してくれなかったのに、彼女だけが俺に声をかけて来るとか怪しすぎる。この少女、一体何者なんだ? これは関わっちゃいけないパターンのやつか?
「何だ? 何が目的なんだ? 言っておくが、昨日の晩大量に飲んで相当金を使ったから、財布の中身は空っぽだぞ?」
「おや、そうでございますか。ですが大丈夫です、私には暴利を貪る趣味はございません。しっかり適正価格で、マップは売らせていただきますよ」
「いや、そんなこと言われたって、あからさまに怪しすぎるだろ。誰も周りの人間が反応すらしてくれないのに、お前だけが俺に声をかけてきたんだ。挙句、何だかよく分からないものを売りつけようとしてくる。これのどこか怪しくないってんだ」
「ふむ、確かに道理ですね。勿論お買い上げいただくかはお客様のご意志です。ですが、ご要望のマップがございましたら、お声をかけていただければ……」
……そう言われてしまうと、何故か求めてしまいたくなるのは人のサガなのだろうか。何だっけ? 最初過大な要求をして、後から要求の水準を下げると受け入れてもらいやすくなるみたいな……いやそれは何か違うな。
どの道どうにも判断基準がない。普通こういう時は人の多い方に行くべきなのだろうが、今回に関しては異常事態だから真逆の可能性もある。ただ真逆と言っても、二股の右が正解なのか、逆戻りが正解なのかが分からない。
「……やっぱりここの地図はないか?」
「おや、よろしいのですか?」
「お前さんが俺を騙す気だったとしても、そうじゃないにしても、何でもいいから判断基準が欲しい。いくらで売ってくれるんだ?」
「そうですね……今回は事情が特殊ですので、そちらの腕時計をいただければ……」
「これか? あー……でも背に腹か。別に高級品でも何でもないが、大丈夫か?」
「ええ、その点はご心配なく。ですが、本当によろしいのですか? 一度深呼吸なされて、考え直されることをお勧めいたしますが」
……そう言われるとどうにも決意が鈍る。だが、相手がそう言ってくるということは、裏を読めば正解の選択肢だということに……なるといいのだがな。どの道このままボケっと突っ立っているわけにもいかん。
「……いや、大丈夫だ。ほら、腕時計」
「確かに。ではこちらがご要望の地図です。ご利用ありがとうございました……次いらっしゃる時は、迷われませんよう……」
そう言い残すと、少女は俺の前からいつの間にか姿を消していた。やっぱり何か人外の類だったのか? そう冷や汗をかくが、俺の手には例の地図が。急いで地図の中身を確認する……
「……ウッソだろ、やっぱりそうか! クッソ!」
いやもう、まさかここまで清々しく
『左:天国、右:地獄』
とか書いてあるとは思わなかった! もう俺は脇目も振らず、一目散に来た道を逆走し始めた。続々こちらに向かってくる人たち、もとい死者たちの生気の抜けた顔に怯えながら、とにかく走った。
次第に周囲に咲いている花が、ピンク色の花から菖蒲へ、そして気づくと和風な木が沢山生えている森の中に入っていた。しかし俺はそんなものも気にせず、走り続けた。すると、目の前が突然明るくなり、俺は眩しさの余り目を瞑った……
……どうやら、俺は酔っ払って前後不覚になったはずみで道路に飛び出し、車にはねられたらしい。気づくと病院のベッドの上だった。医者からは一時心臓が止まったとさえ言われた。やっぱり俺は生死の境目にいたらしい。
あの時引き返さなかったらと思うとゾッとする。地図を売ってくれた少女には礼をしたいところだが……あんな場所で出会ったのだ、次会えるのはいつになることやら。
そういえば、俺が彼女に地図の対価としてあげた腕時計は、現実では消えることなくそのまま残っていた。でもやっぱりネジを巻いてなかったから、3時前で止まったままだった。まああの地図も起きたら手元になかったし、向こうの世界での物々交換はこっちには持ち込まれないんだろう。
どうにか生き永らえたんだ。ちゃんと生きて、次は胸張って天国に行けるように頑張らないとな。
「人は自分の死期も、その後も本来分からないもの。それが分かってしまうような状況で、人の論理が通用するとは思わない方がいいわよ、そこの貴方」
23時ちょっと前→11時ちょっと前→10:59→テンゴク
3時前→2:59→ジゴク
さて、彼は次来た時に、左の道に進めるのでしょうかね……?
ちなみにそれぞれ出てきた植物は、菖蒲、蓮華草、櫟です。