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小さな少女と大いなる錯誤

日間ランキングに載っている……だと……? 皆様のおかげです、本当にありがとうございます!


(……言えない、ネタ切れな上に書き溜めが全然ないなんて、到底言えないぃぃぃ……)


 世界一広い砂漠のど真ん中、辺り一面砂だらけ。普段人が想像する砂漠とはこういうものだと言わんばかりの砂漠が、無情にも僕の前には延々広がっていた。


 好き好んでこんな所にいるわけではなかった。広大な砂漠地帯の沿岸地域に存在するいくつかの都市。それらの間の物流や人の流れは、基本的に船舶か航空機によって賄われていた。鉄道や道路を通すにはその環境は余りにも過酷すぎたし、砂漠に暮らす先住民の反感も買うことになるだろう。

 航空会社のパイロットとして勤めて、早20年以上。国際線パイロットとして花形の地位にいたが、労組が上層部と待遇面で揉めた際に旗振り役に担ぎ上げられたのが運の尽き。騒動が終わり労組の敗北が確定すると、砂漠を横断する貨物飛行便のパイロットに飛ばされた。


 元々飛行機に乗ること自体にロマンを感じていた口だから、左遷自体はそこまで辛いこともなかった。とはいえ、自分が担当していた航路は昼も夜も関係なく、眼下に広がるのは砂の山。特に夜は下に何の明かりもなく、真の暗闇というものを味わうには絶好の場所だろう。まあ誰が好き好んで味わいたいものか、とは思うが。

 たまにキャラバン隊やオアシスが見えたりすると、必要以上に安堵の気持ちが高まった。空から見ているということもあるが、この生命の気配がまるで感じられない大地では、肌の色や宗教、人間とそれ以外など関係なく、1つの生命だという感覚をより強く覚えた。


 1人身でもういい歳だから結婚する気もない、子どもも欲しいとは思わない。飛ばされて数年、ここにズッといたいという積極的な気持ちもなかったが、本国に帰りたいという気持ちも湧かなかった。しがらみの中で仕事をするよりも、物言わぬ貨物を載せて1人ひたすらに砂漠を横断し続けるこちらの方が、性に合っていたのかもしれない。

 だが、まあ油断していたというか、飛行機に慣れすぎて、自分に翼があるかのように錯覚したのか。ある日いつものように飛び立って航路の道半ばほどに来た時、急なエンジントラブルで砂漠のど真ん中に不時着を余儀なくされた。


 ロウが溶けて羽が取れた時のイカロスの気持ちを味わう羽目になったが、幸い機体そのものに大きな破損なく不時着することができた。急いで修理を始めたが、どうにも上手くいかない。エンジンが原因なのは分かっているのだが、どこを弄っても直らないのだ。

 とはいえ季節が真夏と悪く、手持ちの水や食料の量からして砂漠を横断するのはできればやりたくなかった。連日ガチャガチャ修理を試みるも、やはり上手くいかない。







 不時着から2日後の夕方、今日もエンジンがうんともすんとも言わないのを確認した自分は、思わず砂の上に仰向けに倒れこんだ。このままでは死あるのみだ。

 いや、上空から何回も見ていたから分かっていたはずなのだ。この砂の大地で生を貫くというのは、人間単独では厳しすぎる。自分の足元をうろつく蠍も、砂の上を這う蛇も、キャラバン隊のラクダも、砂漠で生を貫く為の用意がある。

 自分には何もない。飛行機という借り物の翼で悠々とその上を通過していたが、その借り物の翼にこうしてそっぽを向かれれば、1週間と持たないのだ。なるほど、人は虚無というものにこうして目覚めるらしい。私という青い照明は、もうすぐ消えようとしているのか。


 そう、深いのか下らないのかよく分からないことを、目を瞑って現実逃避につらつらと考えていた時だった。ふと、夕暮れによりできた何者かの影が、自分の顔に突然かかった。明らかに砂漠に住む小動物のものではない。まさかラクダか? と急いで目を開けて起き上がると、そこには黒い服装に白い髪の少女が立っていた。

 一瞬間違いなく幻覚だろうと判断した自分を誰も責められまい。その少女は、この砂で覆われた大地を歩くには余りにも不適切な格好をしていた。10代半ばといった年齢や、砂漠のど真ん中という場所を鑑みても、どうして自分の眼を信じられようか。


「もし、そこの方、マップはご入用ではありませんか?」

「……?」


 そしてこのセリフである。最早ここまで来ると夢だと思った方がいいぐらいに支離滅裂だ。というか夢か幻覚だろうと思い込むことにした自分は、とりあえず聞き返してみることにした。


「マップ? こんな砂漠の真ん中で、君はマップを売ってるのかい?」

「ええ、その通りです。およそどのようなマップでも取り揃えておりますよ。地図は勿論、グラフ、関数、見取り図、星図、海図、回路図、製図など……」


 普通は砂漠を歩いている人間が、マップを持たないということはないはずなのだが。もしくはマップがいらないほどに砂漠に精通しているなら別だが、どの道需要はないはずだ。もう何が何やらサッパリである。

 だがなるほど都合の良い夢だ。もうどうしようもなくなったら、歩いて街かオアシスに辿り着くしかない。航空図は普通の地図の代わりにはならない、特にこんな場所では。当座生き残る水や食料ではなく地図屋が出てくるというのは、まだ生きるのを本心では諦めていないらしい。


「なら、この周辺のマップをくれないか。できれば水と食料も欲しいところだが……」

「申し訳ありません、水や食料などは私も持ち合わせておりませんので……ですが、周辺のマップでしたら勿論お渡しできますよ。そうですね、代価は……」

「残念ながら金になりそうなものは殆ど何も持ってないよ」


 持っていたところで現実ではどうにもならない。金というのは所詮人間社会でしか通用しないのだ。


「では、逆に私に水を分けていただけませんか? それを代価としましょう」


 ほほぉ、まさしく金を払えないなら命で払えと言わんばかりの要求だ。究極の選択と言ってよいだろう。


「そう言われても、手持ちの水自体残り少ないが……」

「いえ、ほんの少しで大丈夫です。ですが、本当にそれでよろしいのですか? 一度深呼吸して、考え直された方がよろしいかと……」


 夢の中の登場人物に忠告を受けるとは中々ない展開だ。とはいえ、夢だろうが万一そうでなかろうが、2日踏みとどまってズッと修理しても直らないのだ。このままだと飛行機を諦めて真夏の砂漠を歩く羽目になる。ここで地図があるかないかは、人がいる所に辿り着けるかを左右する死活問題だ。


「いや、構わない。地図を手に入れる方が優先だろう」

「左様ですか……では多少水をいただきまして……こちらが地図です。ご利用ありがとうございました、ゆめゆめ命を投げ捨てることのございませんよう……」


 気づくと、少女は煙のように消え失せていた。どうやら夢だったようだ……とはならなかった。手持ちの水は瓶1本消えていたし、手元には見慣れない地図が。まさかあの少女は本当に実在して、彼女と自分は取引をしたのか?

 ならば地図もちゃんとこの周辺の地図に違いないと、期待半分で慌てて開いてみる。だが、そこには絶望的なものが広がっていた。自分が今いる現在地はワジ、つまり涸れ川の底なのだが、現在地の周囲一帯何も書かれていない。街はおろかオアシス1つすらない。


 普通ワジの周囲には地下水系があったりするので、自分も多少歩けばどうにかなるだろうと高をくくっていたものだから、この事実は衝撃だった。ここから1番近いオアシスなり街なりには、徒歩だと最低でも4日か5日はかかる計算だ。まずもって少女に持っていかれた水が仮にあったとしても、確実に途中で水が尽きる。

 絶望という言葉以外でこの感情を何と表そうか。これなら不時着した時点で遮二無二歩き始めていた方が、まだ助かる目があったかもしれない。砂の地平線に夕陽が沈み、辺りが暗闇に包まれる。まるで先ほどまであった希望の光が失われていく様であった。


 飛行機は最早直る目処は立たない。ここまで弄って直らないのなら、自分では手に負えないのだろう。どの道この世に未練はない、このまま誰にも発見されず野垂れ死ぬのも悪くないかもしれない。そんな風に思いながら、ノロノロと立ち上がる。そう思っていても、とりあえず野営の準備を始める辺り、体は正直だ。

 ゴソゴソと荷物を漁っていた時、パラッと何か紙のようなものが1枚落ちた。拾ってみると写真だった。自分が左遷されるとなった時、一緒に闘った仲間との送別会での写真。写真の真ん中で苦笑いしている自分と、その左隣で完全に出来上がり、肩を回して自分に絡んできている同期のパイロット。


 その時の会話を、ふと思い出した。








『クッソ、俺たちしくじっちまったなぁ……もう少しだったのによ』

『まあしょうがない、あれは誰が悪いってわけでもなかったんだ』

『でも、お前がまさかあんな僻地に飛ばされるとは……すまん、巻き込んだ俺のせいだ』

『いや、気にしないでくれ。結局最後は自分で参加するって決めたんだ。それよりそっちこそ、会社辞めるんだって?』

『ああ……1番暴れまわったからな。左遷でも許されそうになかったんで、先手を打って辞表叩きつけたよ。ま、実家に帰って親の農場でも継ぐさ』


 そう言って苦笑いしたアイツは、グッとグラスを空にして、


『……上層部はホントに金儲けのことしか考えてやがらない。そりゃ金を稼ぐことは重要なんだろうが、俺は空を飛びたいってのと、お客さんを笑顔にしたいってのが原動力だったからな……』

『僕だってそうさ、僕や君だけじゃないだろう』

『そいつは頼もしいね。まあそんな俺たちが、有り体に言えば金を要求する立場に回って、クビ切られるたぁ、お笑い種だな』

『そんなことはないだろう、あれは当然の権利として要求すべきことだった』

『でも事実としてはそうなんだよ……』

『……』

『俺はもう飛べない。従軍すれば飛べるんだろうが、人殺しの為に飛行機に乗るなんて真っ平御免だ。でもお前は飛ばされはしても、まだ飛べる。その思いを、俺の分まで受け継いでくれないか』

『……ああ、約束しよう』

『そうか……そうか! なら絶対砂漠で野垂れ死になんかするんじゃないぞ! 生きて帰ってきて、若造共に空を飛ぶ楽しさを教えてやってくれ! ……それで、もし余裕があったら、俺にも思い出話を聞かせてくれよ、な?』

『ああ、勿論だともさ、友よ』







「……そうか、生きて帰らなくちゃ、アイツに申し訳が立たないな」


 アイツの言葉で、急速に絶望と虚無から意識が浮上してくる感覚がした。計算上は無理でも、やってみなけりゃ始まらない。最悪飛行機自体はダメでも、自分さえ生き残ればまだ飛べる。自分のものじゃないからこそ、翼を引きずっていかないという選択もできるのだ。


 翌日朝、地図上で1番近いオアシスを目指して歩き始めた。普通砂漠を横断するとなれば、大量の水で荷物がバカみたいに重い。だが、背に背負った荷物の軽さは、身の軽さとなると共に、ふとした瞬間に天に導かれそうな、嫌な軽さだった。

 まだお迎えは早いと、地に足をつけながら必死にオアシスを目指した。地形以外に大した変化のない砂の大地。行けども行けども殆ど変わらないその景色が、本当にこの方向で合っているのかという不安を掻き立てるが、それでもひたすらに歩き続けた。


 歩き始めた次の日、運はどうやら自分に味方したらしい。小高い砂の丘の上で野営の準備を始めようとしていた時、なんと突然雨が降り始めた! まさしく恵みの雨とはこのことだった。大急ぎで空き瓶を並べ、水を貯めに走った。

 自分はまだ生き残れる、その自信がついた。不安は雨と共に一気に洗い流された。希望的観測を抜きにしても、雨のおかげで持ちこたえられる日数が増えた。翌日の足取りは昨日とは比べ物にならないほどに地に足がついていた。







 歩き始めて3日目、偶然通りかかったキャラバン隊に助けを求め、自分はようやく街へ帰ることができた。不時着してから1週間近く、自分は死んだものと思われていたらしく、知り合いからはまさしく幽霊を見るような目で見られた。

 生きて帰ってこられたのは、かつての「戦友」のおかげだ。もう何年も本国に帰っていない。今度の休暇で久しぶりに帰ろう。そして、アイツに思い出話をしてやるんだ。そう誓った。


 おかげと言えば、地図をくれたあの少女は一体なんだったのだろう。彼女の地図も生きて帰ってくるのにとても役に立ったし、彼女も恩人なのだが……帰ってきてから少女のことを話しても、誰も信じてくれない。彼女はどういう存在だったのだろう、もしや少女の姿をしていたとはいえ、天使だったのかもしれない。

 少女のことは結局分からずじまいだったが、今でも彼女に貰った地図は大切にしまってある。







「……天使、ですか。私のどこを見て、天使だなどと思えるのでしょう……まあ、どう思われようと構いませんが」

因みに、この話の主人公が選んだ選択肢は、ゲーム的に言うとBetter Endです。

Best Endの条件は、「少女にマップが欲しいか聞かれた際、飛行機の詳細な設計図を貰う」です。

そうすると、主人公が見つけられなかった不具合を見つけられ、翌日朝には飛行機を直して帰還できます。


なお、少女から何も貰わなかったり、地図を貰って周囲に何もなく絶望したままだと、2日後に降ってくる大雨が洪水になり、ワジの底に不時着していた飛行機を飲み込んでしまうのでDead End直行ルートです。


……以上、どうでもいい裏設定でした。

4月に入ると忙しさ倍増しのはずなので、1週間くらい沈黙していても死亡宣告は出さないでください……

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