表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/11

ランク詐欺


「もし、そこの方、マップはご入用ではありませんか?」

「え、俺?」


 冒険者ギルドを出て宿への帰り道、比較的人通りの少ない所に通りかかった時、突然後ろから声をかけられた。振り向くとそこには黒系統で統一された服に、白い髪、何やら奇妙な帽子を被り、日傘をさした少女が1人立っていた。

 明らかに上物の服に、黒い傘。その優雅な所作からしても、川向こうの高級住宅街に住んでいるような、それこそ俺みたいな冒険者風情とは身分から違うと思しき少女。しかも周りを見渡しても、お付きの人とかそれらしき影は見当たらない。


 うわ、面倒だなぁ……というのが正直で控えめな感想だった。こういう高級住宅街の子どもが、こんな場末に来る理由なんて大抵ロクなもんじゃない。オマケに1人ってことは、こっちが何か粗相なりなんなりをやらかした場合や、向こうが暴走した場合のフォロー役や歯止め役がいないってことだ。

 残念ながら向こうから話しかけられ、反応してしまった以上、無視するわけにはいかない。警戒度マックスで恐る恐る言葉を紡ぐ。


「え、えっと……どうかなさいましたか? このような所にいては危ないですよ」

「いえ、ご心配なく。そこまで畏まらなくても大丈夫ですよ、私は向こう岸の住民ではありませんので」


 向こう岸の住民ではないと言われても、明らかにその喋り方、仕草、服装と、少なくともそこら辺に住んでいる一般人とは思えない。


「改めまして、マップはご入用ではございませんか?」

「マップ? えーと……情報屋なの……ですか?」

「情報屋ではありません、私が売るのは情報よりも狭義のものであるマップです」

「はぁ……」


 違いはさっぱりだが、とりあえず情報屋に類するものなのだろう。だがハッキリ言って見た目からして、眉唾でしかない。別に俺だって今年で17にしかならないし、こういう職業で年齢を理由に実力を見くびるのは大抵の場合ご法度だ。この街で1番の実力を誇る冒険者パーティの最年少は16歳だったはずだし。

 でも明らかに情報収集にそぐわない見た目もさることながら、少女の手は真っ白で傷1つない。危険地帯にも足を踏み入れて新鮮な情報を仕入れる情報屋なら、多少の荒事もこなせないといけないはずなのに、どう見ても彼女の手は箸より重いものを持ったことがなさそうな、綺麗すぎる華奢な手だった。


 とはいえ、ここで偽物と決めつけて邪険な態度を取るのも難しい。どう見ても上流階級出身のような少女を、適当にあしらうのは中々にリスクが高い。ここは素直に、俺にはマップは不要であると伝えて穏便にお引き取り願うしかないだろう。できれば後顧の憂いを断つ為にも、彼女が川を渡って向こう岸に行くまで送ってってやるのが最善だが。


「えっとですね……俺、もとい私は別に今マップは必要とはしてないんですよ……なので申し訳ないんですけど……」

「おや、そうでございますか? 様々なものがございますよ? この街の地上部分の地図から地下水道の地図、周辺地図、世界地図、ダンジョンの地図。勿論マップですから地図だけではございません、家系図、星図、海図、建物の見取り図、その他……」


 なんだか大分羅列されたが、ちょっとマズそうなものまで聞こえた。世界地図とか、詳細の度合い次第だと軍事機密だぞ。ただ、明らかにそれに触れるのは藪蛇だろうから無視するとして……


「ダンジョンの地図? それも売ってるのか?」

「勿論です。踏破済みのものから、未踏破のもの、未発見のものまで、各種取り揃えてございます」


 いや、未発見のダンジョンの地図をどうしてこの少女は持ってるんだ。流石に眉唾すぎて眉ベッタベタだぞ、大丈夫かこの子。


「ダンジョンの地図ってもなぁ……」


 それに、ダンジョンは半ば生物のようなものだ。どのようなダンジョンかによって差はあるが、ダンジョンの中身は定期不定期問わず徐々に変化する。中の地理から、出現するモンスターから何から全部。ダンジョンの地図というものが巷に出回らないのは、そもそも大抵の場合役に立たないからだ。

 ダンジョンの地図というものが役に立つのは、既にダンジョンのコアが破壊され、ダンジョンとしての機能が喪失して変化しなくなったものか、中身が変化する周期がとてつもなく長いダンジョンだけ。


 とはいえ、ダンジョンはその性質故に俺ら冒険者が必要とされる最大の需要なのだ。小さいものならいいが、デカいダンジョンの場合最深部に辿り着いてコアをぶっ壊すのは至難の技だ。1日や2日で踏破できるダンジョンは少ないし、しかもさっき言ったようにダンジョンの中身は変化するから、攻略という行為自体が非常に難易度が高い。

 だからといってダンジョンを放置すると、地上にぞろぞろモンスターが溢れてくる。中身の変化に合わせて、元々いたモンスターが押し出されてくるのだ。つまりダンジョン内のモンスターは定期的に排除する必要がある、少なくとも表層部分だけでも。


 ともかく、ダンジョンの地図なんてものは、ある意味需要が高いはずだ。だが、ダンジョンの変化に合わせられる地図なんて存在しない。それこそダンジョンを踏破して、コアの情報でも読み込めれば話は違うのかもしれないが、それすなわちコアをぶっ壊せるってことだから、それなら普通にコアぶっ壊して地図作ればいい。


「やはり当然ではありますが、お疑いのようですね? 変化するダンジョンに合わせた地図なんて存在するわけがないであろうと。未発見のダンジョンの地図など、作れるわけがそもそもないと」

「え、あ……まあ……」

「では、そうですね……どうでしょう、お試し期間ということで、いずれかのダンジョンの地図を試用期間としてお貸しいたしましょう。それで現に効果があるとお客様がお思いになられれば、その時に金額をお支払いいただければ……」


 なんだか俺がダンジョンの地図を買うの前提になってないか? 俺買うとは一言も言ってないぞ? それに、現状彼女の話を信じられる要素はゼロに近い。

 ……とはいえ目の前の少女からは、お高く止まった上流階級特有の嫌味ったらしさがない。俺を見てくる視線も、あくまで俺を「お客様」として扱うものだ。こちらを見下した感じはなく、個人としては好感が持てる部類ではある。高級なお店の店員だと、普段はこんな感じなのだろうか。


「そんなこと言われてもな……ん?」


 ふと、そういえば地図があるならとても楽に攻略ができて、なおかつ試すのも簡単なダンジョンがあることに気づいた。


「な、なら……西の森にあるダンジョンの地図なんかは……」

「ございますとも、こちらです」


 そういうと、カバンをゴソゴソしたと思いきや、スッと1枚の紙を取り出す。恐る恐る受け取ってみると、今まで見たこともないような上質な紙に、地図がビッシリと書き込まれていた。


「お、おお……」

「では、明日もここでお待ちしておりますので、今日はここで失礼致します、お気をつけて……」


 地図に気を取られていて、気づくと少女は俺の目の前からいつの間にか姿を消していた。まだ疑わしい部分は相当あったが、あそこのダンジョンなら試してみる価値はあるのではないかと思った俺は、仲間にも話してみようと急いで帰った。







 翌日、俺たちパーティは例の西の森にあるダンジョンの入り口にいた。俺以外のパーティメンバーは当然のことながら相当疑ってかかり、少女のことをボロクソ言っていたが、ちょっとだけ安全圏で試してみるのもアリではないか、嘘っぱちならギルド側に訴え出て少女に賠償してもらえばいい、きっと身なりからしてたんまりふんだくれるだろうと言うと、みんなもその気になったようだ。


 この街の西の森にあるダンジョンは、端的に言ってしまうととてつもなくウザいダンジョンだ。出てくるモンスターは弱い部類に入るのに、表層部分からやたら巧妙な罠だらけで罠の方がダメージがデカい。しかもダンジョンの変化スピードが早く、行きはともかく大抵帰る頃には帰り道に罠が仕掛け直されているのだ。

 故に出てくる敵のレベルでいけば精々C〜Dランク程度のはずなのに、ここのダンジョンは表層部分はともかくとして、そこより先の区画は下手するとSランク級の超難関ダンジョンに分類され、どこまで奥があるのかもよく分かっていない。実力のあるパーティでも、帰り道を考慮しなくてはならないという点で精神的に追い込まれるのだと言う。

 そもそもかけられている罠自体が奥に行けばいくほど、見抜いたり解除したりの難易度が高く、そんじょそこらの斥候役では到底見破れない。


 だが逆に言えば、ドンドン中身が変わっていくので、地図が本物かどうかを確かめるにはうってつけだし、もし本物で罠も全部見破れるなら、俺たちにとってこんな都合の良いことはない。


「まさかここに来ることになるとは……」

「まあ、俺らまだCランクだからな」

「いや、昨日の夜は確かにアタシたちも乗り気だったけど……やっぱヤメにしない?」

「いやいや、嘘かどうか確かめるだけならちょっと入ればいいだけだし、危険なことはないって」

「ホントかなぁ……」


 渋る仲間をよそに、元々パーティで斥候役の俺がまず地図を見ながら足を踏み入れる。入り口初っ端から、地図には落とし穴の表示。落とし穴と表示されている場所を避けつつ、そこに適当な大きさの石を放り投げる。


ズボッ!


「お、確かにあったな」

「え、今の地図にあったの!?」

「俄然信憑性が増してきたな……後は地図自体がダンジョンの変化についてこれるかだけど」


 その後表層部分を一通り回り、そのまま入り口まで戻ってきたのだが……


「マジかよ……この地図、ダンジョンの変化に合わせて書き換わっていくぞ!」

「スゴいスゴい! これがあれば、このダンジョンを攻略するのも夢じゃないかも!?」


 ダンジョン攻略はすごく難しい。だから、小さいものでもダンジョンを攻略した経験があるというのは、冒険者にとってはギルドが設けているランク以上に、その冒険者個人やパーティの実力を測る目安になる。もしこのダンジョンを攻略できれば……







「どうも、昨日ぶりですね。いかがでしたか?」

「あっ! お待ちしてましたよ。いやぁ、スゴかったです! あんな地図がこの世に存在するんですね!」

「ご満足いただけましたようで何よりです。そのままお買い上げになられますか?」

「勿論ですよ! いくらですか?」

「この地図ですと、8万リデナでしょうか……ですが、このままお買い上げで本当によろしいですか? 私としましては、一度深呼吸してお考え直しになることをお勧めしますが……」

「8万……これまでの貯金がほぼ吹っ飛びかねないけど……いや、この地図にならそれだけの価値はある! 買います! えっと……これで8万です!」

「……確かに。ではそちらの地図はお客様のものです。ご利用ありがとうございました、ゆめゆめ、過信なさいませんよう……」







「なあ、聞いたか? あの話」

「ああ、西の森のダンジョンの奥の方で、例のパーティの全員分の遺体が見つかったって話だろ?」

「あいつらCランクだったよな? そもそもなんであの罠だらけダンジョンの奥の方に行けたんだろうな……」

「さあな、でも罠で死んだんじゃなかったんだろ?」

「ああ、その時新しく見つかった新種のモンスターにやられたっぽいな。Sランクパーティでも苦戦したって言ってるんだから、Cランクじゃ瞬殺だろうな」

「つっても、あそこまで奥に行けるなら、Sランクくらいの実力があるはずなんだけどな。そうじゃないと、絶対途中の罠に引っかかってそこで全滅してるだろうし……」

「ただ運が良かっただけなのかもな、だとすると、引き際を見誤ったんだから単にアホだったんだろ」

「確かに……」







「身の丈にあった場所を選んでおけば良かったのに、欲張った結果身を滅ぼすとは、人の欲とは浅ましいもの……」

SランクのSとは英語のSuperの頭文字なのでしょうが、ヨーロッパ系の言語ですとおよそ同じ意味で綴りが変わらないのですよね……


身の丈にあった作品を書き始めれば良かったのにと、後悔しているのは作者も同じ

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ