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「もし、そこの方、マップはご入用ではありませんか?」


 それはアタシが愛する彼の反応をロストして、ガックシ来てフラフラと家路につきながら、彼の行方をどうやって探し出そうかと考えを巡らせていた時だった。


 大学への通学途中に出会った彼。アタシと同じ路線、月曜日だけ同じ時間帯の電車。でも彼はアタシとは違う大学の学生だった。アタシの通う大学より、ずっと頭の良い大学。

 一目惚れだった。アタシが電車に乗り込むと、彼は既に電車に乗っている。いつも7号車の1番ドア、進行方向左側の扉横に寄っ掛かり、スマホをいじっている。そしてアタシが降りる駅の2駅前で降りる。毎週月曜日、スマホをいじっている彼の横顔を見るのが、何よりの幸福だった。彼の横顔も心なしか微笑んでいるような気がする。


 でもそのうち、毎週月曜日だけしか会えないのが不満に思えてきた。駅でズッと張り込み、何曜日には何時台の電車に乗ってくるのか調べ、その時間に通学するようにした。帰りの彼を追いかけて彼の家の最寄駅を探し当て、どうしても彼の通学時間より前に講義が入っている時は、講義を途中で抜け出して彼の家の最寄駅まで行き、彼が来るのを待ってから同じ電車に乗り込んだ。

 たまに飲み会の2日酔いや寝坊、風邪なんかで、彼がいつもの電車に乗ってこない時があるとパニックになった。彼がちゃんと電車に乗って来るか心配で、アパートの彼の部屋に盗聴器を仕掛けた。彼のSNSや交友関係も全部チェックした。


 そのうち、彼にはどうも寝坊癖があり、2日酔いとかじゃなくても大体いつも時間ギリギリに起きているらしいことが分かった。アタシは朝、起きなきゃいけない時間に彼がまだ起きてないと、彼におはようのメールや電話をするようになった。これくらい、相思相愛のアタシたちにとっては普通のこと。

 でも彼は何だかこの頃からやたらと人目を気にするようになってきた。友達に頻繁に相談するようにもなった。何があったんだろう?


 そんな夏休みのある日、何だか盗聴器の向こうの様子がおかしくなり、盗聴器が突然壊れてしまった。おかしいな、と思いながらも彼の部屋の様子を見に行くと、彼の部屋は空き部屋になってしまっていた。慌てて聞き込みをしたが、彼の居場所を知っている人は誰もいなかった。

 彼を見失ってしまったアタシは、絶望感に苛まれながら自分の家に帰ろうとしていた。そんな時、アタシの後ろから女の子の声が聞こえてきた。


「え……? アタシ?」

「ええ、そうです。そこの貴方、マップはご入用ではございませんか?」

「マップ……って何?」

「その名の通りです、マップと称されるようなものでしたら、およそどのようなものでも」


 何だか今まで街中で捕まったセールスや詐欺、ナンパの類の中でも、飛び抜けて理解不能。マップ? なんでマップなんかをこの子は売ってるんだろう。見たところ中学生か、よくて高校生くらいにしか見えないのに……


「マップなんて、誰が欲しがるの?」

「お蔭様で色々な方にお買い上げいただいております。皆様方お求めになる種類も様々ですね。勿論、お客様のご希望に沿えるような品もございますでしょう。尤も、お客様がお求めになられるものと、お客様を幸福にすることができるものとは決してイコールでは結ばれませんが……」

「よく分からない需要ね……」


 アタシが今求めるもの? そんなの彼の居場所以外にない。でもただのマップだけで彼の居場所を探し出せるなんて、そんなことはありえない。GPS付きの紙の地図とか聞いたこともないし、そもそもまずは彼のスマホの方に仕込まなきゃならないし……


「……悪いけど、アタシが求めるものをアナタが用意できるとはとても思えないの。これから彼の居場所を突き止める方法を考えなくちゃならないし……」

「おや、人をお探しですか?」

「ええ、そうよ。できればあの人の居場所や行動が追跡できるようにしたいの」

「それでしたらこちらの地図などはいかがでしょうか?」


 そう言うと、その子は手に持ったカバンを何やらゴソゴソ漁ると、ペラっと1枚の大きな紙を取り出した。でもその紙は真っ白で、何も書き込まれてない。


「何これ、ただの真っ白な紙じゃない」

「いえいえ、今はそう見えるかもしれませんが、そうですね……試しにお使いいただきましょう。お客様がお探しの方の詳細な情報をこの紙に書き込んでくださいませんか、詳細であればあるほど良いですね」

「いいけど……まさかそうしてアタシに彼の情報を書かせて、情報を抜き取ろうとしてるんじゃないでしょうね?」

「それでしたらこのような迂遠な手段は取りませんし、多少書いてくださればすぐに分かると思います」


 怪しみながらも、紙を奪われたり、彼の名前なんかを盗み見されないように、ちょこちょこと彼の情報を書いていく。すると、名前と少しの情報を書いた途端、真っ白だった紙に突然手書きの地図のような模様が浮かび上がってきた。

 驚いてよく見てみると、その地図の真ん中でせわしなく動く1つの点。その点の横には、彼の名前。慌てて確認すると、ここから数十キロ離れた地名が、点の近くに表示されていた。


「これって……」

「ご要望の、特定の人を追跡できるマップです。もしお疑いでしたら、実際に現地へ行かれて確かめて見てはいかがでしょう」

「そうね……アナタはついてくるの?」

「勿論です、まだ正式にお買い上げいただいたわけではございませんので」


 それはそうだ、まだアタシはこれをお試しで使ってるだけに過ぎない。アタシは彼女を連れて、地図が示す場所に向かった。







「スゴい……ホントにいたわ」


 地図が示す場所に行ってみると、実際に彼がいた! 地図の場所に建っていたアパートの部屋に、引っ越してきたばかりのようだった。こんな魔法みたいな地図がこの世に存在するだなんて……!


「どうでしょうか?」

「買う! この地図買います!」


 もう彼の居場所が分かるのなら、どれだけ値段が高かろうが何だろうが構わない! この地図を何が何でも手に入れないと!


「本当によろしいのですか? 先ほど申し上げました通り、今お客様が求めていらっしゃるものと、お客様に真の幸福をもたらすものは決してイコールではございません。一度深呼吸をして……」

「何を言ってるの? 今すぐこの地図頂戴! 早く!」

「はあ……お値段は30万円ですが、それでもでしょうか?」

「ええ、構わないわ! そんくらい安いもんよ! ちょっとおろしてくるから待ってて!」


 アタシは大急ぎで近場のコンビニに走り、ATMから出てきた大量の諭吉をひっつかんで彼女の元に戻った。


「ほら! 30万ぴったし!」

「失礼……確かに。ではそちらの地図はお客様のものです。ご利用ありがとうございました……私は確かに忠告いたしましたよ」


 そう言うと、彼女はいつの間にか、風のように消え去っていた。でもアタシはそんなの気にしてる暇はなかった。また彼を見つけられたという嬉しさで一杯だった。







 それからアタシはあの地図を使って、彼のことをずっと見ていた。あの紙に表示される地図はすごく細かく描かれていたし、そこらのGPSよりよっぽど精度が高く、普通なら圏外になるような所でも平気で追跡できた。アタシは地図を使って、彼のおはようからおやすみまでをズッと見続けることができた。

 どうやら彼は電話番号やメルアドも変えてしまったらしい。なので彼のSNSにメッセージを送った。でも彼は何故かアタシをブロックしてしまうので、裏技でいくつもアカウントを作って彼のSNSのアカウントにメッセージを送り続けた。おはようからおやすみまで。


 夏休みが終わり、大学が始まった。彼は新しい部屋から通い始めたので、アタシと通学路が被らなくなった。けれど地図さえあれば、彼の通学ルーティンの把握なんて簡単。でも久々に見た彼の顔は、すごく暗くてどんよりしていた。彼の笑顔はどこに消えてしまったのだろう。

 段々彼の顔から生気が無くなっていく、怯えているような表情が増え、アタシが知ってる彼じゃ無くなっていく。何で? 誰がアタシの彼をここまで追い詰めてるの?







「おや、またお会いいたしましたね。その後いかがです?」

「……いかがです、じゃないわ。彼は、もう彼じゃなくなっちゃったのよ……」


 もう彼は大学にロクに通ってすらいない、ズッと部屋に引き篭もったままだ。彼は日増しに追い詰められた表情になっていき、アタシはその原因を突き止めようと、彼の交友関係を手当たり次第に漁っていた。

 そこで見たのは、彼が彼の友達に当たり散らし、大ゲンカしている様。あの優しく、いつも笑顔で、友達思いで、でもちょっと間の抜けた所のある彼は、もうどこにも見当たらなかった。


「……ねえ、マップ屋さん。ここでまた会えたのも何かの縁だし、もう1枚、マップを売ってくれないかしら?」

「それは構いませんが……どのようなものをご所望でしょうか?」


 今のアタシが欲しいのは……


「……ええ、勿論ございますとも。ですが、本当によろしいのですか? それはつまり……」

「構わないわ。どの道、あんな状態の彼を見るのは辛すぎるの」

「分かりました、私からの餞別です。どうぞそのままお受け取りください」

「いいの……?」

「六文銭はないと困りますでしょう? ご利用ありがとうございました……願わくば、旅路が孤独であらんことを」


 次の瞬間には、又しても彼女はどこかに消えていた。でもアタシはやっぱりそんなの気に止める余裕はなく、そのままの足で彼の部屋へ向かった。







「○○市で男女の遺体見つかる


 警視庁によると、今日午前6時頃、○○市△△の海岸で、人が溺れているとの通報があり、警察と消防が駆けつけた所、沖合で2人の遺体を発見した。

 遺体は10代から20代と思われる男女で、警察は……」


「盗聴器もカメラもハッキングも何もないのに、どこからか自分の行動を監視されていたら、疑心暗鬼やノイローゼになるのは当然。自分自身が彼を追い詰めているという自覚がなかったとは、酷いものね。


最後はオマケしてあげたのだから、せめて彼の分の六文銭も出してあげなさいな」


皆さんは彼のように疑心暗鬼になる前に、キチンと警察に駆け込みましょう。

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