表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/11

RLSの教訓

はじめに……


当作品の主人公や登場人物の一部は、一般的に見て倫理観がおかしかったり、法律を犯している場合があります。これらは決して犯罪を助長する、ないしモラルハザードを意図したものではありません。フィクションとリアルは区別しましょう。

「もし、そこの方、マップはご入用ではありませんか?」


 それは5月にしては、真夏並みに暑い日の午後。俺はスーツの上着を腕から吊るし、汗だくフラフラの状態で歩いていた。営業先からの帰り道、手持ちの水分が底をつき、どこかの自販機で何か買わないと持たなそうだと危機感を抱いていた頃だった。


「……」

「もし、見るからに暑さに参っていらっしゃる、そこのスーツ姿のお方」

「……? 俺?」


 鈴の音のような声、とはこういう声のことを言うのだろうか。よく通る高く、それでいて重厚感をどこか感じる少女のものと思しき声。最初は誰か別の人に話しかけているものだと思っていたが、どうやら声をかけられているのは俺らしい。

 周りを見渡しても他にスーツ姿の人間は……いや、そもそも俺と声の主以外誰の姿も見えない。いくら駅から少し離れた閑静な住宅街とはいえ、誰もいなければ生活音1つしないとはどういうことだろうか。


 不気味に思いつつも、俺の後ろに立っていた声の主の方を向く。そこに立っていたのは、ゴシックアンドロリータ系と思しきファッションに身を包んだ少女だった。

 身長からして、中学生くらいが妥当だろうか。この暑いのに真っ黒なコートまで着込み、真っ黒な日傘—日傘なのだろうか? それとも今時流行りの日傘雨傘兼用だろうか—をさしている。黒で統一された服装とは裏腹に、長い髪の毛は真っ白に近く、その瞳は深い碧を湛え、色白な顔は意味ありげな微笑みを見せている。

 そして何故か彼女が頭に被っている帽子は、その服装とどうにもマッチしていない。どうやら被っているのは鳥打帽のようだ。カンカンよりはマシだろうが、このファッションで鳥打帽とは……


「ああ、ようやく気づいてくださりましたね。では改めて、マップはご入用ではございませんか?」

「……はぁ?」


 いや、もう間抜けにもほどがある声が出たが、当然だろう。そもそも営業の仕事をしてる俺が営業かけられたところまではいいが、その相手が中学生くらいで奇抜—少なくともビジネスシーンでは—なファッションの少女で、しかもご入用ですか? と聞かれているのが、マップ? マップとはなんだ? 一体俺は何を買わされようとしているんだ?


「マップ……?」

「ええ、マップです。英語のmap、大体皆様地図と日本語に訳されますが、私はもう少し広い意味で取り扱っております。すなわち図表、と言われるようなものですね」


 マップ、map。つまり彼女は地図売り、いや地図だけではないと今言われてしまったから何と言うべきか。図表売りだとどうにもわかりづらい。マップ売り? マップ売りの少女? 何やら児童文学の名作っぽくなったぞ。どんなあらすじなのか想像もつかん。

 というよりついうっかり聞き返してしまったが、そもそもマップが入用ですか? と聞かれても、答えはノーだ。恐らく紙媒体なのだろうが—いや、もしやすると彼女が左手に持っている旧式の旅行用カバンから、スッとパソコンかスマホが出てくる可能性は否定しないが—別に地図は手持ちのスマホの中に入っているアプリで事足りているし、それ以外に何のマップが必要だと言うのだろうか?


 いや、もしやするとこれは暑さで頭がおかしくなった俺が見ている幻覚なのだろうか? だとすると俺は相当ヤバいらしい。もしや俺は気づかなかっただけでヤバいロリコンだったのか?

 ……幻覚でも現実でも、本当は見なかったことにしてこの場を立ち去るのが正解なのだろうが、余りにぶっ飛んだ構図の状況と、少女が売っているというマップの詳細について知りたいという欲求—この段階で俺は営業マンとして目の前の少女に完敗である、という情けない現実からは目を背けつつ—から、俺は少女に尋ねる。


「……その、君……貴女がお売りしているマップというのは、具体的にはどのようなものなのでしょうか……?」

「そうですね、およそ世にマップ、ですとかダイアグラムなどと呼称されるようなものでしたら、大抵のものは」

「ダイアグラム? 鉄道のダイヤのことですか?」

「diagramという元の単語は同じですが、元々ダイアグラムという英単語そのものは図のことを指します。鉄道の運行表は本来トレイン・ダイアグラムと呼ばれるものですから、ダイアグラムという範疇の中に鉄道のそれも入っているという理解でよろしいかと」

「つまり、鉄道ダイヤも勿論?」

「ええ、鉄道ダイヤ、建物の見取り図やあらゆるグラフ、関数等の図、路線図や回路図なども対象ですね」


 本当だろうか。第一、聞いてもこの商売に需要があるのかさっぱり分からないし、それをこの年齢の少女がやっているということにも理解が追いつかない。

 太陽はギラギラと容赦なく照りつけてくる。明らかに服装からして少女の方が暑いだろうと思われるのに、彼女は涼しい顔をしていてその白い顔に汗ひとつかいてない。寧ろこちらの方が頭がクラクラしてくる。

 ……そのせいだろうか、ふと馬鹿げた考えが頭をよぎった。それはまずありえない夢物語、オカルトか都市伝説か、そういう類の話。


「……なら、宝の地図とかも……いえ、すみません、変なことを言いました……」

「いえ、宝の地図がご入用でしたら、こちらに」


 しかし少女は手に持ったカバンを開き、そこから取り出した紙束の中から、ボロボロで黄ばんだ紙を1枚取り出した。


「は?」

「ご要望の宝の地図です。色々な種類がございますが、今回はお客様が入手しやすいであろうものをご用意いたしました」

「……すみません、ちょっと見せていただいても?」

「ええ、破損さえしなければ、ご自由に。ですがかなり古いものです、気をつけて取り扱いください」


 そう言うと、こちらにその紙を差し出してくる。そこには大分薄れており、書体の古さや紙の劣化も相まって非常に読みづらい、とはいえしっかりとした地図が。どうやらチラチラ見える地名的に、隣県の山奥のようだ。ご丁寧にお宝が埋まっていると思しき場所には、それらしきマーク。


「確かに古地図ではありそうですが……これが本物であるという証拠は? それに元々貴女がお持ちになっていたものです。既に貴女が回収してしまっているということだって考えられます」

「確かにそうお考えになられても無理はないでしょうし、私にはそうした疑念を払拭する手段を持ち合わせておりません。ですからそちら、今回は初めてのお客様でもございますし、1万円でいかがでしょうか? 少々高い宝くじとお考えくだされば」


 なるほど、それこそ夢を買うというわけか……普通だったら一顧だにしないが、正直会社でのストレスで相当参っている。衝動買いというか、ギャンブル的なのは百も承知だが、ある日道端で突然声をかけられ宝の地図を売りつけられる。よく考えなくてもとても非日常的で刺激的だ。

 冷静に考えればとにかく怪しさ満点なのだが、それらしきものを目の前に見せられ、もうこのシチュエーションだけで社会の荒波に溺れていた俺は相当ワクワクしていた。つい先ほどまでやたら怪しんでいたのはなんだったのか。1万円、決して安いとは言えないが、俺はこのボロボロの地図を買いたいという衝動を抑えられなかった。もう営業マンとして負けていようがどうでもよかった。


「よし……! これいただいても?」

「勿論、では1万円です」


 さらば俺の栄一、だが後悔はしていない。


「確かに、ではそのままお渡しいたします。ご利用ありがとうございました」


 そう優雅に一礼する少女。そう言えば名前すら聞いていないことに気づいた俺は、名前くらい聞いておこうと思って少女に声をかけようとする。


「……あれ?」


 しかし、瞬きした次の瞬間、件の少女はまるでその場にいなかったかの如く、姿を消していた。慌てて手元を見ると、しっかりボロボロの地図が先ほどと同様に、自分の手の中に。

 ということは今までのことは夢ではなかったはずなのだが……ふと周りを見渡すと、いつの間にか買い物途中の主婦や、散歩中のお年寄りのような、周辺の住民と思しき人々が歩いている。


 俺は自分の身に起こったことに首を傾げながらも、時計を見て我にかえり、慌てて駅に向かって走り出した。帰りが遅かったので上司に怒られたが、熱射病を起こしたようでと言って乗り切った。実際脱水状態だったのは事実だしな。だが、アンドロイドなら熱中症なんて起こさないだって? あいつらだってオーバーヒートするじゃないか! 全く……







 その次の休み、俺は登山の装備を整えて隣県に向かった。勿論目的はお宝探しだ。お宝探しだなんてワードを使ったのは小学生以来だろうか。

 俺は社会人になってからでは考えられないほど浮かれていた。社会に出てからは世知辛いと評されるような事ばかり。景気もいいとは言い難く、これといった趣味も持ってない俺は、一時期生きている意味さえ考え始めるほどだった。


 それがどうだ、本当かどうかも分からない—いや、まず間違いなく偽物だろう—ボロボロの地図1枚で、ここまで心躍るような気持ちになれるとは思いもよらなかった。

 この地図のリアリティもそうだが、何と言っても少女の浮世離れした格好—着こなしの具合から、あの格好は趣味という訳ではなさそうだった—や雰囲気、そしてタイミングなどなどが影響していることは間違い無いだろう。あそこまで非日常感を演出できるのは素晴らしいと思う。


 そうして浮かれているうちに目的の山に着く。地図があるとはいえ、ボロボロでところどころ虫食いで読めず、おまけに縮尺もあってないようなもの。それでも便利な時代らしく、ネット上で情報を漁って今の地図や周辺情報と色々照らし合わせ、どうにか範囲を結構絞り込めたのだからスゴいものだ。

 とはいえ、もしあったとしてもここまで見つかってこなかったお宝である。普通の山道から更に外れた場所にあり、そこまで行くのはかなり面倒かつ危険だ。でもそんなことはまるで気にしていなかった。こういう気分が味わえるのなら、最悪何も見つからなくても構わないとさえ思えた。俺は意気揚々と山へ向かっていった。







 結論から言うと、なんと地図に記された場所の付近の土地を掘り返していたら、本当にお宝が出てきた! 所謂埋蔵金というやつで、金の延べ棒的なものがドサドサ出てきた。俺は半ば発狂したかのように喜び勇んで山を駆け下りた。

 一応ネコババはせず警察に届け出たが、所有権を主張する人は現れず、その土地の所有者と折半することになった。労せず大金を手にした所有者の人も相当喜んでいたが、俺はそれ以上だった。何しろ単なるロマンと軽い気持ちで行ってみたら、本当にお宝があったのだ!


 みたこともないような大金を手にした俺は舞い上がり、その日のうちに酷使されていた会社に辞表を叩きつけ、優雅な暮らしを始めた。タワーマンションの最上階の部屋、高級車、ブランド物の服や靴。まさしく生きている世界が違うのだということを日々実感しながら暮らした。

 埋蔵金を掘り出して億万長者になった人として、テレビ番組にも引っ張りだこになった。たちまち俺は有名人になり、ボッチだった俺に大量の知り合いができた。まさに順風満帆。


 だが、そうした日々は長くは続かなかった。流石に豪遊しすぎたせいで、俺の銀行口座の貯金額は加速度的に減っていった。会社を辞めて安定した収入源は最早ない。テレビへの出演も、話題が一周すると途端に呼ばれなくなった。別に俺はテレビ向きのトークスキルを持っていたわけでもなかったから、よく考えれば当たり前だった。

 資金繰りは苦しくなる一方だったが、一度限界まで引き上げた生活水準を元に戻すことは不可能だった。貯金額が0になると、今度は借金が雪だるま式に膨らんでいった。手にした様々な物を手放さざるを得なくなった。友人も、いつの間にか消えていた。







 そして、またしても5月の暑い日の午後、俺はやつれたスーツを着込んで、フラフラと外を歩いていた。働こうとしても、不労所得にかまけて労働から完全に離れてしまった俺の体は、労働するということを受け付けなくなってしまっていた。故に就活はほぼ全敗、雇ってもらえても、勤務態度から即クビ。

 完全に八方塞がりの状態で、俺は半ば呆然自失の状態で道を歩いていた。その時……


「おや、またお会いいたしましたね。その後、ご機嫌いかかでしょうか?」


 忘れもしない、澄んだ鈴の音のような声。バッと振り向くと、そこには数年前と何も変わらないあの少女の姿。


「あ、あぁ……君は……」

「どうでしたか? 私がお売りいたしました地図は。確かにそこに、お宝はございましたか?」

「あ……そうだった、君に礼を言おうとずっと思っていたんだが……」


 埋蔵金を掘り当てた直後、僕は彼女に連絡してお礼をしようと思っていた。だがそもそも名前も素性も何も知らない少女に会えるはずもなく、数日ほど彼女と出逢った道に通ったが、何の収穫もなかった。まさか今になって会えるとは……


「そ、そうだ……地図! あの類の地図は、もうないのか!?」

「あの類と申しますと、宝の地図ですね? ええ、ございますよ」

「もう1枚! もう1枚売ってくれないか?」


 そうだ、もう金がないのなら、また掘り出せばいい。幸い都合よく地図を提供してくれる彼女が現れたのだ。この機会を逃すわけにはいかない。


「それは私としては構いませんが……本当に宝の地図でよろしいのですか?」

「なんだって……?」

「一度深呼吸をなされて、考え直された方がよろしいかと、私は思いますが」

「何を言ってるんだ、地図はまだあるんだろう? 早くそれを売ってくれ!」

「……分かりました、こちらです」


 何やら聞き返されたが、とにかくこちらは地図を求めているんだ、何も問題はないだろう。少女はあの時と同じように、左手に下げたカバンから古びた紙を取り出す。


「そうですね……この地図ですと、300万円でしょうか」

「はぁ!? 300万!?」

「何を驚かれていらっしゃるのですか? 前回は初回サービスでしたから1万円でしたが、その際に貴方はいくら手にされたのですか?」


 ……言われてみれば確かにそうだ、明らかにリターンが美味すぎる。前回のことを考えても、300万払ってもお釣りどころか、300万がお釣りになるほどの資産が手に入るだろう。


「……そんな金額、今すぐには用意できない。物をキープして待っていてくれるか?」

「ええ、何日入用でしょうか?」

「3日……いや2日だ」

「では2日後の同じ時間に、ここでお待ちしておりますので。よろしくお願いいたしますね」


 そう言うと、前と同じように瞬きする間にその場から消えてしまう少女。だが俺はそれには目もくれずに、金策に走り出した。







 あれから2日後、俺はどうにか駆けずり回って300万円ぴったり、耳を揃えて用意し、彼女に渡すことができた。彼女は、


「……確かに。ではこちらがご要望の品です。ご利用ありがとうございました……良い夢を」


 と、述べると、三度その場から消え去った。だが俺はもう彼女を疑うことはない。今回はそこそこ遠い、県境にある山の中だ。受け取ったその場で俺は地図に書かれた場所に向かって移動を始めた。早く掘り出さないと、借金が更に膨らんでいってしまう、急がないと……







「○○山中で男性の遺体発見、滑落か


 昨日午後4時半頃、△△県と●●県の県境に位置する○○山の中腹で、男性の遺体が発見された。遺体は死後2週間程度経過しているものと見られ、警察は……」


「あら……残念。彼は良いお得意様になってくれそうだったのに……もう夢から醒められなくなってしまったのね……」


お宝とは、一体何を指していたのでしょうね……?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点]  一話拝見。これはいい地図だ。 [気になる点]  どうしてそんな地図を持っているとか、おそらく予定とか、履歴書的な運命表(キャラクターシート)も売ってくれそうな超自然存在は「笑うせぇるすま…
[良い点] 一度豪遊すると生活水準戻せず泥沼になる辺りが好き。最初は少年気分だったのに堕ちたな(確信) [気になる点]  ときどき一文が長くなってるとこがある。オチが死んでバイバイってのはなにか惜しい…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ