クールな先輩とペットな僕
01
放課後、僕はいつものように先輩がいる視聴覚準備室に向かった。
僕と同年代の男子たちは部活動や友人たちと遊んだりなど自由を満喫しているのに、僕はある一人の少女のためだけに貴重な時間を捧げなくてはいけなかった。
「……憂鬱だ」
準備室を前に僕は溜息を吐く。
いつも通り、いつも通りと自分に言い聞かせて扉に手をかける。
先輩は部屋内に置かれている椅子に座りながら窓の外を眺めていた。
春の雨が教室内に降り注ぐ中、先輩はどこか憂いを帯びた表情をしながら僕が来たことに気づく。
黙っていれば貴方は綺麗なのに。
「やぁレンちゃん。今日も可愛いねぇ」
黒宮叶枝、高校二年生。
絹糸のように艶のある黒髪、美を象徴するような凛々しい表情、日本人離れのスタイルを持っているだけでも天は二物を与えずという言葉は嘘だとわかる。
それなのに先輩は何をしても男性からも女性からも情熱的な愛を捧げられる才能を持っている。
ニコリと笑顔を振り向けば、先輩の靴箱には大量の貢ぎ物が投入される。
一石二鳥という言葉を作った人間も顔面蒼白だろう。
どんな行動をしても黄色い歓声が止むことはない。
「僕の自宅のポストに先輩の制服を入れるの辞めてくださいよ……親に見られたらどうするんですか」
「その時はその時で対策を考えればいいじゃない? ……実際はいつバレてしまうかドキドキしてるんでしょう」
自分の秘密がバレるかバレないかの瀬戸際を歩くのはとても気持ちがいいとは言えるはずがない。
黒宮先輩と顔を合わせる形で席に座った僕は先輩の口元が歪んでいることに気づく。
今日はどんなことを喋ってくれるのだろうか。
期待をしてはいけないと思いつつも、僕は耳を傾ける。
「さてレンくんに質問。男の人は何で性欲があると思う?」
「それは……」
女装癖のある僕にする質問ではない。
黒宮先輩は僕が人目に隠れて女装をしていることをSNSで知り、秘密をバラされたくなければ私が指定する服装を着ろと脅しをかけてきた。
まさか学校のマドンナである先輩が後輩を弄ぶド変態だとは誰が思うだろう。
毎日、先生や同級生たちからバレないように女装をして視聴覚準備室に行く。
この行動だけでもドキドキするのに先輩は誰も使用する事の無い視聴覚準備室を利用して、自宅から持ってきた可愛らしい服を僕に着させている。
着させたあとは何が楽しいのか僕にセクハラ紛いな質問を投げかけて、喜んでいる。
「女装した男の子が性欲を語る、レンくんがどんな持論を語ってくれるのか楽しみだよ」
「その言葉、僕以外の人に言ったらダメですからね」
既に先輩は誰もが憧れるマドンナの仮面を剥いでいた、今僕の目の前にいる少女はただの年下を虐めることが趣味な女と化していた。
僕はこの人には逆らえない、いつかチャンスがあるのなら先輩の秘密を握ってやりたい。
先輩がどういう表情をするのか見てみたい気がする。
「……早く答え言ってくれないと無理やりレン君の口から答えを言わせちゃうけどそれでもいいの」
黒宮先輩は細い指でいやらしい手つきをしていた。
……僕の口に自分の指を突っ込むつもりだ、それだけはやめてもらいたい。
先輩が僕に向けてくる感情は尋常ではない、可愛がるという域を超えている。
僕と先輩が出会ってからまだ一ヶ月も経っていないのに黒宮先輩は最初から変態的な態度をしてきた。
「いやそれだけは勘弁して欲しいです」
「じゃあ答えてくれたら私の秘密も教えてあげる、それだったらやる気でるよね」
僕の感情を読めるのか、先輩は不敵な笑みを浮かべていた。
ちゃんと答えれば僕に対する先輩の感情がわかる。
恥ずかしいけど……やるしかない。
間髪入れずに僕は自分が考える男性に何故性欲があるのかを答える。
「性欲は僕たち男にとって……無くてはならない存在です。ロケットに燃料を入れたら空を飛べるように、性欲は男が生きるために必要な動力源みたいなものなんですよ。それが無くなったら僕らはどんなことにもやる気が出なくなります」
恥ずかしがらずに言い切った僕の姿に驚いたのか、黒宮先輩は目を丸くして僕を見つめていた。
我ながら何を言っているのだろうと思うが、先輩が自身の秘密を喋ってくれるということもあって僕は普段よりもやる気が出てしまった。
「……ふふっ、やっぱりレン君は可愛い。私が思った通りの反応をしてくれるなんてもしかして私のこと好きなんでしょ?」
「そ、それはお答えできません!!」
黒宮先輩は鼻と鼻がくっついてしまいそうな距離まで顔を近づけてきた。
柔らかそうな手で僕の肌を線をなぞるように触り、獲物を睨みつける蛇のような目付けで僕に話しかけてくる。
「レン君がいつか私の予想を外した答えを言ってくれるなら、秘密を教えてあげる。それまで精々私の着せ替え人形でいてね」
僕と黒宮先輩の関係は誰にも知られることはない。
主人と下僕の関係は僕だけで充分なのだから。
嫌だったら先輩がいる視聴覚準備室に行く訳がない、僕は……自分の秘密を知りながら愛してくれる人を求めていたのだから。