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尖んがりジプシーの航路  作者: 下市にまな
第四章 ニューエイジ襲来編
98/160

波乗

 相変わらず地方の田舎廻りが続く森田チームではあったが、達成率だけは死守しなければならない。

過密スケジュールで生活を送る櫂に対して、何故か最近の優里は大らかになった・・・以前ほど櫂の仕事に向ける悪態の言葉が多くないのである。


『私も働こうかな?』

 そう言った優里が探し出した職場はこともあろうか教育教材の訪問販売営業であった。

教育教材販売事業を柱とするワールドグループとは無縁の会社であったが、偶然とは言えこれには櫂も驚いたが、やはり優里には営業職が向いているのであろう。

圧倒的な決定率で優里はたちまちその会社にとって必要な人材としての扱いを受けるようになり、本人もそれを楽しんでいるようにも感じる。

櫂にとっては渡りに船の環境となったが、櫂がどれだけ仕事に没頭出来ても、流石にこれだけ辺境の小規模会場が続くとなると、森田チームも売上達成率を以前のように大きく上回る事が困難になって来ていた。


『今日は会議の後は直帰で家に帰れるから』

 櫂が笑顔で優里に話しかける

『ごめ~ん、私の方は今日の夜にアポイントが入ってしまってる~』

 教材の訪問販売は当然ながら子供の両親が商談相手となるので、夜のアポイントが多くなるのも仕方が無い。

『そうか・・・頑張って! 飯でも作って待ってるわ!』

 櫂が優里に文句を言う道理は無い。

『じゃあ、いってらっしゃ~い』

 笑顔の優里に送り出されて櫂はマンションの玄関を出たが、途端に表情が引き締まる。


棚橋チームの猛追を感じながら、今日の会議で自分がトップの座をキープ出来ているかどうか怪しい状況なのだ。

チームメンバーはこれ以上無い程に力を出し切ってくれた。

村下が長期不在で棚橋チームの会場に同行する中、伊上・市田は商談成約率を上げ、鎌谷も市田へのライバル心を剥きだしてそれに続いた。

竹橋・下田も他チームの補佐役主任程度であれば負けぬ程の数字を残してくれている。

それでも大型催事を中心としながら猛追する棚橋チームの足音が近づいているように感じるのだ


派遣社員の売上数字は派遣元チームの課長の給与算定には反映されるが、会議での順位を決定するのはあくまでも会場の売上目標に対する達成率である

《単純な事や・・・もしもトップを取られたら、取り返すだけやろ・・》

 覚悟と共に表情は柔らかくなる・・・櫂はゆっくりとワールド第4ビルへと向かった。




 棚橋剛は知っていた・・・そう、駆け昇る術を知っている

大阪繁華街でクラブを経営する両親は羽振りが良く、バブルが弾けて以降も他の同業者よりもずっと上手く仕事をこなしている様だ。

それは常に自分を優位に引き上げてくれる強力な力を持つブレーンを味方に付けているからだと教えられた。

『ええか剛、気に入って貰えれば何でも手に入るんや・・・うちの店は仕入れも、ショバ代も、どの同業者よりも安くで回してる・・・客は有力者が多い! 負ける要素が無いんや・・・最初は頭を下げても、そいつに引き上げられれば次はそいつよりも優位に立つ有力者に出会えるチャンスが開けるやろ・・・そしたら又お近づきになって気に入って貰うんや・・どんどん高い波に乗り移る・・・金が入れば見栄えも変えられる・・・その内に周囲から近づいて来る様になるわ』

 両親はまだ幼い棚橋にそんな話を繰り返したが、言っている意味は鮮明に理解出来ていた。


《言われなくても知っている・・・俺ならもっと上手くやれる・・》

 客に愛想を振り撒きながら次の波に乗り移ろうと画策する両親を店の影から眺めて、棚橋は自分の才能のほうが優れていると確信していた。

小・中・高・大学といつの時代も、同年代の友人達よりも良い物を与えられお金に不自由など感じた事は無い。

通常であれば、そういう人間は妬みの対象となり周囲に攻撃される事となるが・・・

まあ、確かに妬まれて萎縮しながら周囲の目を気にして生活を送る羽目になった奴も居るには居たが・・・


《あいつは阿呆や・・・もっと上手く立回れば良いものを・・》

棚橋は同年代のガキ大将に・・年上の不良連中に・・挙句には教員達にガードされ可愛がられながら、上手く立回れない人間を見ては自分の有能さを実感した。


『剛、お前・・・俺と同じ車種にしたんか!』 

 当時、大阪環状線を暴走して世間を騒がせていた走り屋チームのリーダーは嬉しそうにそう言った

『ええ、俺の憧れなんですよ・・格好良くなりたいんです俺も・・でも、金本さんが言うんですよ・・なんや、そんな車にしたんかよって! 俺はあの人には勝ちたいです・・どうすれば良いか教えてください!』 棚橋は従順な様な、憤慨する様な、そして甘える様な要素を感情に込めてリーダーの目を見る。

《今のは実に上手い・・演技を褒めてやりたいわ・・》

 一般人の反応はもう知っている

『なんや、チーム2番手の金本がそんな事を言ったんか! 剛・・・アイツに勝ちたいか?・・・それなら俺が色々と教えたる!』 

 リーダーは棚橋の肩を叩いてから煙草を気持ち良さそうに吸った


《ほら、やっぱりその反応や・・2番手の次はあんたや・・・単調過ぎて欠伸が出るわ・・・こんなもん社会人になる前のウォーミングアップにもならんで・・・》

棚橋は物足りなさを感じながらも、社会人デビュー後の自分への期待を膨れ上がらせていた。



《こいつっ!・・目の上のたん瘤か!》

 棚橋はトップ席に座る櫂を確認して、挨拶もせずにドカリと2番手席に着座した。

僅差の達成率でトップを死守した櫂は相変わらず無愛想な表情で天井を見上げている。

チーム順位には若干の変動が発生しており、森田・棚橋チームに次いで越口・新滝チームとなり、次長に昇格した桝村・荒堀・加山は部長陣が着座する列に加わっている。

順調だった長川チームは東京常設店舗の不振が仇となり大きく順位を落とした。

中堅の林葉・牧野チームは席順こそ変動していないが、上位チームと比較すると達成率には今まで以上の開きが発生してしまっていた。


《ライバルになると思っていた長川は脱落や! 越口・新滝は育成能力が無いから敵にもならん・・林葉・牧野は瀕死の状態・・それ以外のチームは論外・・・・問題は・・・》

 棚橋は横目で櫂をチラリと確認する

《邪魔や!・・・・何でコイツに勝てないんや? いや待てよ・・・・邪魔は退かせば良いだけや・・・ブレーンを使おう・・》

 棚橋は、成績不振の課長陣に対して苛立ちを隠そうともしない中山を見てニヤリと笑った


会議終了後に退室を急ぐ部長・課長陣を尻目に、棚橋は中山に擦り寄るように近づいた

『中山社長・・・・来月はどうしてもトップを取って、社長の長期展望の力になりたいです! どうすれば僕は社長の役に立てますか?  お願いします教えてください!』

 今までの演技の中でも渾身の出来である


『そろそろ来る頃やと思ってたで・・・棚橋、お前をトップにするシナリオは完成済みや・・飯でも食いながら、スマートな森田攻略を相談しようやないか』

 中山は不敵な表情でそう言うと、ついて来いと手招きした


《これでまた一歩、上の波に乗れるわ・・・》

 棚橋は漏れる笑いを隠すのに苦労しながら中山の鞄を持った。



《ふ~・・首の皮一枚やったな・・・俺が陥落したら、もう誰も意見を言えなくなってしまう・・更に一歩、前に進まなあかんな・・・・俺とアイツ等なら出来る筈や!》

 櫂は会議の結果を受け止めて次の成長を遂げる為の決意を新たにしていた。



 ひたすらに前に進む道を選択する者と、ひたすらに昇り詰める道を選択する者・・・

両者にあるのはライバル意識では無い・・・其処にあるのは相容れない感情のみである


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