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尖んがりジプシーの航路  作者: 下市にまな
第四章 ニューエイジ襲来編
96/160

ギア

 『この新作・・どこに展示しましょうか?』

慌ただしく搬入作業に追われながらも、届いたばかりのコウ・カタヤマ最新作の梱包を解いた市田が顰めた表情を櫂にむけて尋ねてくる

『それが新作か?・・会場の端っこにでも飾っとけ!』

 櫂は市田が抱える新作の画風を見てから素っ気なく答えた


此処暫くは怒涛の新作ラッシュによる売上の巻き返しを画策しているのであろうが、発表される作風は絵心の無い人間が見ても、明らかに作画意欲を欠いたと思わせる大雑把な作品が多かった。

コウ・カタヤマ作品は緻密に描き込まれた街並みと、現実離れしたカラフルな原色をふんだんに使用し、そこに登場する人物達も一人一人に物語が有るかの如く表情までが描き分けられた作風が特徴である。

それが最近では見る影も無く、ベッタリと同色を使った背景に簡単な建物、登場人物に至っては顔のパーツの描き分け等は皆無で、点・点・点が、目・鼻・口という有り様である

新作の完成を催促され続ける事への反発か、作品の買取単価の低下が原因か?

兎に角あの朴訥で絵を描くのが楽しくて仕方がないといった感じのコウ・カタヤマが描いた作品とは思えない作風が続いているのだ。

 新作発表と銘打って告知をして話題性で集客の増加を考えているのであろうが、作家とワールドアートの品位を下げるばかりか、大量に売れ残る在庫を抱える事にもなる。


《焦りが正常な判断を出来んようにしてんのか?》

 櫂も正常さを無くす中山の経営手腕に疑念が拡大するばかりである


『そろそろ行かなくていいんですか?』

 村下が時計を気にしながら櫂に問いかける

『おう、最近は会議ばっかりやな・・・何が緊急会議やねん!』

 櫂も自分の腕時計を確認しながらそう答えると、村下の肩を叩いてから足早に会場を後にした


月に一度の課長会議に加えて臨時会議で召集される頻度が多くなり、課長陣と各地区を纏める部長陣はその都度時間を割いてワールド第4ビルに足を運ばねばならない。

特に今日の臨時会議の招集は急であり、午前中に当日集合を告げられたのである。



 会議室に最後に入室したのは櫂であった・・・

出来るだけ現場を指揮していたいと粘った結果が最後の入室になってしまったようだ。

入室した櫂は即座にいつもと違う光景に気付いた。

中山の席の後方に、見た事も無いコウ・カタヤマ作品が2作品もイーゼル設置されている。


《又かよ!・・・・・・》

櫂は新作であろうその2作品を遠目に見てから、今や自分の指定席となったトップ席に着座した。

いつものように中山と河上の登場を待ちながら、周囲の部長・課長陣の表情を観察して暇を潰すが、今日の外杉は明らかに不機嫌なオーラを纏って着座していた。

外杉の放つヒリヒリとした雰囲気が周囲の課長陣に無言のプレッシャーを与えているのか、会議前にも関わらず室内は静まり返った空気が支配している。


そんな空気を一掃するように上機嫌な中山が河上を従えて入室してきた。

室内の全員が軍隊式の挨拶を済ませると、河上の司会進行もないままに中山は勢いよく話しだした。

『今日集まって貰ったのは来月に発表する新作を、お前達にも選択させてやろうと思ったからや・・

お前たちも経営陣や・・いつもは外杉と俺が新作を選択してきたが、今回は意見を反映しようと考えている』

 ここまで聞けば、櫂にはこの臨時会議が開催される事となった経緯が読み取れてしまう


《今度は外杉店長を相手に力の誇示か・・何の意味が有る?》

櫂には立て続けに発表される作品に疑問があった・・・膨大な知識と誰よりもワールドアートの行く末を考えている外杉が、あのような制作意欲を欠いた作風を認める訳が無いと思っていたのだ。

おおよそ意見の対立する外杉を疎ましく感じた中山が、多数決で決定すれば良いと持ちかけたのであろう。

その為に九州・東京からも全経営陣が集まる事になってしまっている。


 櫂の推察が正しければこの後の展開は単純である・・

前方に並べられた2作品の作風はどちらもよく似ているが、明らかに片方の作品はのっぺりとした仕上がりで手を抜いた感がある・・・・明確な仕入れ値までは知らないが、手抜き作品のほうが安く仕入れられるのであろう。

外杉はもう片方の作品を、そして中山は手抜き作品を推して意見が対立した筈だ・・・と、すれば・・・


《俺様劇場の開演や・・・》

 櫂は耳を塞ぎたい欲望を抑えられるか不安になった


 予測通りに中山は早口で捲し立てた

『こっちはいつもの作風や、ところがこの作品には独自性がある・・・カタヤマ先生も随分と思い入れがあると仰ってる作品や・・・この2作から今日は選択して貰う・・この作品良えと思うやろ・・棚橋?』

『はいっ・・物凄く良いと思います・・色合いが良い!』 棚橋も即答する


 茶番劇である・・・・

こんな稚拙で低俗な茶番劇を見せられる為に自分達は集められたのか!

《課長陣にもここまで明白な芝居を見せられて、怒り心頭な奴が居る筈やわ》

 櫂は周囲の課長陣の顔をもう一度観察してみた。

一様に困惑の表情を浮かべながら、神妙な表情を作るのに必死のようである


《これは社長も墓穴を掘ったやろ・・・幼稚園児でも分かる選択や・・・》

 櫂の予測とは裏腹に外杉の眼光は怒りを湛えて、一層に鋭さを増している。




《そんな・・・まさか!》

 櫂が外杉の眼光を見て即座に芽生えた不安は、次の瞬間に現実のものとなってしまう


『よ~し!・・じゃあ此方のカタヤマ先生の思い入れの有る作品を扱いたいと思う人間は挙手してくれ!』 中山が声を張りながら挙手を促した


 《こいつらっ!・・・・》 櫂は唖然とした


挙手しなかったのは外杉と櫂のみである、中山の横で様子を見守っていた河上は挙手しなかったが、最初から多数決に参加する側では無かったのかもと考えると、

ほぼ全会一致での中山の圧勝である。


櫂は外杉と目が合ったが、直後に焦りの色を浮かべた外杉を無視するようにフラリと立ち上がった。

『おいっ!』 櫂の大声に室内の全員の視線が集まる

『あんたら何なんや? 林葉、牧野課長まで・・・・あんたら一体、どっち向いて仕事してるんや!』

 響き渡る櫂の声に、名出しされた林葉・牧野は俯いてしまった。

無理も無い・・・櫂のチームの様に達成目標をクリアし続けている訳では無いのだ、棚橋・越口チームにも追い抜かれてしまった2人は、毎回の会議での叱責・罵倒により負の洗脳状態にあり、反旗を翻す気力など今は心に存在しないのである。


『森田・・多数決で決まった結論は全員が納得する必要が有る・・・お前もそれが理解出来るなら、選択された新作を売るんや!』

 怒りの収まらない櫂に言って聞かせたのは一番悔しい筈の外杉である・・・外杉に出来る最大限のフォローであった。


だがそのフォローも最早、中山には届かない

《そうか・・・こんな所に壊れた歯車が居ったんや・・お前こそ何処を向いている! コイツのせいで全体の歯車が止まってるんや! 思い上がりを痛感させてやる!》


中山が櫂に向ける視線を涼しく眺めながら、棚橋は自分の時代の到来を予感していた。


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