誰
『うん、調子は最高や・・よく眠ってるから・・・・食ってるよ、ちゃんと・・』
この年は急速に携帯電話が一般家庭に普及し始め、ワールドアートの社員も我先にと携帯電話を購入した。
櫂は握った携帯電話が熱を持ち始めるのを感じながら、必死で閉じそうになる瞼を見開こうと努力している。
優里との新婚旅行後は、新チーム結成の為に脇目も振らずに仕事に没頭してきた・・
当初は優里も復帰した櫂の背中を押すように『頑張れ』と、出張に送り出してくれたが、こうまで出張業務が連続すると、一人でポツンと櫂を待ち続ける優里も寂しさを紛らわせ切れない様である。
優里との連日の電話連絡は、宿泊先でのミーティング後の疲れが一気に開放される時間と重なってしまうが、この時間だけを楽しみにしている優里の心境を思うと、即座に電話を切り上げる事など櫂には到底出来なかった。
『おやすみ・・・何かあればいつでも電話してや』
櫂はそう言ってから、携帯電話をベッド脇に設置してある小さな椅子の上に置いた
ふ~っと、長い息を吐き出してからそのままベッドに吸い込まれてしまおうと目を閉じると同時に、再び携帯電話はけたたましい着信音を響かせた
『・・・はい』
重い体をゴロンと転がしながら携帯に手を伸ばした櫂は、なんとか声を絞り出して返答する
『儂や!』
受話器から必要以上に浸透してくる声の主は河上であった
『はい・・・おつかれさまです・・?』
『寝ぼけとる場合やないぞ・・・新卒の各チーム配属メンバーがやっと決まった』
《やっと決まったって・・もう直ぐ○時を過ぎるで!》
壁掛け時計を確認した櫂はのそりと起き上がった。
『何か随分と揉めたんですか、配属先の件で?』
『そうやない、練りに練ったんや・・適材適所をな・・・お前のチームには3名の新人投入を決めた!』
『3名?』
予測の人数よりも少ない事に、肩透かしをくらった気分になる
『なんや、予測の5名と違って驚いたか・・・まあそれも解るがな・・・既存社員の定着率を考慮すると分配人数を均等とする訳にもいかん事位は予測しとけ!』
《ああ、なる程~》 櫂は単直な予測をした自分の詰の甘さを即座に認識した
『3名、ありがとうございます』
『素直やないか? 肩透かし喰らうで・・・それで、その3名やがな・・2日後には会場入りさせるから、チームメンバーにも体制を整えるよう伝えておけ』
『ええ、いつでも受け入れOKです・・・皆んな首を長くして待ってますんで』
『おお、心強い事を言うやないか・・・それとな、男性で癖の強いのを1人入れてるから・・まあ、そいつを何処に配属するか悩み所やったが・・最終的にはお前の顔が浮かんだんでな・・宜しく頼むわ』
《又そのパターンかよ!・・・今度はどんな奴が来るんや?》
『櫂・・今度の新卒投入はワールドアートにとっても重要なポイントや! 大丈夫やとは思うが・・・大切に育て上げるんやぞ原石を!』
『ええ、承知しました』
櫂は受話器を再び小椅子の上に置くと、どんな奴かなんて今考えても答えは出ないと、早々に深い眠りについたのである。
日本列島の中心位置にあたる岐阜県大垣市にあるショッピングセンター【大垣アプリオ】は、櫂にとって思い出深い場所である
ギャラリー黒鳥での成果を認められ、東海地区の先遣隊として新人時代に意を決して挑んだ会場なのだ。
当初は3階建の3階突き当たり奥の20坪程度の小さなスペースを提供されただけの簡素な展示会場からのトライアルであったが、今や強固な提携関係を結ぶアプリオグループは、今回の展示会場として1階吹き抜けのセンタコートを全面提供してくれている。
森田チームとしては、今までで最大規模の会場となったが、催事開催からの2日間で既に会期売上目標はクリアしてしまっていた。
やはり櫂の両翼となる村下・伊上の存在は大きく、それは伊上の主任昇格でより鮮明さを増している。
櫂から全てを学ぼうとする2名の主任は、追いつかない櫂の営業力に引っ張られるように営業の幅を拡げ、2人の主任を追う竹橋・市田の成長は日々速度を上げてゆく。
来場客の年齢・性別・来場形態を選ばない営業スタイルは、成約客の取り零しを限りなく小さくしており、これが今までの常識を超えた売上進捗を可能としていた。
それでも毎日のように櫂からは次の目標が指示され、メンバーはその冒険を乗り越えた先の自分達の成長を思い描きながら、全力でそれに応えようと労力と知恵を渋り出す事を厭わなかった。
もう、櫂の率いる集団と競い合う力を有するチームはどこにも存在しなかった
まるでショートカットコースでもくぐり抜けて来たかの如く、森田チームは突き抜けてしまったのである。
『どんなメンバーですか?』 『男性ですか? 女性ですか?』 『何処の学校出身ですか?』
メンバーは口々に思いついた質問を櫂に浴びせた
『うるさい! 知るか! 3名としか聞いてないって言うてるやろ・・今日の朝一にアプリオ搬入口で待ってるはずやとも言うたやろ・・それ以上知りたかったら、俺の携帯で河上部長に直接聞けよ!』
ビジネスホテルから徒歩でアプリオ大垣店に向かいながら、櫂は携帯電話をホレッホレッと、チームメンバーに突き出して見せた。
『肝心の事を聞いてないんやもんな~』
村下が残念そうに呟くと、竹橋も同調するように何度も頷いた
『なんやと・・』
櫂が言い返すタイミングを奪い取るように、伊上が冷静に発言する
『あれじゃないですか、3人組』
伊上の指し示す先には、アプリオ搬入口で、おろおろと周囲を見回すキャリーバック3人組が突っ立っている。
『女の子が1人おる! チー坊、見てみろ』
村下が嬉しそうに市田の肩を叩く
『え・・はあ、居ますね1人・・・それとムスっとしたインテリタイプと・・ 何やあれ・・ツンツン頭でユルユルネクタイ!・・舐めてるんかアイツ!』
市田は目立って背が高く、プイとそっぽを向いている新入社員が気に食わないと言わんばかりに唸った
《あれか?・・癖のあるのは?》
櫂は遠目にツンツン頭を確認すると、市田を見た
『ほんま生意気そうや!でもあいつは初日に遅刻はしてない・・ちゃんと先に来て待ってるよな』
ニヤつく櫂にそう言われて、市田も『ええ・・・まあ』とだけ答えた
櫂達一行を真っ先に発見したのは、女性の新入社員である
『ああっ! おはようございま~す 下田華子です・・お花じゃないほうの華です!』
やけに明るい声でペコリと深くお辞儀をした下田は、小顔にくっきりと大きな目と歯並びの良い大きな口を遠慮なく此方に向けて笑ってみせた。
《名前通りに明るい華ちゃんね・・・》
『・・坂本です・・知識を溜め込んで成長したいです・・』
坂本はメガネをクイっと指で持ち上げると、ぎこちなく先輩メンバーにお辞儀をした
『鎌谷です・・お願いします』
ツンツンは、思いの外きちんと挨拶をしたが、その後でそっぽを向く素振りには協調性が無い
《なんやこれ・・・3人共、癖が強いやないか・・》
再び櫂のワクワク感が顔を覗かせ始めた




