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尖んがりジプシーの航路  作者: 下市にまな
第三章 チーム築城編
83/160

プライド:2

 市田がチームに加わってから初となる全員オーダー達成日となったその日の宿泊先ミーティングでは村下も伊上も心の底から喜びを表現した。

竹橋は一つの壁を乗り越えた実感を持って明日からの自分に期待する

市田は初オーダーの記念すべき日であったが、笑顔を浮かべられる心境では無い


『もうええか? ミーティングを始めるぞ』

 櫂はタイミングを見計らってミーティング開始を宣言した。

流石に課長も今日は顔をほころばして手放しで褒めてくれるやろう・・・

チームメンバーは期待を込めて櫂の第一声を待ったが、暫く落ち着いた様子でメンバーを見ていた櫂は意外な程に静かなトーンで話し出した


『今日はこのチームにとって一番重要な話を聞いて欲しいと思ってるんや・・』

 櫂はそう言うと、正面に座る市田の目に自分の視線を固定して話を再開した

『チー坊・・お前、本当は一人でも売れると思ってたな』

 静かな口調ではあるが、市田は櫂の視線に心理の奥に隠した自分の本音を鷲掴みされている様な圧力を感じる

『はい、一人でやりたかったです・・・』

 自分は今までずっとそうして強くなってきたのだ・・

『それが、お前のプライドって事か?』

『はい、そうです』

 ハッキリと答えられる、これは曲げられないプライドだ!

『そうか~・・・プライドね・・』

 そう言うと、櫂はようやく視線をメンバー全員に戻して、市田への圧力は開放された


『それじゃ、俺が新メンバーのチー坊の為に、メンバーそれぞれのプライドを紹介してやるな・・・皆んなも俺の話が、もしも外れていたら訂正してくれよ』

メンバーも、今まで聞いた事の無い櫂の話に興味を惹かれ始める


『まずは美香ちゃん、知っての通り年齢は一番上や・・想像以上に成長に時間がかかっていると自覚している・・自分よりも立派な営業が出来た筈の同時参入メンバーも、既にこの仕事を諦めて辞職してしまった・・それでも年下のメンバーに頭を下げながら何度も同じ質問を繰り返して今まで学んで来た・・それは何故か?  これが自分が望んで飛び込んだ世界であり、一歩も下がらずに進んで行こうと覚悟したからや・・前進への気力を失わない事! これが美香ちゃんのプライド・・その為なら、バカにされようが笑われようが頭を下げる事など厭わない・・・そんな小さな事など気にもしていない・・まあ、俺としてはそろそろ加速して欲しいと思ってるけど・・・美香ちゃん、どうや?』

 櫂の問いかけに、涙目になった竹橋は『はい』と頷いた


立て続けに櫂は伊上を見る

『次は伊上・・実は最強の負けず嫌いの頑固者や・・・けれどもそれを顔に出すのは自分の美徳に反すると思ってる・・負けない為なら時間を惜しまない・・時間や体力を奪われる事よりも負ける事を嫌う・・苦しいと感じながらも、不器用な勤勉さを笑われながらも、手を止める事は絶対にしない・・学ぶ為なら平気で頭を下げるし、素直にもなる・・伊上にとっては人からの見られ方なんかどうでもええんや!

 最後には勝つ、これが伊上のプライドや・・・でも、俺はお前を慕う奴達を迎え入れる為にも、もう少し感情表現して欲しいと思ってたりする! どう?』

 伊上は照れ隠しの鋭い視線を櫂に向けながらも『はい』と答えた


『最後は村下な・・厳しい競技の世界で生きてきた・・だから上下そしてライバルとの接し方も良く心得ている・・ 器用に乗り越えてみせるという自負はあるけど、今のところは競技の世界しか知らない自分の視野の狭さを痛感している・・だから俺から盗めるもんは全部盗むつもりで付いて行くと覚悟した。

同年齢・同性別の俺に頭を下げる事よりも、生き抜いてゆく逞しさを手放さない事・・それが村下のプライドや・・まあ、悲しいかな俺はまだまだ村下の遥か先やけどな・・・違う?』

 村下は苦笑いを浮かべて頭を掻きながら『はい』と頷いた


『ついでに俺の事も自己紹介しとくぞ・・・』

櫂の言葉にその場の全員は興味を持って、覗き込むように意識を集中させる

『俺は・・実は強い!・・何故かと言うと、俺を支えてくれるメンバーには大きなプライドを持っている奴が集まってくれているからやと思う・・美香ちゃんが前進をしようともがく事や伊上が手を止めずに勝利に向かう事、それに村下がヘラヘラと笑いながら逞しさを手放さん事全部が俺の学びになる!

 俺は良えとこ取りして学ぶんや・・・メンバーの人数の掛け算分教えてもらってるようなものや・・・』 櫂はここで再び市田の目に視線を固定した


『このチームは全体がスポンジや・・他のチームからも、他社からも、お客様からも学べるものは全部吸収するだけの覚悟を持った集団や・・もう一度聞くぞ・・お前のプライドは何や?』

 櫂が何を言わんとしているかは充分に理解出来た

市田は、櫂の眼底の奥に潜む自分を見透かしている力から視線を逸らしたいという願望に支配されそうになりながらも、今が自分の成長のチャンスである、違う世界への一歩なのだという心の声に必死で耳を傾けた


『小さいです・・・僕のプライドは小さかったです!』

 自分の顔が赤面しているであろう事は体温の上昇で想像が付く・・・

だが、他人に自分の本音を口に出したのは何時振りであろうか? 恥ずかしさはあるが市田の心は軽かった

『チー坊のプライドは大きいかもな・・・ここで皆んなに正直になれたやないか・・これからも力を伸ばしてくれよな、もう直ぐワールドアートのトップになる計画やぞ!』

 そう言いながら、櫂はせっせと自分の荷物をキャリーバックに詰め込み始めた

『あの、何してるんですか?』

 村下が怪訝に思って尋ねる

『ああ、ミーティングは終わり・・・それで俺は一人部屋に引越しする・・・村下は、今日からチー坊と相部屋な・・・面倒を頼むで!』

『ええ~!!』

 村下も市田も大声を上げて驚く

『ええ~、じゃないやろ! プライドの大きな者同士で仲良く俺を倒す相談でもしとけ!』

 櫂は投げ捨てるようにそう言うと、ニヤニヤと笑った。


『宜しくお願いします!』 意を決した市田が大声で村下に頭を下げる

『お、おう・・・・なんか余計に面倒くさい奴になった気がするんですけど・・・』

 力なく呟く村下を見てメンバーの笑い声が響いた



《これでチームの基盤は固まってきたぞ・・・新卒受け入れ準備完了や》

歪みを見せ始めたワールドアート・・・理想の集団への基盤を完成しつつある森田チーム・・・

何れも、それぞれの立場で闘う人間が、自分の思考と能力を信じて突き進む事でその姿が形成されてゆく

人を突き動かす原動力がプライドであるのならば、大小様々、入り乱れたプライドが導く先にはどの様な世界が見えるだろうか?




後に失われた10年と呼ばれる景気の大低迷期に、既に足を踏み入れていた事など誰も知る由が無かった。

産声をあげた森田チームは力強く握り締めたプライドというオールを漕ぎながら、荒波に船先を向けたばかりである。

前方に畝ねる大波を予感しながらも、櫂は手にした舵を真っ直ぐに向けたまま進むのだと覚悟する・・・・この船なら行けるのだと信じて!


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