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尖んがりジプシーの航路  作者: 下市にまな
第三章 チーム築城編
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愚直

 竹橋美香には大層な社会経験は無い・・

若くに結婚して専業主婦をしながら、パートでスーパーのレジ係をして来た事が唯一の社会経験である。

長年連れ添ったギャンブル好きの夫には悩まされ続けたが、今更一人で生きてゆく自信も持てずに随分と年齢を重ねてしまった。

夫の暴力に耐え切れずに離婚を決意してから途方に暮れたが、子供が居なかったのがせめてもの救いである。


そんな状況の竹橋が街中で開催されていた版画の展示即売会場にふらりと立ち寄ったのがワールドアート入社のきっかけである。

背が低い事に加えて、加齢と共にずんぐりと太ってしまった自分の体型・・お世辞にも美人とは程遠い自分の容姿に自信が持てず、生きてゆく為の糧となる就職先を決めきれぬまま職業安定所からの帰り道で偶然通りかかった展示会場であった。

 自分の接客に付いた若い女性は、無職であり営業する相手としては相応しく無いと告げても、鼻の頭に汗を滲ませながら笑顔で最後まで説明を続けてくれた。

どうしてこんな自分を相手に最後まで丁寧な説明をしてくれるのだと問いかけると、その女性は屈託なく笑いながら

『竹橋さんは当然仕事を手に入れるでしょう・・その時に思い出して貰えれば良いんですよ! それ程良い物だと信じてるんです、自分の扱っている商品の事を・・』

女性はそう言うと別れ際に、姿勢の良い背筋を伸ばしながらスラリと長い腕を差し出して握手を求めた。


《何て幸せそうな表情をするんだろう・・・自分もそんな世界を知ってみたい!》

会場に設置された立て看板から、ワールドアートの存在を認知して求人誌に隈なく目を通したら、あっさりと募集している事が判明し、ダメで元々と腹を括って面接に出向いた。

あの時に出会った素敵な女性からは程遠い、眼光鋭い年配男性が面接で対応してくれたが、自分の中に此れ程までの熱意があったのだと思う位に必死に思いを伝えていた。

『白黒は早い段階で決まるぞ!』

 面接した年配男性は呆れた表情で根負けしたように採用を決定した。


配属先は新しく結成されたチームだと聞いて緊張したまま展示会場を訪ねたが、出迎えてくれたのは若くてやけに恰幅の良い青年である。

『あの・・今日からお世話になります・・・竹橋・』

『美香ちゃんやろ!・・聞いてるで河上部長から・・頼むで、一緒に闘ってや!』

 青年は真正面から目を合わせると、一回り以上離れた年齢差を感じさせないフランクな態度で笑顔を見せた。

『美香ちゃんって呼んでもええやろ? って言うか個性的な服やな』

『ほんまですね、美香ちゃん、ヒョウ柄の服なんて・・・ザ・大阪のおばちゃんって感じで個性抜群ですよ!』

 横に居た背の高い青年も同じように屈託ない笑顔で迎えてくれる

『服装はおいおい変えてゆくとして、私が配券業務に一緒に出ます』

 やけに落ち着きを感じさせる女性が、辛辣な2人を睨みながら最初の業務である配券の指導を買って出た。


こうして思いの外暖かくチームに受け入れられたと思っていたが、業務に携われば携わるほどに自分の物覚えの悪さを思い知る事となる。

最初に出会った、課長の櫂・主任の村下・そして主任候補の伊上以外にも、チームメンバーは2名いたが・・この2名には事あるごとに雑務さえ上手く熟せない事で苛立ちを与えてしまっているようだ。


それでも課長の櫂は、呆れるほどに根気よく営業トークを伝えようと時間を割いた。

必死でノートを取って、それを頭に叩き込もうと時間を惜しまずに取り組むが・・実際の接客となるとスッパリとトークが頭から飛んでしまって、しどろもどろな対応になってしまう。


何時も櫂は絶妙のタイミングでフォローに入り、昨日も聞いた筈のトークを繰り返し聞かせた。

『すいません・・すいません、物覚えが悪くって・・ご迷惑を・・』

 居た堪れない気持ちで謝罪するが、櫂はケロリとした表情でいつも同じ言葉を繰り返すだけである

『遅いのは別に気にするな・・・着実に進んでるんや、ちゃんと前に向かってるやろ!』


売れない事で責められた事は一度も無い・・・・只、一度だけ櫂が語気を強めた事がある

接客すれど、全く来場者の気を引く事も出来ず・・・流石に精神的に限界を感じる。

その日は疲れからマイナス思考になりがちな自分に気づいてはいたのだ・・そこに無愛想な年配男性客がフラリとやって来た。

予想通り自分の営業を鼻であしらう様な男性客の態度に、ついつい投げやりな態度で諦めが先行してしまう。

その瞬間である・・即座に櫂に会場外に引っ張り出されてしまった。


『お前が精神的に参っているのと、あのお客さんは無関係や・・・責任を投げ出すなら帰れ! 最初から営業は厳しい仕事や! 覚悟が途中で曲がる奴は此処には要らん』

 静かな口調ではあったが、あの時は櫂を本当に恐ろしい人だと感じた。

辛抱強く諦めない気持ちで営業を伝えてくれる反面、それに答える責任も大きいのだと再認識する。


『美香ちゃん、どうするの? 戦うの、投げ出すの?』

 櫂が立ち去った後で、村下が柔らかい笑顔でやって来る

『自分が恥ずかしくなりました・・・』

 決意が揺らいだ自分を恥じて俯く

『うん、僕も何回も外に連れ出されたんやで・・でも課長は信じてくれてるで』

『売れない私の何をですか?』

『僕らがタダでは転ばんメンバーやって事やん』

 村下の後方で、来場者が増えたと伊上がヤキモキしながら此方を手招きしている

『自分で決めたら、同じ失敗はせんから・・・まだその気があるなら早く戻りや! 課長はせっかちやから・・』

 村下は伊上に手を振り返しながら急ぎ足で会場に戻って行った。


もう一度決意を固め直して会場に戻ったみると、ふてくされた表情の櫂が受付でパイン飴をボリボリと噛み砕きながら此方を見た

『遅いんや・・・もっと早く帰れよ!』

『すいませんでした・・』

 その出来事以降は、仕事の手は一切抜いていないと自負出来る。


言われなくても自分は人より成長が遅いと自覚している・・・・

だがこのチームで成長が遅いと、それを指摘された事は無い。

櫂がいつも言って聞かせるのは、愚直に進めば良いという事だけである



 違う雰囲気に少し緊張しながらドアをノックする

『入れ・・』

 いつもと同じ口調の櫂が返答する声に胸を撫で下ろす

『1ヶ月経過したぞ、来月からどうする?』

 これもいつもと同じ様に正面から目を合わせて聞かれる

『勿論、全力で前に進みます! 今月よりもずっと前を目指して!』

 即答するのは当たり前である。

自分の事を諦めないで待ってくれている仲間が居るのだ・・・自分が諦める訳が無い!


『じゃあ、もう解散して寝ようぜ~』 力の抜けた声で櫂は解散を告げた



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