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尖んがりジプシーの航路  作者: 下市にまな
第三章 チーム築城編
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師弟

『おいおい、終わりかよ?』

 項垂れて受付に戻ってくる村下を櫂が呼び止める

『はい、ご主人が話に靡いてくれなくて・・・』

 村下は苦虫を噛み潰した表情で答えた


体育会系出身の村下は同年齢の櫂に対しても礼儀を外さずに、実直に櫂のアドバイスを受け入れながら営業トークを習得する日々を過ごして来たが、ここ一番の押しの弱さで成約を逃す悪い癖が今日も出てしまっているようである。

 性格に明るさもある、素直さが手伝って吸収力も高い、自分の下の営業マンの面倒見も良い・・・

そんな村下に対して櫂は時間を惜しまずに、付きっ切りで営業指導を続けてきたのであるが、一皮剥けるまでにはもう少しの時間が必要なようである。


『そうか、ご主人がね~  じゃあお前が捨てた客を俺が拾っても文句ないよな・・』

 櫂はそう言い残すと、展示会場内の絵を眺めている村下が諦めたファミリーの元に向かった。


《商談後ものんびりと絵を眺めるゆとりがあるのは責め切られていない心理の現れや・・》

『ご主人、見て回る順番が違いますよ~ ・・・御夫婦で仲が良いですね、目から鱗の話しをお土産に持って帰りませんか~』

櫂はまるで友人にでも話しかけるような笑顔でファミリー客に接触した。


 《何であんな雰囲気で話せるんや? 俺と何が違うんや?》

村下は楽しそうな笑顔を見せながら櫂の誘導で再び商談テーブルに着座するファミリーを眺めながら、自分の不甲斐なさを感じずにはいられなかった。

自分のスポーツ選手としての寿命の短さは自覚していたし、ワールドグループ内の好きな事業部を選択しろと恩情もかけてもらった。

自分にとっては、選択したこのワールドアートでの職務のほうがスポーツ選手としての期間よりも長くなるであろう事も充分に想像出来ていた。

だから、精一杯の力でぶつかってやると決意してこの荒堀チームに配属されたのだ。

新婚の村下はスーツの内ポケットに忍ばせた妻の写真を取り出して意欲が萎えぬよう拳を握った。


 荒堀チームに配属されてからは、ほとんどの出張先で主任である櫂と宿泊ホテルでの相部屋生活を続けたが、体育会系の厳しい世界で生きてきた自負もあり、当初は営業の世界なんて簡単に乗り越えていってやると根拠不明の自信だけで大きく構えていた自分の了見の狭さを思い知らされる事となる。


『お前、俺と一緒にさ~、この会社に風穴を開けてみるか?』

 配属間もない最初の出張先で、初めて会ったばかりの櫂はそう言い放った

『はい? 風穴ですか??』

 意味が理解できずに聞き返す

『だから~ お前にはこの仕事に対してそれ位の覚悟はあるんかって聞いてるんやろが・・競技の世界の次に、この営業の世界で伸し上がる熱さはあるんかって事や!』

『勿論です・・・僕だって本気で覚悟を決めてます!』

『よしっ! じゃあ乾杯しようや』

 櫂は嬉しそうに自分の缶ビールを村下に1本投げ寄越した


『これを呑んだら直ぐに寝てしまえよ、明日からは睡眠不足が続くぞ』

『あの・・どういう事でしょうか?』

『明日から授業開始や! 俺は厳しいからな・・・・ああ、授業料は負けといたるからな・・』

櫂はグビグビと缶ビールを飲み干すと、『おやすみ・・』 と布団を被って寝てしまった


最初は冗談交じりの先輩風を吹かされたのであろうと考えていたが、櫂の指導は情熱的なまでに厳しく、正に寝る間も無い毎日が続く事となる。

『先ずは営業哲学云々よりも、知識とトークを覚えろ・・・全部教えてやるからオウムのように喋り倒せよ・・』

夜中の2時・3時まで続く授業には体力を奪われ続けるが、不思議と櫂の話は村下の意欲を掻き立てる力を持っていた。

『ええな、明日の課題は同調や・・・なるべく違ったタイプの来場者に数多くチャレンジしろよ! それが出来たら一気に自分の攻略出来る客層の幅が拡がるからな』

そう、いつも櫂の話しには冒険が付いて来るのだ・・これを越えれば次の世界が見えると誘導されるのである。


【大きな風穴を開けてやる】 ・・・・

 村下は櫂が言い放ったあの言葉が、今の櫂自身の次の冒険先なのだろうと思えるようになった


《だとしたら・・・とんでもなく面白い!  ただ・・・今の自分の力で、そこまでの夢を一緒に見れるのだろうか?》


30分も経過しない間に、櫂は先程のファミリーに小さな新作の購入を決定させたようである。

あれ程までに表情の硬かったご主人が、嬉しそうに申込書にサインを記入している・・


笑顔でファミリーを見送る櫂の後ろで、村下は赤面する表情を隠すように頭を下げた。

『どう思う?』

 振り向いた櫂は静かに村下に問いかける

『凄く悔しいです・・』

 胸の中に渦巻く本心である

『お前は卓球の試合の前に、負けたらどうしようって考えてた?』

 又いつものように突拍子のない質問が飛ぶ。

『そんな訳無いです、絶対勝ってやるとしか考えません!』

『じゃあ、試合には全部勝利した?』

『いえ・・・そんな、無理です・・・生涯全勝なんて』

『そりゃそうやな・・でも、お前は負けた経験を活かして練習を積み重ねたから国体選抜選手にもなった!』

ここまで櫂の話を聞いて、村下は気付いたように目を見開いた


『気付いたみたいやな、今のお前は営業する前から負けを恐れて萎縮しているんや・・不思議な位に簡単に成約を掴み取る人やと、お前が俺を見るのは単なるイメージや』

『僕が・・・萎縮を・・』

『そうや、失敗なんか当たり前や・・・俺が断られた数なんてお前の比じゃないで・・その代わり失敗を次に活かせる肥やしにするんや、力を付ける奴と諦める奴の違いなんかそれくらいの事やで』

『ありがとうございます! やる気が出てきました』

『それは良かった・・・それじゃこれで一方的に教える授業は終わりや・・今から以降はお前が疑問を持って考えた事にしか答えんからそのつもりでな』

『えっ! ・・ええ分かりました』

『のんびりするなよ・・授業料、高いぞ~』 櫂はそう言うとバックヤードに姿を消した




櫂が必要とするのは、脱着自由の便利な既製品のような羽ではない・・・

自分から根の張り巡らされた血の通った羽を望んでいるのである・・

両翼を手に入れて飛び立つ先には素晴らしい景色が拡がっていると信じる情熱が、小さな羽を伸ばし始めた。


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