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尖んがりジプシーの航路  作者: 下市にまな
第三章 チーム築城編
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『ええな~兄ちゃんは、いっつも若い嫁さんが来てくれるんやもんよ~』

 喫煙ルームでいつも顔を合わせる年配男性は、櫂を冷やかすような口調と共に煙を吐き出した。

『おっちゃんにも、来てくれる怖~いお母ちゃんがおるやろ~』

 櫂は此方に手を振りながら近づいてくる優里を眺めながらぼんやりと答えた

『あれはアカン、文句ばっかりや! 儂は病人やっちゅうのに偉そうに』

『おっちゃんの口がよう喋るから、元気やと勘違いされるんや』

 櫂はそう言い残すと年配男性から視線を外して、器用に車椅子の車輪を回して喫煙ルームを出た


『また煙草ばっかり吸って~、禁煙したら~』

 相変わらず健康管理に対して過敏な優里は、鼻を摘んで大袈裟に肩を竦めてから櫂の車椅子を押した

『暇で暇でやる事が無いんや!』

 櫂を悩ませた激痛は手術後に身動きの取れぬ安静期間をベッドの上で過ごした後は完全に影を潜めた。

後はリハビリによる経過観察の日々を送るのみであるが、ようやく車椅子を使っての移動の許可が出たのをいい事に、櫂は頻繁に院内を彷徨いているのだ。


『買ってきたよ~ 大判焼き』

 甘そうな匂いを漂わせる紙袋を櫂の膝に置きながら優里は楽しそうに車椅子を押し続けた。

結婚式以降も新婚生活を実感する間も無く、周囲の状況変化に翻弄されながら今回の入院劇に至っているのだ。

例えそれが病院の中であったとしても、これが始めて落ち着いて過ごせる2人の時間である事に違いはなかった。


『食べ過ぎじゃないの~』

『俺は別に内蔵は健康なんやから、暇な分だけ腹が減るねん』

 櫂はそう言うと、紙袋から大判焼きを取り出して旨そうにそれに齧り付いた

『ちょっと!それはアカンやろ~ ここは病院なんやから自分の部屋まで待たないと!』

優里は行儀の悪い櫂を叱責したが、その様子を見ていた担当医が2人を呼び止める

『森田さん順調そうやね・・リハビリも含めてこの調子なら2週間強で退院出来そうかな・・・後、大判焼きは奥さんの言う通り自分の部屋で食べて下さいね』

櫂の担当医となった医局長は、今回の櫂の手術を最後に同系列の病院に栄転するという事である。

そんな事情もあってか医局長には櫂に対して特別な想いがあるようで随分と親切なアフタフォローを感じる。


『先生、10日位で退院するのは無理ですか? 先生の栄転と同じ位のタイミングで・・』

『そんなに慌てなくても・・・最後まできっちり直してからじゃないとダメ!』

 責付く櫂に優里が嗜めるように割って入る。

『10日ですか厳しいかな~ 自宅療養で安静に出来ると約束出来るなら・・どうかな~?』

 意外にも担当医は入院期間の短縮が可能であるかのような口振りである。

『じゃあ、その方向でお願いします! 俺もリハビリに没頭しますんで!』

 櫂は返事を聞く前に車椅子の車輪を回して逃げるようにその場を離れた。


『そこまで早く仕事に戻りたいの?』

 病室に戻ってから優里が不服そうな表情で櫂を問い詰める

『いいや・・俺は全く慌ててないで・・』

 櫂が何かを言いかけるタイミングで病室のドアをノックする音が響いて話は中断された。



『お具合はどうですか?』 遠慮がちに入室してきたのは小田である

入院以降ワールドアート関係者が見舞いに訪れる事など無く、櫂もワールドアートの業務上そのような時間を割かれる事のほうが気を遣うと考えていた事もあり、

この小田の訪問は意外であった。


 《律儀な奴やな・・》

 櫂はこんな自分を見舞ってくれる小田に感謝の念すら感じた


『小田、わざわざ有難う・・・少ない休日やのに』

『何を言ってるんです、ところで術後は順調なんですか?』

 小田は人懐っこい笑顔を見せながら櫂を気遣った。

『ちょっと小田と屋上で話してくるわ』

 既にお茶を用意しかけていた優里にそう言うと、櫂は小田を連れ立って病室を出た。


『車椅子を使わなくてもいいんですか?』

 屋上への階段を歩く櫂を見上げながら小田は心配そうに尋ねる

『もう痛みは無いんや・・リハビリを始めんと退院させてもらえんから・・』

 息は多少荒くなったが、意外な程に自分を支えてくれる足に自信が漲る。

 重い鉄製扉を押し開けると青空が久しぶりの開放感を与えてくれた


『気持ち良えな~・・・・・・小田、話を聞こうか』

 櫂は屋上に置かれた淡いブルー色のベンチに小田と並んで座るといきなり切り出した。

『えっ!』 

『俺に報告する事があって来てくれたんやろ~が』

 櫂は笑顔を見せるが、小田の表情は逆に重さを増してゆく


『言いにくいなら俺が当ててやるわ・・・お前はNOの時だけ答えろよ』

 妙に楽しげな櫂が小田の肩を叩く。

『先ずは・・森田チームは全員がバラバラに各チームに配属された・・お前は満島チーム・・・糸居は荒堀チームや・・・後のメンバーは桝村・加山・牧野チームに分散・・どうや?』

 小田の驚く顔だけを確認すると櫂は続けた


『もう直ぐ新卒採用50名の受け入れが始まる・・・新課長が何名か誕生したやろうな・・東京に主だったメンバーを持って行かれたから~、岸岡・馬場辺りが新課長や! お前は岸岡が抜けた満島チームの補佐役を務めるはずや・・・糸居は馬場の代わり務まるかな? そんな感じで、森田チームは自然消滅した・・・結構当たってるはずやけど・・』

 櫂は飄々とした態度で笑顔まで浮かべているが、やはり小田は答えづらかった。


『いまの話の殆どがYESです・・・・でも・・1つだけNOがあります・・』

『嘘~、外れた?』

 櫂は答え合わせを待つ子供のように小田の顔を覗き込んだ

『糸居さんが辞めました・・・ 森田課長が入院して直ぐです・・すいません』

 小田は項垂れた

『そうか・・・でもお前が謝る事じゃないぞ! 実はそのシナリオも考えたんや・・・俺が言わんかっただけやから・・まあYESと言う事で・・』


 表情を変えない櫂を見ながら小田は込み上げる怒りを感じていた・・・

櫂にでは無い・・あれだけの情熱をかけてもらいながらも逃げ去るように出社しなくなった糸居に対してである。

ましてや櫂に対してまでも無言のまま逃避したのだ・・・常識を逸脱するにも程がある。


『入院中に重い話しばかりで・・・すいません』

『だから、何でお前が謝るんやっちゅうねん! 別に全部俺の予測の範囲内や・・・糸居は水臭い奴やないで・・・俺のほうがよっぽど水臭い奴やと思うわ!』

『意味が分かりません・・・どうして森田課長が水臭いんです!』

 意表を突く櫂の言動に小田が言葉を返す

『俺な・・・この状況を待っていたのかも知れん・・・もう一回、零から一人で始めたいと、どっかで考えてたんや・・どうや、水臭いやろ? そんな自分が嫌で必死にお前達の成長に向き合ってた気がするんや』

『零からですか?』

『うん、零や・・・真っ白から自分の思う様に創り直したいと言う欲望やな・・・ せやから俺を軽蔑してくれても良えよ・・・顔向け出来んのは俺のほうやと思うで・・』

『強いんですね・・・』

『おう、前の俺よりはな・・・零に戻るのはこれが最後や! お前も近いうちに課長昇格という状況になるやろう・・その時は同じ土俵で勝負や。 俺はアシスタントセールスからでもやり直して、あっという間にお前を捻り潰すからなあ!』

『別に捻り潰さなくてもいいじゃないですか~』

『あかんぞ、俺と闘う時はそれ位の気持ちで来いよ!  それと・・・・色々と心配してくれて有難う・・・まあ、そういう事やから小田も俺の事は忘れて満島課長の補佐役業務を全うしてくれよ!』

『久しぶりの森田節で安心しました・・・僕も頑張れそうです!  復帰・・待ってますから』



『あれ~小田さん、もう帰っちゃったの~』

 一人で病室に戻った櫂を見て優里が不思議そうに尋ねる。

『うん、色々と忙しいみたいやわ・・・・俺も少しだけ寝るよ』

 櫂はそう言ってからベッドに横になった

『わかった、じゃあ私は洗い物をしてくるね』

 優里は誰も飲まなかった湯呑を持って退室した。



一人で眺める天井はこれまで身動きが取れなかった期間に様々な思考を巡らせた櫂の脳内風景を映し出してくれたが、糸居の退職を映し出す事は無かった。

 

《俺の読みも浅いな・・》

 一通りの虚無感を感じた櫂は深く目を閉じてから大きく息を吸い込んだ

再度目を開いた櫂が見る天井には、新たな羽を手に入れた自分の未来が映し出されている


《すべき事は知っている!》

 櫂は虚無感を吹き飛ばすほどの期待を感じていた。


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