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尖んがりジプシーの航路  作者: 下市にまな
第三章 チーム築城編
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一進一退

『ほんじゃあ、行ってきます!』

『頑張ってね!』 優里は玄関まで櫂を見送ると笑顔を見せた

『行ってらっしゃい~』 奥の部屋からは貴子の元気な声が届く

新婚生活をスタートさせたのは優里の実家となる江坂のマンションである。

貴子の治療の事も踏まえて暫くは新居など構えずに、今までと同様の暮らしを送る事にしていた。

昨日の結婚式の疲れからか、貴子の顔は少し浮腫んでいるようにも思われたが、それよりも投薬の影響なのだろうか・・・暫く前から腹水が溜まっているのが気に掛かる。

それでも暫くは気持ちの安らぐ自分の家で療養期間を過ごせるのは貴子にとっても喜ばしい事のようで、朝からテレビを見ながら美味しそうにフルーツを食している姿を見て、櫂は安心感を持って出張に出たのだ。



『昨日は最終日でもある日曜日に、一体どうされたんですか?』

 搬入準備で備品庫のパイプ椅子に座る櫂に小田が遠慮がちに問う。

『ああ、昨日か・・結婚して来たんや』

 日常会話のように言ってのける櫂にメンバーは手を止めて視線を集めた

『またまた~ 冗談ばっかりですね』

 糸居がおどけて突っ込むが、櫂は表情を変えずに答える。


『日曜日は急に悪かったな、 結婚は冗談やないぞ』

『嘘でしょ?』 流石に小田も言葉を失った。

何処の世界に買い物にでも行くように結婚を済ませてくる人間がいるのであろうか?

事情を知らないメンバーには、櫂の得体の知れない行動が不思議で仕方が無い。

櫂も又、事情を話す必要を感じる事も無く、これまでと同様の態度のままである。


『これが今月最後の展示会になるぞ、2会場は目標達成、1会場は目標不達成の結果や・・この会場を意地でも達成せん事には、チームの成長が無かったも同然やろ? 営業的にも精神的にも必ず成長するんや!』

チーム発足以来、一進一退を繰り返すメンバーを鼓舞しながら、脳内ではこの状況を抜け出す為の手掛かりを手繰り寄せようと模索する。

拡大路線を突き進みながらも、ワールドアート自体が一進一退を繰り返す停滞状況であるとも言えた。


 九州支社は苦戦を強いられながら、未だに会場の達成目標をクリア出来ずに赤字運営である。

大阪の既存部隊も、全体を引っ張ってゆくような突き抜けた成績を残せるチームが無く、櫂のチームと同様に達成と不達成を行き来する日々を重ねていた。

新規発足の池田や林葉チームもやはり目立った数字を残すわけでもなく、指導者の立場にある誰もが状況打破の手掛かりを見つけられずにいたのである。


景気の大低迷期を乗り切ったワールドアートではあるが、緩やかに回復傾向にあると報道される経済は実質の所、失業率の横這い傾向や企業の設備投資の低迷と、まだまだボディーブローが後々に効いてくる事を予測させた。


《その上に、東京出店や・・・・・》

 櫂は拡大に追いつかない、マンパワーとのアンバランスにやはり強い違和感を持つのである。


《他社を押さえ込む為って・・他社も苦しいはずやろ? 浮き足立ってるように感じるのは俺だけか?

  九州もじっくり攻めれば、とっくに会場達成するチーム位は出来てたんと違うんか?

    何故、急がば回れで考えんのや? そんなに他事業部との競争の見てくれを気にするんか?》


『どうした森田? 難しい顔やな』

 ふいに桝村に掛けられた声に櫂は現実に返った。

『いえ・・・・別に・・桝村課長チームも搬入準備ですか?』

『そうや・・・今回は九州チームの助っ人で熊本や』

『熊本・・・遠いですね』

『そうやな馬刺しと、からし蓮根や・・・』 

桝村はそこまで言うと、何時もの如く清水主任に急かされて出張に旅立った。


《あの人も黒でも白と言われれば、白って答える人や・・・助っ人に行くなら、端から九州支社は不要やろ!》

櫂はワールドグループに根付く時代錯誤な社風がもたらす弊害を感じ取っている自分に気付いていた。


《立派な愛社精神や・・・組織の統制も嫌ほど取れるやろな・・でも本当の愛社精神があったら、断固として反対意見を言うべき時もあるはずや! 力を付けなあかん!  意見を言える力を!》


櫂は口をあんぐりと開けて此方を眺めるメンバーを見て溜息を漏らした。



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