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尖んがりジプシーの航路  作者: 下市にまな
第三章 チーム築城編
59/160

上司

 新年以降は櫂の想像した通り、主任のまま会場を預けられて運営する日々が続いた。

補佐役の糸居を筆頭に新人の中途採用社員数名を引き連れての出張が続いている。

林葉も同様に主任のままでチーム運営を任されており、間もなく課長への昇格指令が2人に下るであろう事は誰の目にも明らかであった。


《しっくりこない・・・》

会場の目標数字は何とかキープしながら熟しつつも、預けられたメンバーの成長を促すためのビジョンが持てないままの日々を重ねながら、櫂の中には漠然とした不安が残ったままである。


『どうや櫂、お前以外のメンバーの数字が伸びとらんぞ! 糸居の数字も止まったままや・・・どうなっとる?』

輪店指導にやってきた河上は開口一番に櫂を睨みつけたが、それを見透かすように肝心の糸居は逃げるように配券業務に出て行ったようである。


『お前が売り続けるようじゃチームの未来などないぞ!』 

 容赦なく河上は続ける

『はい、技術的な指導には時間を割いているんですが・・・』 

 櫂も自分の中に燻る不安を上手く伝えられずに釈然としない


林葉の率いるチームも状況は似たようなもので、やはり林葉の数字だけで会場売上を確保している状況である。

明らかに2人の力がチームを率いることで分散してしまい、本来の2人の突き抜けるような営業力が影を潜めてしまっていた。


『会期目標数字はどうなんや?』 

 河上が口調を緩めて尋ねる

『はい、それはクリア出来てます・・・只、メンバーの士気を思うように誘導出来ないままで・・』

『そうか、流石の櫂もチームとしてはどんぐりの背比べか・・・このままじゃ櫂も只の鬼軍曹になってまうな』  河上は悩む櫂の表情を見て大声で笑った。


 恨めしそうに河上を見る櫂には、現状を打破する突破口は見えていたが、それは口が裂けても言葉には出せないのである。

それは櫂自身の作り上げたものでもあり、変化させきれない自分の力量の無さでもあるのだから・・・

河上も既に櫂の思う所は見抜いている・・・それでもあえて櫂自身の成長の為、暫くは様子を見るつもりでいた。


 悪循環の元凶は間違いなく糸居の存在である

立ちはだかる壁からスルリと身を躱して常に逃げ道を模索する糸居は、営業的にもチームの補佐的にも成長は見込める存在では無い。

幾ら親身になろうが、悲しいかな世の中にはそれに答えるよりも自分の身を優先させる人間というのは意外な程に多いものである。

それどころか、この種の人間は周囲の人間も自分側に取り込もうと甘い言葉で人を引き寄せてしまう。

メンバーの士気が濁るのも、元凶を潰さないままでは当然の結果なのである。


諦めを知らない櫂の性格では、この種の人間をバッサリと切り捨てる事は出来ないであろう。

それでも人の上に立つ人間であれば、それを自分の身を持って知り、非情な判断を下す勇気を持つ必要がある。


『櫂・・・優しさと甘さの違いを考えろ・・』 

 真顔になった河上は静かにそう言った。


《櫂のジプシーとしての道程を考えれば、その道中の仲間であった糸居には大きな想いがあるやろう。

  しかし・・・これからお前を親と慕うであろうメンバーを生かすには気付くしか無い》


『優しさと・・甘さ・・』

 言葉を反芻する櫂の表情は曇るのみである。


《もう気付いてるようやな》

 気付けばこそ曇る表情を眺めながら、河上は親として櫂の判断に任せる事とした。


『暗い顔しとっても仕方ないぞ・・・今日は俺と飯でも食うか!』 

 河上が口調を明るくして問いかける

『いえ、今日は少し話をしなければいけない奴が居ますので・・・』

 櫂は厳しい表情で力強く答えた。

『そうか・・残念や! そしたら新人連中を連れて行っても良えか? 心境管理も俺の仕事の一つやからな・・・』

『はい、宜しくお願いします・・』

 櫂は素直に頭を下げた。


河上がビジネスホテルで引き連れていた新人連中を解散させた後、目を真っ赤にした糸居がホテルから駆け出る様子を目撃したのは午後9時を過ぎた頃である。

河上は事態を予測していたかのように、その光景を流し見た。

《全ては明日に解る事や・・・》

 河上は幾度となく味わってきた胸の痛みを感じつつも、直ぐにそれを消し去った。


 翌日の営業は河上も朝礼からの参加で櫂のチームの輪店指導に挑んだが、そこには何時ものように糸居が業務を熟す姿があった。

 昨日の糸居とは比較にならないほどの集中力で、来場者に断られても諦めずに営業に挑み続ける様子が覗えたが、河上には未来が手に取るように予測出来る。


《非情になり切れんか・・・まあ、それが櫂の良さでもあるが・・・》 

 河上は櫂の表情をチラリと確認した。

櫂は口を真一文字に閉じたまま、糸居の商談を見据えている


《なるほど、自分が傷つく事も覚悟の上って感じやな・・不器用者の成長には痛みが付き纏うやろうな・・・》


 河上は午後一番で会場を後にして、次の輪店指導の会場へと飛び立ったのである。


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