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尖んがりジプシーの航路  作者: 下市にまな
第三章 チーム築城編
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祝勝会

 大広間には整然と豪華な料理が並べられ、先着組の課長陣に混ざって営業推進部の3名と櫂・林葉もその豪華な料理の前に着座した。


『くわ~・・腹が減る~』 今にも料理に手を付けそうな櫂に正面に座る荒堀が睨みを効かせる

『なあ森田主任、さっきから気になるんやけどそのワイシャツの滲みって何?』

『はい?』 右隣に座る牧野に問われてから、櫂は怪訝な表情で自分のワイシャツを確認した。

『ああ! これ多分ソースですね』 ワイシャツの胸部に付着した黒い滲み部分を摘みながら櫂が笑う

『ソース?』

『ええ、ここに来る前に皆でたこ焼きを食ってたんですよ・・・そうそう、最後の1個を川垣と取り合いして落っことした時に出来たんやと思います』

『あんた料理を食べる前にたこ焼き食べてたの? 川垣と?』 牧野が呆れ顔で聞き返す

『はい2舟だけ、川垣なんか3舟も食べやがって・・アイツ食い過ぎと違います?』

『何でそんな状況になるの?』 牧野は自分のチームメンバーの名前が出た事で更に興味を持った

『なんか、糸居に食わせるつもりが・・目に付く皆んなを加えていくうちに大所帯になってしまって・・

 すいません・・やっぱ3舟は食わせ過ぎましたよね・・アイツ太るタイプですもんね・・』

『皆って、他のメンバーは?』 今度は左隣の加山が興味津々で櫂に問いかけた

『加山課長チームは丸山と木原が食ってたかな?』

『丸山と木原が・・一体何人で食べたのよ』

『さあ・・・20人位は居たかな?』

『20!・・・あんた馬鹿やないの!』

『はい、たこ焼き屋のおばちゃんにもそう言われました・・焼くのが追いつかないって怒ってましたよ~、

 しばらくはもう来るなって、お勘定の時に叫んだ顔が面白くって・・』

『そういう意味じゃなくて・・・・もういいわ・・』 加山は牧野と目を合わせてから櫂の笑いに釣られて笑顔になった。


やがて大広間の障子が開かれて女将が入室してきた事で和やかな空気は一変し、先着組一行は再び緊張に包まれる。


『会長がお着きになりました』 女将はそう言うと頭を下げながら障子の隅に身を引いた。

着座していた一行はタイミングを合わせたように一斉に起立し、櫂と林葉も遅れながらそれに続く


『お疲れ様です!』

 桝村の声に合わせて、先着組全員が統率感のある挨拶を姿を見せた北浜に集中させる。

中山と河上は腰を低くしながら北浜を料理が並べられた大広間の上座に案内した。


《あの人が北浜会長か・・・》 櫂は頭を下げながらも、視線を北浜に向けたまま観察を続けた


気さくな笑顔を浮かべながら入室した北浜は小柄ではあるが割腹があり、瞳の奥で人を見抜くと言うよりは、明白にお前たちを吟味しているぞと言わんばかりの視線を先着組に向けている。


《心理を見抜く行為を堂々と晒すタイプの人は始めて見るな・・》


櫂は北浜への好奇心もさることながら、中山や河上が北浜を持ち上げて扱う姿勢に対して、改めて根強いワールドグループの社風を感じずにはいられなかったのである。


『皆んな今回の来日展の成功、おめでとう! 中山社長からも細かな報告を聞いて非常に嬉しく感じています』 北浜はそこまで言うと再び全員の表情をじっくりと見渡した。


北浜の視線が各課長をスライドしながら自分に近づいてくるのを嫌が応にも感知してしまう。

《そこまで堂々と覗き込むなら、俺も堂々と試してみよう・・》

櫂は一切の表情を消し去り、瞳に宿る力を抜いて自分をオブラートに包み込んでから北浜の視線を待った。



《・・・・止めておけばよかった・・・・》 

櫂は脂汗が滲み出しそうな緊張感と身体の内部から湧き出す熱に耐えながら後悔していた。

北浜の視線が随分と長く自分に向けられたまま滞留しているのを肌で感じながら、後戻りが出来ない状況に苦しむ。

《もうええわ!》 

櫂は表情を引き締めて、瞳に体内の熱を集めるように力を込めると、思い切って北浜の視線を正視した。

ほんの数秒・・いや、それにも満たない微かな瞬間だけ視線を合わせた北浜は視線をスライドさせて緊張を伴う圧力は遠のいた。


『ワールドグループの25周年を迎える記念すべき年まで残り3年・・ここに集まるワールドアートの精鋭も他の事業部と同様に社長である中山の神輿をしっかりと担いで拡大路線を突き進んでくれよ』

そう言うと北浜は隣の中山と河上に何かを耳打ちした後で笑顔を浮かべたが、直ぐに表情を戻して此方に向き直った。


『宴会を始める前に、今回の来日展に対して北浜会長からのご好意で優秀な活躍を残した者に臨時の賞与をご準備戴いている・・北浜会長、誠に有難うございます』

河上がそう言うと峰山が中山の元に表彰状の束と賞金袋の入った紙袋を運んできた。


河上は北浜に深々とお辞儀をしてから、対象者を読み上げ始める

『林葉、出てこい・・・今回お前が文句なしの最優秀売上賞や! 1週間会期で2400万の売上は前人未到! おめでとう!』

その場の全員の拍手に押されながら赤面した林葉が北浜の前に立つ

中山から表彰状と大きな賞金袋を受け取った北浜は柔らかい笑顔でそれを林葉に手渡した後握手を交わして『よく頑張ってくれた・・・賞金50万円おめでとう!』と付け加えた。

鳴り止まぬ拍手を浴びながら笑顔を見せる林葉の姿を櫂も心から祝った。


突然の表彰式は来日展の成功を再び噛み締める機会を与え、苦しみの後の甘さを一行は堪能している。

売上2位  池谷 賞金30万

売上3位  牧野 賞金20万

敢闘賞   加山 賞金5万

社員育成賞 満島 賞金3万

社員育成賞 荒堀 賞金3万


『荒堀も満島もコンサルタントセールスを随分と成長させたそうやないか・・これからもしっかりと育成に力を入れてくれ』

北浜はそう言うと賞状と賞金袋をそれぞれに手渡した

 井筒はその様子を写真に収めながら、櫂の様子をチラリと覗き見る


《岸岡君も、馬場さんも森田主任が成長させたようなものじゃない!》 

 そう考えると寒空の下を走り回った櫂を不憫に感じてしまったのである

 ところが櫂は満面の笑顔で2人の課長に拍手を送っている。

《ああ・・・これやから貧乏くじを引かされる役になるんや・・》 

 井筒はため息と一緒に櫂をフレームに収めるとシャッターを切った。


『よし、次で最後の表彰者や・・・森田、出てこい!』

『ええっ?』 櫂から満面の笑みが引いてゆく・・・思い当たる事が櫂には無いのである。

『何をまごついとるんじゃ! 早く出てこい! この賞は会長と社長に無理を聞いてもらって俺が特別に命名させて貰った!』

おずおずと北浜の前に向かう櫂に周囲から大きな拍手が送られる


『まずは最高単価賞5万円おめでとう!』 北浜が櫂に笑顔を向けて続ける

『それと・・河上の命名した賞や・・・激闘賞20万円! おめでとう!』 北浜は2つの賞状と賞金袋を櫂に手渡しながら、とてつもなく強い握力で櫂の手を握った。


《激闘賞・・・》


『2500名以上の来場者の引き込みは林葉同様に前人未到や、これからも一層励んでくれ!』

櫂は突然の賛辞に恐縮しながら、逃げるように自分の席へと急いだ。

その様子を見ながら桝村は嬉しそうに『河上部長! 爆睡賞で良かったんじゃないですか?』と誂ってみせた。

一同の笑いが収束するのを待ってから、河上が中山に乾杯のバトンを渡す


『北浜会長、お心遣い誠に有難うございます・・・そして此処に集まるメンバーはよく聞いて欲しい・・今回の林葉・森田を始めとする新戦力の参加によって、ワールドアートは前人未到の業績を残した・・しかし、前人未到の地に到達すれば其処はもう前人未到の地では無くなる! ワールドアートはまだまだ先の未開の地を開拓してゆく必要があると言う事を忘れるな。 我々がアート業界のグローバルスタンダードとしての地位を確立するまでの戦いはこれからや! 今日の酒は祝杯だけでは無く、決起の酒でもある・・・

それが理解出来れば後は存分に楽しんでくれ』 

 中山の言葉はメンバー全員に染み渡り、それぞれの瞳に熱が宿り始める


『乾杯!』

『乾杯!』 メンバーが響き渡る声でそれに応じて宴が始まった。

『あんた本当にたこ焼きを食べた後なん?』 牧野がお膳に齧り付く櫂の食欲に押されながら呆れ顔で尋ねる

『こいつのドテ胃袋は4次元なんですよ』 ビール瓶を持った林葉が牧野のコップに注ぎながら笑う

『ほっとけ、旨いもんは旨いんや!』 林葉と牧野は気が合うのか、顔を合わせるとペチャクチャと長話を始めながら、ビール瓶を持ってお酌の旅に出てしまった。


加山も抜け目なく上座の経営陣へのお酌の旅に出てしまっている。

櫂は全くそんな事は気にせずに、ポツリとお膳の前にあぐらを組んでひたすら食事を掻き込んだ。


『えらい食欲しとるな、これで足りるのか』 突然の野太い声に口いっぱいの食事を含んだままで顔を上げると、真正面に北浜がしゃがみこんで櫂の顔を覗き込んでいる。

『うわっ・・・すいません! 気づきませんでした!』 慌てて飯を飲み込んでから櫂がお辞儀をする

『ええよ、気にする必要もないわ・・今日はお前達の祝勝会やないか! それよりもちょっと聞いてもええか?』

『はい?』 真顔になる北浜の目が、またもや櫂をまじまじと観察し始める

『お前、最初におれの目をくらましてやろうと演技の膜を被ってたのを途中で辞めたやろ・・何でや?』


《うわっ!・・・もろにバレてる》

『はい・・興味がありました・・騙せるかなと・・それも無理と解って・・・でも元々隠す必要が何処にあるのかな・・と考えたら 今度は、全部ぶつけてみようかな・・と、別の興味が沸いてきまして・・失礼しました』 櫂は先生に叱られた生徒のように頭を項垂れて謝罪した。

『そうか! 河上の言うようにお前はオモロイ奴やな、 これからも頼んだぞ!』 北浜はそう言い残すと、上座の席に戻って楽しそうに中山・河上と酒を酌み交わした。


『櫂ちゃ~ん、そろそろお酒を飲みますよ~』 

呆然とする櫂の元に加山と牧野が舞い戻り、経験したことのないハイペースで酒を勧められる。

加山と牧野も櫂以上のペースで酒を空けてゆくが、2人は一向に飲みつぶれる様子が無い。

『あまりいじめちゃダメですよ』 満島がそこに加わって、更に酒のスピードが上がってゆく

《この人達どうなってるんや・・・・酒の胃袋が4次元なんか?》 混沌とし始める意識の中で、正面に座る荒堀と池谷が気の毒そうな表情を櫂にむけて笑っていた


『うわ~森田主任、3酒豪に囲まれて・・・捕まってますよ~』 

 井筒が美味そうに酒を呑みながら隣の峰山の肩を叩く

『本当ね~森田主任もご愁傷様ね・・私も今、酒豪の井筒ちゃんに捕まってますけどね~』


ワールドアートは明日から正月休みに入る・・・櫂にとっても首を長くして待ち望んだ長期の休暇である


《明日には・・・やっとゆっくり話が出来そうや・・》


『ああ~櫂ちゃんが、座ったまま寝てる~』 加山が櫂を揺するが、櫂は起きない。

『やっぱり爆睡賞ですね』


満島の言葉にいつの間にか周囲に集まったメンバーも声を上げて笑った。


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