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尖んがりジプシーの航路  作者: 下市にまな
第三章 チーム築城編
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終と始

 12月29日・・ワールド第4ビル

激闘を終えたワールドアートでは全社員が出社して来年度に向けての大掃除が行われている。

『塵一つ見逃すな~、新年度に向けて自分の心を磨くように掃除しろ~』

 桝村は笑顔で作業に勤しむ社員達に声を掛けて廻った。


 徐ろに社長室の扉を開けて退室して来た林葉は丁寧にお辞儀をしてから姿を消した。

『どうでしたか?』 桝村は林葉に続いて社長室から出てきた河上に笑顔を向ける。

『あかん! 2人共きっぱりと断りよった・・・』

『ええっ、何で!』 河上からの意図しない返答に桝村が思わず声色を上げる

『まだ自分の営業を磨く事に集中させて下さいと言いよった・・あいつ達・・揃いも揃って同じような事を・・・』

『2人共強情ですからね・・・』

『おう、頑固にも程があるわい』


 今回の来日展の成功に伴い新年度の社員募集計画は修正され、年明けから河上は加速する募集業務に追われる事を覚悟したが、それを受け入れる為のチーム増強も同時進行で熟さなければならない。

新たなチームを率いる課長職として、来日展成功の起爆剤となった櫂と林葉の名前が挙がったが、こともあろうか肝心の2人が課長昇進の話を断ったのである。

『まあ慌てるな、2人の昇進は新年度に入ってからでもええわ・・トップセールスや、流石に断るのも上手いわ』

いつの間にか社長室の扉に凭れ掛かって2人の会話を眺めていた社長の中山は表情を変えずに語った。

『それよりも今日の祝勝会の段取りは大丈夫やろな? 北浜会長もいらっしゃるんや、落ち度のないようにな』 中山はそれだけを言い残すと再び社長室に戻って扉を閉めた。


『いいな~祝勝会~、私もご馳走が食べたいですよ』 糸居はむくれた表情を作りながら櫂のほうを向いた

『手が止まってるやろ、サボらずに掃除しろ・・・終わらんぞ!』

営業推進部では積み重なる資料の整理に追われていたが、其処に逃げ込むように櫂と糸居がやって来て手伝う事を名目に居座っているのだ。

『何を偉そうにふんどり返ってるんですか! 森田主任の手は私のお菓子を食べる事にしか動いてないでしょ!』 資料を抱えた井筒がムスっとした顔で櫂を睨む。

『は~い、ゴメンなさ~い』 首を窄める櫂に糸居がケラケラと笑った。



 ワールド第4ビル1階エントランス横に新たに設けられた小さな常設展示場では、ワールドグループ出身でこの常設展示場の店長を務める外杉が、車椅子の上から清掃の様子を眺めている。

『お~い』

 外杉が呼ぶ声に反応して書棚の整理をしていた立矢が急ぎ足でコップに汲まれた水を運んできた。

『どうぞ』

 甲斐甲斐しく立矢がコップを差し出すと、外杉は不自由な手を器用に使ってストローを引き寄せた。


『外杉店長、立矢さん、掃除のお手伝いに来ました』 笑顔で常設店舗の扉を開けて顔を覗かせたのは林葉である。

『おう林葉、来日展では活躍したそうやないか』

『はい有難うございます、外杉店長のお体の具合は如何ですか?』

『うん今日は体調が良さそうよ、お陰で朝から口うるさくって』 笑顔の立矢は外杉よりも早く林葉に応えた。

全身の筋力が徐々に衰える病を抱える外杉は、ワールドグループでは井川らと共に一時代を築き上げたトップセールスであったが、病を理由に一線を退いた。

同じくトップセールスであった立矢も外杉に連れ添うようにこの常設展示場に身を置いていたのである。

《いつ見ても素敵な2人やわ》

思慮深さを彷彿とさせる外杉の眼光に反して、爽やかな立矢の爽快感を与える立ち居振る舞いを見ながら、林葉はいつも気持ち良さを感じるのである。

『それで・・・今日は何の相談や』 林葉の表情を読み取った外杉はニヤリと笑ってから立矢に目配せする

『林葉さん、応接セットに座って』 立矢はそう言うと、外杉の車椅子を応接セットに向けて押した



『お前は断ったか・・・それで、やんちゃくれ坊主のほうはどう答えたんや?』

『森田君の答えは知りません・・別々に呼び出されましたから・・・ でも、断ったと思います』

『やろうな・・』 外杉は思慮深い眼光を林葉に向けたまま、暫く黙り込んだ。

『・・・・ジャブやな』

『えっ?』

『試し打ちされたんや・・お前達は・・・考えてみろ、これが会社からの辞令やったら勤め人のお前に選択の余地はあったか?』

『・・・・いえ、ありません』

『辞令に従うか、退職するかを選ぶしかないやろ・・無意識にでもチーム運営について思考が働くように仕向けられたって事や』

『無意識・・ですか?』

『そうや、来年早々には有無を言わさずにお前達には課長昇進辞令が下るやろうな・・・お前にはその時に備えてこれからの時間を過ごすか、今のままでその時を迎えるかのどちらかしか無い』

『でも・・私はまだ』

『ワールドアートは成長速度が早い・・その速度に無理矢理にでも自分を合わせるしかない・・

 社員の成長が追いつかなければ、その時点でこの会社は崩壊を始めるやろうな』

『そんな・・まさか・・』

『俺はまさかの話は口には出さん・・・中山社長も綱渡りをしてるんや』

『なんでそこまで急ぐ必要があるんですか?』

『他社と同じ速度で成長しても他社は蹴散らせないからや・・それがワールドグループのやり方やとしか言えんな』

『・・・・・』


『林葉・・終わりと始まりを見過ごしたらあかんぞ・・・お前達は短い期間ではあるが一つの区切りを迎えてるんや・・・あの、やんちゃくれ坊主は既に始まりに目を向けているかも知れんな・・』

『森田君が?』

『そうや、これから始まる新しいステージでライバルのお前と闘う準備を整えてると俺は思うで』

 外杉は意味深な笑みを浮かべたまま林葉を見た。


《・・あの時に差をつけられたと感じたのはこの事だったのかも・・・》

『有難うございました! 私も自分の整理が出来そうです』 林葉は丁寧に礼を述べると、足早に常設展示場を出た。


『あいつ・・・掃除の手伝いは?』 外杉が立矢を見て、仕方がない奴という口調で笑う

『なんだか青春でいい感じ、私はあの2人が好きですよ!』 立矢はそう言うと書棚の整理を再開した。


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