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尖んがりジプシーの航路  作者: 下市にまな
第二章 京都激闘編
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理由

《あんな楽しそうな接客・・》

 馬場は自分の商談テーブルの横を通り過ぎる櫂を横目にしみじみと感じていた。

自分の商談への集中力が途切れた訳ではないが、笑い声の絶えない櫂の接客と大声についつい興味が向いてしまったのである。


僅か10分程度の接客ではあるが、布柴ファミリーは質問形式・クイズ形式といった櫂の説明に次第に引き込まれ、気付かぬ内に版画の知識やコウ・カタヤマについての知識を蓄えてしまっていた。


『やっぱり、現物が良いわよね・・色が画集の印刷なんかとは全く違うもの・・』

麻紀と名乗った布柴の娘は、子供の頃から慣れ親しんだ母親の画集に掲載されていた作品群を前に感嘆した。

『麻紀さんは、画集の中ではどの作品が好きだったんですか?』

『私は断然、朝霧のパリが大好き・・お母さんの影響かな?』

 麻紀はホール奥にロープで囲われた朝霧のパリを遠目に眺めながら笑った。

『儂はあんな暗い絵より、向こうのギラギラした絵のほうが良えけどな・・』 

絵には興味が無いと豪語していた布柴も、この頃には自分の選択する絵を主張してしまっている。

『奥様はなんで朝霧のパリが・・・?』

 麻紀の言葉の裏に物語の存在を感じ取った櫂は、やんわりと質問を奥様に向けた。

『ええ、色々とあってね・・・あの絵にホッとさせられたと言うか・・』

『お父さんがね、大きな病気を患った事があって・・商売もその時は最悪で倒産寸前だったの・・私もお母さんを手伝おうと、勤め先を退社して家業を手伝ったけど・・男の世界でしょ材木問屋なんて・・』

 麻紀が母親に変わって、少しずつ背景を話し始める。

『えっ、大きな病気って・・・布柴さん、今は大丈夫なんですか?』

『おうっ大丈夫や、片方の肺はもう無いけどな・・・癌に取られてしもうた』

今の櫂には、癌・肺という言葉に対して思わず表情が過敏に反応してしまう事情がある。


『良かった・・・・』 社交辞令とは到底思えない櫂の口調に、話す布柴のほうが驚く。

『えらい事、心配してくれるんやな兄ちゃんは?』

布柴のその言葉に私情が出ている事に気付いた櫂は、慌てて笑顔を作った。


『布柴さんが不在の間は奥様が必死で商売の切り盛りをされたって事ですね?』

『そうね・・私も主人が言うようなカラフルな作品が元々は好きだったんだけど・・不思議とね・・朝霧のパリを眺めてると穏やかになれたと言うか・・救われた・・』

『私もお母さんが悩んでる顔を見るのは辛かったけど・・いつもリビングに画集を持ち寄って2人で眺めてたよね・・あの時間はホッと出来た』

『まあ、病気が完治してからはご覧の通り、元気すぎる程に回復しちゃいましたけど・・』

 奥様は布柴を見ながらクスリと笑う

『そうや、儂も頑張ったがな・・バブルが弾けて材木卸も瀕死の状態やったのを立て直したがな!』

『どうやって、立て直したんです?』

『卸だけやったらアカンと思ってな・・プレカット工場を増設したんや! 一世一代の勝負やがな~ 

その為には先祖の土地も安くで手放したけど・・それがあって今の生活があるんや、儂のマッハ1はそのご褒美って事や!』

『そうですか・・・御家族の大切な話を聞かせて戴いてありがとうございます・・一つだけ質問させてもらっても良いですか?』


先程までとは違う櫂の真剣な表情に布柴ファミリーの注目は自然と集まった。

『将来・・・いつか・・家族で眺められるような・・・宝物になる絵を飾ってみたいとは思いますか?』

『なんや兄ちゃん、絵を売り付ける気か・・』

『はい、お望みであれば・・・但し・・押し売りも、お願い営業もするつもりは一切ありません!

  布柴ファミリーには飾って戴くべきだと勝手に信じ込んだから聞いています・・どうですか?』

『どうって・・兄ちゃん・・・お前達はどうなんや?』

 布柴は櫂の気迫の篭った言葉に押されるように、奥様と娘に話を振った。


『それは・・あれば良いなとは思うけどね・・・でも、商売も軌道に乗ったばかりやし・・』

『私は飾ってみたい・・・でも嫁入り道具で持っていくよ』

 麻紀は冗談めかしてそう言ったが、飾りたいと言い切れない母親を代弁したものだと櫂は見抜いている。

『よくわかりました・・断わる時はハッキリと言ってください!、一切の営業をそこで切り上げる事を約束しますので・・じゃあ、ちょっと待ってて下さいね・・・』

櫂はそう告げるとようやく空いたテーブルセットを確保して、そこに布柴ファミリーを着座させた後に姿を消してしまった。


『あいつ、補欠やと思うか?』布柴が娘に問いかける

『そんな筈ないでしょ・・百貨店の外商なんかよりも、ずっと迫力と説得力があるよ』

『あいつみたいなのがタイプなんか?』

『あんたっ、ええ加減にしなさいよ!』 娘をからかう布柴を妻は叱責した。



営業マンにとって、自分の扱う商品を勧める理由は何であろうか?

名の通ったブランド品だから?

稀少性のある物だから?

自分の収入の為だから?

それとも名誉を手に入れる為だから?


それは営業マンによって千差万別であるが、櫂は燃え上がる闘士を感じずにはいられなかった。

あのファミリーにこそ価値のある購入を勧める理由があるではないか!


《自分自身の歩いて来た道程で感じ取り、その手に掻き集めたプライドを全て注ぎ込んで伝え切ろう!》


櫂は躊躇無く囲ったロープを外して、【朝霧のパリ】に手を掛けた。


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