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尖んがりジプシーの航路  作者: 下市にまな
第二章 京都激闘編
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哲学

 最終日はAM10時のオープンから活況であった。

予測通り既存客に送付していた招待状の効果は覿面で、コレクターとも言うべき複数所有者を筆頭に途切れる事なく既存客が来場している。

 自分の贔屓の既存客が来場すると担当営業マンは色めき立ち、意気揚揚と新作を案内した。

その中にあって林葉は自分の既存客には会場を案内するが、作品を売る為のトークを打つ事は無く、充分な笑顔を振りまいて一通りの案内を終えた後は、トークショー&サイン会まで楽しんで下さいねと客を流した後は受付に戻って次の来場者を待った。


これは櫂も同様で、既存客の賑わいに寄りかからず、朝から新規来場者を誘導する事を最優先として外回り組に指示を飛ばし続けている。


 5000万強の売上数字を求められる最終日にあって、成約率の高い既存客を簡単に手放す林葉は受付振り分け担当の荒堀にしてみれば、まるで仕事を放棄しているようにも思えるのである。


『あなた、あのお客様に購入を勧めたの?』 業を煮やした荒堀が林葉に問う。

『いいえ、あの方には最初の絵を宝物にして戴く事を約束して購入いただきましたから』 ピシャリと言い切る林葉の態度は荒堀を余計に逆撫でする。

『綺麗事は通じないでしょ、全員で力を合わせて達成しなきゃいけない目標があるでしょ!』

『はい、必ず新規客に購入していただきます』

 臆することなく堂々と答えるトップセールスの林葉の口調には説得力がある。

荒堀は呆れた表情を浮かべたが、それ以上の追求は諦めた。

井川新設部隊で毎日のように繰り返し語り合った、この仕事の正義は林葉だけでなく櫂にも染み込んだ哲学となって今も褪せることなく根幹に有り続けている。


【私達がいる事で美術品の有る生活を送る人が生まれる・・苦しんで手に入れたお金で宝物を買って戴く・・そんな購入者を一番大切にしなければならない・・・売りつけるだけのプライドの無い営業ならしなくていい・・自分たちが本当に求めているのはコレクターでは無く、絵に自分の思い出を刷り込んで付き合って下さる人であるべきだ】


毎夜語り合った営業の正義は、経営者からすれば綺麗事として受け止めるであろう。

だからこそ、それを押さえつけて自分達の哲学を押し通す為に営業力に磨きをかけて来たのである。


『いろんな考えがあるからな・・・これが一番正しい考えとは言わん・・でもな、やっぱり営業マンである限り新規に挑まんとあかんやろ! 午前中のうちにありったけの新規来場者を誘導してやってくれよ!』

激を飛ばす櫂の言葉に外回り組メンバーは新たなプライドを植えつけられながら汗を流した。


《思い上がりと言われても、この哲学は絶対に譲らんで・・俺達は押し売り集団と一緒やないんや!》


『やれやれ・・・』 井川は林葉と荒堀の会話を後方から眺めながらため息を吐いた。

《そんな哲学を教えた覚えは無い・・・アイツ等が成長過程で身に付けてきた考えか・・正しく純粋で立派な哲学であるが・・ワールドグループという土壌を考えれば一笑に伏される綺麗事や・・》

文句を言わせない程の急成長とトップ売上の継続によって荒堀を黙らせる程度の事は可能であるが・・・

本来もっと泥臭く濁った部分が大半を占めるワールドグループの社風の中にあって、自分の元から巣立ったこの尖った異分子達がどう翻弄されてゆくのだろうかと、不安が過るのを感じずにはいられなかったのである。


 『残りは10名や・・・ 全員今からホールに戻れ! これにて外回り業務の完了や!』

  PM1時を過ぎた段階で櫂は全員のホール入りを指示した。

既存客・新規来場者を合わせて、ホール内は既に相当の混雑を極めていたのだ。


『ええか、焦らんとゆっくりでいいから来場者を楽しませてあげるんやで・・自分も一杯笑って楽しむんや・・お前らなら出来ると自信持って言えるわ』

櫂は携帯電話で最後の10名にそう伝えると、昨日同様にMCと看板・発電機のピックアップの為に送迎バスに乗り込んだ。


『昨日はご迷惑をかけてしまって・・・有難うございました・・』

 最初のピックアップポイントでMCリーダーが深々と頭を下げた。

『ちょっと、止めて下さいよ! 危ない目に合わせてしまったのは此方なんですから!』

 櫂も慌てて頭を下げる。

『森田さん、今日こそ営業に参加して下さい! 急ぎましょう』

 MCリーダーは手際よく仲間に指示を出しながら撤収作業を手伝った。


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