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尖んがりジプシーの航路  作者: 下市にまな
第二章 京都激闘編
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 『おはよう、お母さんの調子はどう?』 丸太町に到着した櫂は公衆電話から優里に連絡を取った。

最終日の外回り組集合時刻は来場者増が充分に見込める事から、いつもより遅めの8時30分に設定している。

まだワールドアートの社員が見当たらない時刻に、無性に声が聞きたいという気持ちが抑えられなかったのだ。


『うん、抗がん剤と放射線治療のほうは随分と落ち着いたみたいで最近は調子が良い日が多くて、よく笑ってるよ~』   

看護疲れで刺々しい優里の声も想定に入れていた櫂は胸を撫で下ろした。

『それとね、お母さんが凄く喜んでたよ!』

『何を?』

『買ってくれたカツラが昨日届いて・・・最高のクリスマスプレゼントって騒いでたよ』

『そうか、気に入ってくれたんや・・良かった』

『今日が最終日やったね・・・暴れてる?』

『うん、気持ちよく!』

『そうか~、こっちは気にしなくて良いから最後まで頑張れ・・・』

『ありがとう、お母さんにもメリークリスマスって伝えといてや』

電話を切った後に大きな息を吐いて集中力を高める。

吐く息は真っ白な蒸気となり、閑散とした京都に直ぐに吸い込まれて消えた。

《よしっ!》 

 今日こそ全員揃い踏みで営業をしてやるぞと、一歩一歩を踏みしめながら櫂はホールに歩き出した。


 最終日のコウ・カタヤマトークショー&サイン会はPM2時からのスタートである。

閉場はPM6時となっているので、この間の4時間には必ず全員を送り込んでやりたい。

既に櫂の中には全員を送り込む為のタイムスケジュールは出来上がっていたが、一切の妥協を許さず取り組む決意が歩速を早めさせ、体の内部から湧き上がる熱が寒さを吹き飛ばした。


『なんや櫂! えらい早いやないか?』

 まだ開場していないホール入口前には、なんと河上と桝村が既に到着していた。

『河上部長と桝村課長も早いですよね』 櫂の言葉にその場の3人は苦笑する。

気持ちが昂ぶって抑えられないなどとは誰も口には出さなかったが、共有できる気持ちがある事は嫌でも3人には理解出来てしまう。


『2億や・・・』 河上がタバコを吹かしながら小声で呟く

『はい』 同じようにタバコを吹かす桝村も小さく頷く

昨日までの売上合算数字は1億4200万円で文句なしの大成功を収めているが、次の設定へと目標を移行した河上の目は真剣そのものである。


『ええか櫂! 満足は敵やぞ、常に上の目標に向かうんや・・仕事は他人に与えられてやるもんやない・・

 いつも届かん目標を本気で追えばええんや・・その大きな仕事の器に見合う人間になるんや!』

『森田、走りきるぞ!』 桝村がパチンと櫂の肩を叩いた。


今回の外回り業務を一任されてから、櫂は人の上に立つ事の重責と向き合い続けた。

それは全く経験した事の無いプレッシャーとの戦いであり、消耗する自分の心に驚く程のエネルギーを焼べながらノツノツと進んできたと感じている。


苦しみから生まれた喜びは甘美である・・・

集客の成功・外回り組の営業的な成長と成約・・・

その喜びは充分に味わえば良いと櫂は考える・・・

だが確かに河上の言うように、いつまでもその甘美な喜びに囚われていては次のステップに進んでは行けない。


《言われなくっても、俺は満足なんかしないぞ!  ここからが俺の本番スタートや!・・・》


自分で自分の器を拡げてゆく・・

与えられた器に見合う人間に成長してゆく・・

どちらでも構わない! ひたすら猪のように踏み出す足を止めずに突き進んでやる。


櫂は桝村にニヤリと笑い返すと、『今日は俺も思いっきり暴れますから』と外回り組のテントに向かって背中を向けて歩き出した。


『この短期間にえらく大きくなりましたよね~』 桝村は櫂の後ろ姿を見て頷いた。


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