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尖んがりジプシーの航路  作者: 下市にまな
第二章 京都激闘編
39/160

ラッシュ

 午後4時45分・・・

河上から受付采配の交代を命じられた荒堀は、これから訪れる来場者に備えて控える営業マンを確認した。

荒堀に業務を託した加山も、いよいよ本領を発揮する時とばかりに控える営業マンの先頭に立ち精神を集中させる。

先頭の加山に続いて林葉・牧野・池谷も手の空いた他の営業マン達を抑えて準備万端である。

《流石にトップセールスともなると時間帯を上手く調整してくるものね・・》

池谷の抜けた穴は荒堀チームの数字に大きな影響を与えていたが、しばらくの期間はこの状況が続きそうである。

1人の営業マンの数字だけに頼ったチーム運営のツケが今になって響いてくる。

今回の来日展を牽引しているのは、間違いなく林葉・牧野・池谷の3人である。

現状の会場売上約700万のうち、この3人だけで500万強の売上を叩き出していた

このペースで行くと平日の売上目標の1200万を大きく上回る数字となるのは確実である。

特に林葉は既に3件の成約を決めて、ゴールデンタイムを待つ受付の先頭集団で次の準備を整え終えている。

 指示などされなくともトップ営業マンならば体感的に会場の流れを察知し、それに合わせて自然と次の行動を起こせるのであろうが、明らかに林葉はその勘が他のトップセールスマンよりも抜きん出ていた。

《悔しいけど、私よりもこの先頭集団の営業力のほうが遥かに高い・・・・》

荒堀は適材適所で万全を期す為の河上の配置転換を受け入れて、チームプレイに徹する事にした。


満島は長引く商談に入っては、その商談の進捗を確認して河上・桝村に情報を渡した。

人当たりの良い満島はさり気なく進捗を確認するには打って付けの人材である。

満島も自分の資質を理解して、それを存分にチームプレイに生かしているのである。

河上・桝村のフォローアップは的確に成約客を見極め、終盤に差し掛かる商談客を次々と決め打ちしてゆく。

同時に購買意欲のピークを過ぎた商談客に気付けない営業マンのテーブルは、事も無げに切り上げてしまった。

『桝村、3テーブル位は商談を残しとけよ』

『了解しました、新作周辺の見込みありそうな3つを残します』

河上・桝村もこれからのゴールデンタイムに向けて、会場のムード作りを視野に入れた動きを取って万全を期しているのである。

《これは・・ダブルスコア狙えるぞ!》

12時開場の初日にこれだけの集客が見込めるとは河上も予想外であったが、当初の読み通り夕方のゴールデンタイムで1日の売上の3分の2を確保する事に変更は無い。

河上はこの時点で外回り組からホール内に数名の営業マンを呼び戻す事を決めた。


外回り組から数名の営業マンをホールに戻すよう峰山に指示する為に受付に戻った河上は、寒さで頬を真っ赤にしてホール入口に戻っている5名の外回り営業マンと出くわした。

『森田主任から入口で待機しとけって言われたものですから・・』

ポイントリーダーを任命された5名のコンサルタントセールスを代表して、岸岡が慌てた様子で河上に説明した。

《あいつ小憎たらしい・・・先を読んどるやないか》 

河上は笑顔になりかける表情を抑えて5名の眼力を確認する。

『お前ら引き締まったええ顔になっとるやないか・・やるべき事は分かっとるやろな!』

『はいっ!』 気持ちのこもった返答が5名から返される

『よしっ、直ぐに営業や!』


『6時半がリミットやから川垣は河原町から動かずに来場者誘導してくれ、交差点を東向きに渡る前に引き止めるんやで・・お前らも明日にはホールに入れてやるからな』

 櫂は川垣の肩をポンと叩いて、それだけを告げると勢いよく四条方面に消えてしまった。

《本当にホールの扉をこじ開けはったんや・・・・》

配券業務でここまでウキウキした気持ちになるのは初めての経験であったが、自分がウキウキしているのは業務に対してではなく、森田という人物に対してなのではないだろうか?・・・川垣は6時半を過ぎるまでを全力で取り組もうと周囲の仲間に声を掛け続けた。

 櫂の指示は現場で直接・携帯電話・トランシーバーを通じて細かに伝えられ、ポイントリーダー不在の状況でも業務の精度を落とす事を許さなかった。

《まるで、ずっと横で見守ってるみたい》

アシスタントアドバイザーの三島は営業成績が思うように出せない自分に焦っていたが、櫂の一日の動きや言動を目の当たりにして、まだまだ仕事に全力で挑んでいなかった自分を再認識する事が出来たと感じている。

《私もこの来日展で変わる事が出来る!》

 三島だけでなく、そう感じる外回り組は少数ではなかったはずである。

それが精度を落とさない配券業務に反映され、櫂の言う相乗効果が顔を覗かせ始めていた。


 午後5時15分・・・

ゴールデンタイムに差し掛かってから最初の送迎バスがホールに到着した。

『お足元に御注意下さい・・それでは皆様コウ・カタヤマ来日展をお楽しみ下さいませ』 車内から漏れるMCの声とともに、来場者が入口扉に向かって雪崩込んで来る。 

客層は明らかに今までと変化しており、仕事帰りのOL層が目立つ。

《後3時間で2件!》 

林葉は自分の設定した目標数字に対して時間配分をはじき出して笑顔で来場者を迎えた。


 一通りの来場者を振り分けた荒堀は、新たに営業部隊に加わったコンサルタントセールス5人組の営業ファーストアプローチの物腰に驚きを感じている。

5人の誰もが明るくフランクな態度で自信を持って接客に挑めているのだ。

荒堀チームの馬場はファミリー層や主婦層を苦手としているところがあったが、旅行中に立ち寄ったという主婦2人組に対しても何ら苦手意識を見せる事なく、地に足の着いた堂々とした対応を見せる。

『寒かったでしょ~ ご旅行中に足を運んで戴いて本当に有難うございます・・・お二人に楽しんで頂けるように私も精一杯ご案内しますね』

荒堀も見たことが無い爽やかな馬場の態度が、主婦2人組の笑顔を誘い出していた。

『なんだか・・5人共リフレッシュされてますよね・・』 受付に戻った満島も不思議な5人の変化に気付いたのか、荒堀に同意を求めるように呟いた。

『特にあの5人は森田君に型にハメられちゃってたからね~』 漏れ聞こえる荒堀と満島の会話に峰山が付け加えてから、楽しそうに集計業務に目を戻した。


午後6時・・・

ここまでに来場者の大きな波が2回、送迎バスに連動して受付を襲ったが、その波が引いた後にどれだけの商談が残されているのかが重要である。

コウ・カタヤマ来日展は開場を迎えて以降、最大の商談数の盛り上がりで熱気に溢れていた。

波を逃した半数弱の営業マンも、受付に戻れば新たな来場者に接客するまでに時間を要さない程に来場者は途切れず確保され続けていた。

『桝村・満島、後30分以内で商談に決着つけてしまうぞ!』

 河上が会場中央にフォローアップ体制に入るメンバーを集合させて激を飛ばす。

《この山場で3分の1・・・あと一山で3分の1の売上を確保する・・・現状14商談の中から8~9件の成約を掴み取らんと苦しくなるな~》

 桝村も河上と同様、ダブルスコアを確実に達成する為の逆算を脳内で弾き出していた。


 池谷が最初の口火を切って成約を決定すると、やはり林葉が即座にそれに続く。

《追いつかない・・・》 池谷も本日3件目の成約であるが、即座に追いついた林葉は4件目の成約である。

焦りは禁物であるが、始めて千里メルシーで出会ってからの短期間でこうまで営業力が伸びるものであろうか?

一体どんな日々を送ってきたのであろうかと感嘆すると同時に、いつも以上に研ぎ澄まされた自分の営業に心地良さも感じる。

切磋琢磨する心地よい緊張感と連帯感が池谷を支配し、それが溢れるエネルギーに変換されて次の営業に生かされる。

《そうか、そういう仲間と過ごしてきたのであろう・・》

 池谷はそう考える事で闘志が湧き上がる自分を自覚し喜びを感じていた。


 なんとトップセールスの池谷・林葉に続いて成約を掴み取ったのは外回り組の岸岡であった。

満島チームの期待の新星として河上の面談で入社した岸岡であったが、自分には営業経験があるというプライドが邪魔をして、物腰の柔らかい満島のアドバイスに素直になり切れないところがあり、ここ暫くは営業成績の伸び悩みに苦しんでいた。

『ありがとうございます、本当に嬉しいです』

購入者に深々と頭を下げて感謝する岸岡の態度には、人を上から見下すような横柄な態度は微塵も無く、素直な気持ちをそのまま表現する正直さが滲んでいる。

『岸岡の奴、えらく角がとれて丸くなってませんか?』 桝村が思わず河上を捕まえて問いかける。

『小っちゃいプライドをペシャンコにされたんやろ!』 河上はそれだけ言うとサッサと次の商談に入って行った。

《なるほどな~》

 桝村も河上の言葉に納得した後、目の前の商談に入っていったのである。


PM6時40分・・・

無事にゴールデンタイム第一波の最後となる糸居の商談を成約に導いた桝村は胸を撫で下ろしてバックヤードに売上の確認に入った。

午前の売上との合算で1300万弱まで伸びたグラフを見て、再び逆算を始める。

《ちょっと状況は苦しくなってきたか・・・》 平日の目標数字である1200万は既にクリアしているが、修正された目標は2000万である。

閉場までの残り1時間弱で700万は積み重ねられるであろうか?


〔途切れる事はないけど、今は波が引いてしまったばかりで直ぐにでも来場者が欲しいわ〕 携帯電話に話しかける峰山の声にも力が入る。

〔今、満載のバス2台が河原町を出てホールに直行したから大丈夫ですよ! それと丸太町から徒歩でホールに向かってるOLが3組いますから5~6分で着くはずです〕

櫂の大声は受話器からはっきりと漏れ聞こえて桝村の耳にも届いてくる。

〔了解、それじゃあ外回り部隊は撤収作業に入って下さい〕

〔は~い、完全に撤収が完了するまでは狙い続けますね!〕やたらと元気な櫂の言葉が桝村に突き刺さる。

『声がデカ過ぎるよ』 峰山は笑いながら携帯電話を切った。

《なにを弱気に考えとるんや俺は! 来場者が来れば意地でも目標数字に到達させるのが仕事やろ!》

桝村はすぐさま会場内に飛び出してフォローアップ体制に戻ったのである。


『ええな、ここからがお前達のプライドの見せ場やぞ! 笑顔も知識も全部出し惜しみしたらあかんぞ!』 受付では待機する営業マンに河上が最後の激を飛ばしていた。


PM7時・・・

送迎バスの到着と共に再び活気をとりもどしたホール内は、新作ブースに次々と来場者が誘導され、やがてそれは商談の山となって進捗の把握も困難な状況となったが、最初に動く商談が成約となるか破談となるかで戦況は大きく左右される。

河上も桝村も固唾を飲んでこの戦況を見守るしかない。

早期に新作の正面テーブルを確保していた加山が明るい笑顔を振り撒きながら最後のクロージングに入った。

牧野と共に創世期のワールドアートの目標数字を引っ張ってきた加山の意地の成約を皮切りに、周囲の商談が一気に動き始める。


『ここしかないぞ!』 河上の言葉に即座に反応するように、桝村・満島に加えて荒堀もフォローアップに入ってゆく。

さらに牧野の成約が続いた事で会場には呼び水ムードが膨れ上がった。



初日最大のラッシュは続いた・・・・


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