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尖んがりジプシーの航路  作者: 下市にまな
第二章 京都激闘編
34/160

AM:2

8時集合の23名は随時ホール入り口に立つ櫂の周囲に集まって来た。

まさか自分達よりも早くに櫂が到着しているとは予想もしなかった社員達は、おどおどとしながらも順番に挨拶にやって来てはその場を離れられずにいるのである。

櫂は挨拶には応じるもののそれ以外の言葉を発する事は無く全員が揃うまで沈黙を保っている。


最後の一人が滑り込むように到着したのを見計らってから櫂は腕時計を見て輪になる様に号令を発した。

『皆お疲れ様、最初に言っておくことがあるから絶対に忘れるなよ・・・俺たちは営業マンやな神山!』 櫂は最後に滑り込んだ初対面の男性社員に名出しで問いかける。

『・・はい・・』寝ぐせのついた頭髪のまま、申し訳なさそうに鳴かず飛ばずのCSコンサルタントセールス神山は答えた。

『そうや、俺達はお客様から信用をして戴く事で成り立つ営業マンや・・信用ある人間になる為の最初の一歩は何やと思う・・・』

『身だしなみ・・ですか?』 神山は恐る恐る答えた。

『神山ゴメンな、お前を吊るし上げるつもりはないで・・・でも、覚えといてほしいんや・・・ 信用の第一歩は時間を守る事やと俺は思う』

語気の強い言葉ではなく、むしろ穏やかな口調であったが櫂の目は神山を見据えて離さず、それが23名もの社員の意識を櫂だけに集中させた。

『今日から俺達は責任ある業務をこなしてゆく事になる・・・・・それも全員の力を合わせないと達成出来ない大仕事や・・・1分程度の遅刻で何を言ってるんやと思う奴がこの中にはおるかも知れん・・・もしもそう思ってますと心当たりがある奴は、こっそりでいいから後で遠慮なく言ってくれ・・・ 会期中はそいつは出て来なくてもいい・・俺がそいつは立派に出勤して仕事してますよと、会社に責任もって報告する事を約束してやるから安心して休んでくれて結構・・というよりむしろ出て来んといてくれ! メンバー全員が一丸にならないと成しえない程にチャレンジングな取り組みなんや・・・・分かるか磯田』

今度は最初にやってきた女性社員に櫂は問いかけた

『はい・・・なんとなく・・』 磯田は首を傾けながら自信なさげに答える

『嘘をつくなっ・・分からない事は、分からないと答えるのも立派な発言やぞ~』 櫂は満面の笑顔で磯田の返答を一蹴した。

『皆、聞いてくれ・・・俺がチャレンジングって言ったのはな、来日展会期中にこの外回り業務に携わる全員の営業レベルを一気にホールメンバーに近づけようって取り組みの事や!  それには相乗効果も必要な要素や・・・ホールメンバーが足し算成長をやってる間に、外回りメンバーは掛算成長してやろうと考えてるんや・・・当然、来日展の集客は目標通り確保するけどそれは俺達メンバーの成長の副産物やと思ったら良えんや!』

 さも楽しそうに櫂は続ける

『トップセールスの林葉に配券で勝てると思う奴は手を挙げてくれ』

『・・・・・』 突拍子もない質問に誰も手を挙げる者はいない

『凄い人やと仰ぎ見るだけでは絶対に追いつく事は出来ないぞ! 何を真似れば、そしてどう工夫すれば追いつくのかなと考える事から始めるんや・・・今、此処にいてる23名以外の10名は誰や?』 

 櫂にそう問われてメンバーは周囲を見渡し、10名の不在者を頭の中でピックアップする

『よしっ、その10名の中になら配券で勝てそうなメンバーがいると思う奴は手を挙げてみろ』 

 今度は半数以上が手を挙げる

『分かった、ありがとう・・・でもな、俺はこの10名が外回り33名の中では上位の10名やと・・今のところは思ってるけどな・・・そう言われて悔しい奴は追いつく為に真似て工夫すれば良いんや、手を挙げんかった奴は同じく手を挙げんかった奴に勝てばいい・・・誰にも勝てそうと思えない奴は自分に勝て!

お互いに全員がそういう意識を持って意味のある時間を費やしているんやと思えば、必ず相乗効果が発揮されて掛算式の完成や! だから輪を乱されるのが一番の迷惑って事や・・理解出来たか神山・磯田!』

『はいっ』神山と磯田は櫂の問いかけに即座に反応し、他のメンバーも櫂のペースに巻き込まれつつある。

『それは良かった、でも10名はお前らに負けまいと、既に7時から配券業務に飛び出してるぞ!

正確に客層を見分ける力も、配る枚数も、その場で興味を持たせる力も、まずはこの10人から吸収すれば良いわ、追い越したと思えた時は勝負するんや・・・どっちが興味あるお客さんを引き込めるか比べましょうってな』

櫂はそう言うと23名を一旦解散させ、今度は1人ずつを呼び出して、破れかけのタイムスケジュールの裏に会期中に追いつこうと目標にするメンバーが誰かをヒヤリングして書き留めていった。

『ええか~・・チョットだけ背伸びせなあかん相手を選ぶんや、それが重要やぞ』

そう言いながら23名全員のヒアリングを終えた頃に、ポイントリーダーの10名が帰ってきた。

『お疲れ様です!』 その場の23名が一斉に覇気のある声で10名を迎え入れたのを見て、櫂は再び全員を集合させた。


AM9時15分・・・

ポイントリーダーのCS5名とAAの5名が櫂の両脇を固めて、総勢34名の外回り組は大きな輪になった。

KB京都催事専用ホール前の駐車場には壮観かつ意欲ある円陣が、今や櫂の一言を待つように整列している。

『改めてお早うございます』

櫂は静かに挨拶するとポイントリーダーのCSに早朝の仕込み配券の成果報告をするように指示をした。

『ではまず京都駅エリアから』 岸岡が自発的に一歩前に出て報告を始める

『場所的には人が多いですが、夕方の仕込みとしては河原町駅・四条駅のほうが催事場には近いエリアですので、あえて京都駅は2名体制で挑みました・・配券枚数400枚、全て通勤するサラリーマン・OLに配り切りました』

『四条駅4名もサラリーマン・OLに400枚配りきりました』 馬場が岸岡に続く。

『河原町交差点4名、同じく400枚配りきりました』 控えめな女性CS立花までがキビキビと答えた。

後発組の23名は、報告を終えた先発隊10名の、いつもとは様子の違う緊張感と機敏な反応を目の当たりにして、櫂の言う掛算式の成長チャレンジが既に始まっているのだと実感せざる負えなくなる。

『ご苦労様でした、これで1%でも反応があれば、仕事帰りに足を運んで戴ける12名の来場者確保に繋がる成果になるな・・・・どの場所からの反応が多いかは配り方の配慮にも大きく左右されるけどな・・・』 そう言うと櫂は胸ポケットから、ボロボロの紙切れを取り出した。

『よしっ、今からポイントリーダーCSと補佐のAAを5組のペアに分けるぞ・・・その次は後発組を振り分けてゆくから指示したポイントリーダーの元に移動してくれ』

櫂は手早く指示を出して、ポイントリーダーCSの元に社員を移動させて5組のグループに分散させた。

『ポイントリーダーCSが司令塔として各般6名~7名のチーム運営に当たるんや・・但し、補佐役のAAは振り分けられた各メンバーの意見を纏めてポイントリーダーCSに対して意見を言う事を許すし、頼りなかったらリーダー交代してくれてもOKや、その時はまず俺と各般全員で話し合って決めよう・・・

その補佐役AAに配券業務で勝てる自信がありますって言うメンバーを各チームに振り分けたから、補佐役も同じように俺との相談の上でなら交代OKや・・分かるか?  それと・・・俺より確かな集客業務を熟せるという奴がいるなら俺もいつでも交代するぞ!』


櫂はトップダウン体質を排除して、【やらされる仕事から】能動的なボトムアップ【自分から取り組む仕事】へと配券業務に対しての意識を変換したのである。

『意見が無ければリーダーの指示は絶対や、今から各般に分かれて手短にミーティングをしてもらうが、配券ポイントは京都市内に全部で5ヶ所・・・これを順番にポイントを入れ替えて配券してもらう・・・今回の配券の色分けは場所別や無くて各般別に色分けするから、2時間交代で場所移動や・・・ポイントリーダーは昼食・休憩も含めて振り分けられたメンバーの管理を徹底する事・・15分でミーティング完了させてくれ』

それだけ言うと、櫂は各般に分けたメンバーでミーティングに別れろと指示を出した。


この外回り組朝礼の間、搬入業務の為にホール組が集合し始めていたが、誰もそれに気付く者がいない程に33名は櫂に注目して耳を傾けていた。

各チーム課長陣も櫂の立つ円陣を遠目に見ながら、改めて来日展に対しての重責を実感するのであった。


『ちょっと! 森田君、こんな所で何やってるの?』

 櫂の後方から声をかけてきたのは、久しぶりに対面する林葉であった。

『おう、林葉~ 久しぶり!』

 流石に林葉の顔を見てしまうと、先程までの演技を忘れて本音の表情が出てしまう。

『行くよ!』 林葉は笑顔の櫂をホールへと促した。

《そうか・・・林葉はチームに属さないから、俺の事知らんのや・・・》


『林葉、俺は今回の来日展ではな・・・・・・・』 櫂に説明を受けた林葉は納得しないという表情を隠そうともせずに息巻いた。

『おかしいやろっ、森田君はトップセールスやで! なんで、営業もせずに外回りだけに専念するのよ!全体の達成数字を考えても戦力が減るのは一目瞭然やろ!』

『まあ落ち着けジャイ子、来場者が来なかったらホールに入る営業マンが誰であれ数字は残せんやろ?

 俺はそれなら自分で来場者を連れてくるほうがええと思っただけや・・・それに俺は必ず営業するつもりやし・・・林葉は俺の居ない内に数字伸ばしときや~そうじゃないと俺はあっという間に林葉を抜き去るからな!』

櫂の言葉に尚も林葉は納得しない表情のままであったが、そこへ河上の言葉が割って入った。

『林葉の気持ちはよう分かるけどな、今回は社運を櫂に預けると俺も腹をくくったんや』 突然の河上の登場で林葉は言葉を詰まらせた。

『林葉、任せとけ! 俺が客を呼んだげるからお前は新記録を達成しろ・・・それを俺はいとも簡単に抜き去るから、格好良すぎやろ!』

『ドテチン森田に私が負ける訳ないやろ、私を本気にさせたの後悔するな!』

河上の存在に気づいた外回り組メンバーが挨拶の為に駆け寄ってきたのを見て林葉はそれだけを言い残して早足にホール内へ入って行った。


『もう熱は入れた後みたいやの・・櫂、後は峰山と協力しながら結果を出してくれ!』

河上は櫂にそれだけを言い残すと、駆け寄る社員を集めて鋭い目で見渡した

『みんな! 今回は社運をお前達の集客営業に託すと言ってもおかしくない・・・森田主任の指示でプライドのある仕事と成長を完遂してくれ!』

河上はまるで早朝からの櫂の一仕事を見透かしたように、そう言い放った後ホールに姿を消した。


クリスマスまでの七日間に渡る長丁場の重責ではあるが、全てはこの初日の朝に決まるであろうと櫂は予測していた。

自分だけではどうにもならない、知恵を結集させてこそなし得る事だと、始めて人の上に立つ櫂は痛感した。


【目的完遂の第一条件は全員一丸の和の精神である】・・・・肌を刺すような京都の冷気を忘れる程に、外回り組34名は熱気を帯びて動き出した。


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