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尖んがりジプシーの航路  作者: 下市にまな
第二章 京都激闘編
32/160

前夜

『頼んでたのはこんなんじゃない! もっと考えてよ!』

 優里は語気を強めてそう言うと横を向いてしまった。

癌治療に関する書籍を読みあさり、胡桃が良いらしいと知った優里は櫂に病院に来る前に胡桃を買ってきて欲しいと頼んでいたのである。

 営業推進部との打ち合わせに時間が必要だという理由で、櫂は近場の神戸にて開催中の展示会に通わせてくれと河上に直談判した。

それには闘病に付きそう優里を少しでも手助けしようという狙いもあったのだ。

時間の隙間をぬうように優里と会う機会を捻出していた櫂は、先を急ぐあまりに殻付きの胡桃を大量に買ってきたのである。

『今のお母さんに、こんな硬い殻付きの胡桃なんて!』

抗癌剤治療も3週目に入り、吐き気や頭痛、それに食欲不振に陥って苦しむ母の姿に付きそう優里も、この頃は情緒が不安定になりがちである。

櫂は喉元まで出掛かる苛立ちを直ぐに飲み込むように、どうにかして自分自身を宥めようとした。

櫂を睨む優里の肩越しに、抑えてあげてねという表情で此方を見る母親の笑顔を見て櫂は笑顔を作った。

『うん、買い直してくるわ』 

足早に病室を出て車に乗り込んだ櫂は、即座にタバコに火を点けて吸い込んだ。

《落ち着け・・・皆が不安なんや・・・誰も悪くない!》


 櫂も優里の母親が苦しむ抗癌剤治療の進展具合に加えて、明日からの来日展への責任感からナーバスになっている自分を自覚していた。

《1億達成が俺の肩に乗っかってるんや・・・重たいな》

明日からは奈良の実家から、早駆け・夜駆けとなるであろう来日展に挑む事になる。

暫くは優里とも会えない日々となってしまうと思うと、笑顔を見てから帰りたいと望む気持ちが湧き上がる。

《まず笑おう、それしか出来る事が無いわ・・》 櫂はタバコを揉み消して車のキーを捻った。

 櫂が仕事を終えてから動き始める時間帯では胡桃を扱う店舗を探し出すのは難しく、先ほど胡桃を購入した店舗も閉店してシャッターを下ろしている。

仕方無く、櫂は手ぶらで病院に引き返すしかなかった。


おつかいに失敗した子供さながらに、苦い表情になった自分をなんとか誤魔化して櫂は病室に入った。

『お兄ちゃん! ほらっ』

 入室すると同時に、遅れて看病の付き添いに到着した優華が明るく声を掛けてくる。

その手には殻無しの胡桃が入った袋が掲げられていた。

『どうしたんそれ!』 櫂は目を丸くして驚いた。

『偶然に私も胡桃を買って来てん! ビックリのタイミングや』 優華は屈託なく笑顔を見せた。

《良かった~》櫂は安堵感を覚えながら何とも表現の仕様のない表情を浮かべていたのであろう・・・

優里は櫂の袖を引っ張って病室から連れ出した。

『?・・』優華は突然の姉の行動の意味が全く分からないが、母親は優華に笑顔を見せてから小声で

『放っておいてあげや』とウインクをした。


『さっきはゴメン・・』優里はポロポロと涙を流して謝った。

『ええよ、俺も気遣いが出来んかったのは悪かったし・・』 櫂はどう接して良いのか分からず苦笑いを浮かべる

優里はその苦笑いを見て、さらに涙を流した。・・・一通り泣き終えた優里は笑顔を取り戻して『明日から負けないようにね』と車に乗り込む櫂を見送った。

『負ける訳が無いやろっ・・・次に会うのはクリスマスやで、 お母さんしっかり見てあげてや』

『うんっ』

『おうっ』 櫂は後ろ髪を引かれながらも車を発車させて走り出した。

車を走らせ、優里との距離が遠ざかるほどに櫂の意識は明日に向けて集中力を高めた。


 後は自分に課せられた重責を乗り越えてゆくだけである・・・


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