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尖んがりジプシーの航路  作者: 下市にまな
第二章 京都激闘編
29/160

番頭

 櫂は何とか河上との面談時刻ギリギリにワールド第4ビルの入口にたどり着いた

母親を緊急入院させる為に病院に付き添った優里から、病状の報告を電話で聞いていたのである。

肺を侵す癌細胞は想像以上に浸潤しており、直ぐに治療に取り掛からなければならないという事である。

《絶対に治る!》 何度もその言葉を繰り返して自分を落ち着かせようとするが、ここ数日のうちに降りかかる変化は櫂の中に大きなストレスを生み出し、どうにもムシャクシャとした気分が纏わり付く。


《いちいち、面談なんかせんでもええやろ! 面倒臭いっ》 櫂は心でそう吐き捨てると、自動扉を開いてワールド第4ビル内に歩を進めた。

『おうっ櫂! 丁度ええわ、ついて来い!』 自動扉が開くと同時にネクタイを締めながら小走りに近づいてくる河上が声を掛けてきた。

 《櫂やとっ!・・》押さえ込めぬ苛立ちが刺々しく反応する

『何処へ付いて行けばええんです・・』無愛想に櫂が答える。

『野暮用や!』 河上は手早にタクシーを捕まえると、さっさと乗り込んでから早く乗れと櫂を手招きした。


『おう俺や、林葉と糸居なあ・・今日は荒堀の催事に行くように指示しといてくれ、俺は後で追う』 携帯電話でそう告げた河上は続けざまに、プッシュホンを押した。

『河上です、今から行ってきます・・・はい・・丁度森田がおりましたんで下で待機させます・・大丈夫です、何かあれば連絡するように指示しときますんで』

 その後2人は無言の時間を過ごしたが、不機嫌な櫂はソッポを向いて窓の外を眺めたままである。

 暫くすると、何処を走っているのか検討もつかないままタクシーは寂れた下町風の路地で止まった。

『ええか、お前に俺の携帯を預けとくから30分以上経っても俺が出てこんかったら会社に連絡を入れろ』

『会社に・・?』

『そうや、ワールドグループにも後ろ盾くらいはおる・・・こんな相手にいちいち使う事もないけどな』

河上はそう言い残すと、明らかに組事務所と思われる建物の階段を登り始めた。

《要するに、殺られたら会社の後ろ盾を呼べって事かいな・・阿呆らし・・どうせやったら、殺ってから呼べばええやないか!》

櫂は組事務所の扉の向こうに消えた河上を追いかけてドアノブに手をかけた。



突然入室してきた櫂に少々驚いた様子で河上は振り返った

『30分も待ってられませんので』 櫂はそう言うと事務所内を見回したが、直ぐにソッポを向いた。

《相手は2人しかおらんやないか・・・》 奥の席で偉そうにふんぞり返る痩せ型の男と、やたらと背が高く頭の悪そうな筋肉男が冷やかな視線を此方に向けている。

《あの筋肉キツネが先や・・》 櫂はガラスの灰皿とゴルフクラブの置かれた位置を確認してから、目線を奥の痩せ型に移した。


『お~う、あんたがワールドアートとか言う所の社員さんか』

痩せ型は出前のラーメンを下品にすすりながら 『まあ、其処に座ってくれ』と自分のテーブルの前にある応接セットを指し示した。

『失礼します』 河上は丁寧に名刺を渡してから着座し、続く櫂は挨拶もせず無言で着座した。

応接セットで対峙した痩せ型は、『おおきに』と言った後、おうっと後方に立つ筋肉キツネに名刺を渡すと、口内に残る食いカスを舌で絡め取ってから話し出した。

『ワシの姪っ子がな、オタクで高い絵を買うたそうなんや・・まだ20歳なったばかりや・・ほいで、買うた後で不安になってワシに相談してきたっちゅう訳だ』

『そうでしたか』河上は愛想よく痩せ型の言葉に相槌を打って聞き続けた。

 痩せ型の後方では筋肉キツネが臨戦態勢で河上と櫂を交互に睨みつけている・・・櫂は着座してからは、ずっと目線を痩せ型の喉元に合わせたままである。

これは櫂の経験値で、真っ直ぐに目を直視するよりも、喉元を見続ける方がよっぽど不気味な印象を与えられる事を知っていたからである。

時折目線を筋肉キツネに向けるが、それはいざと言う時に初動で遅れを取らない為の行動で、意識は既に筋肉キツネ以上に暴力的な臨戦態勢を取っている。

今の不機嫌な櫂にとっては、自分に纏わり付く不快感を発散する事が出来る格好の場でしかない。

『オタクも商売やろうけどな、ワシも可愛い姪っ子の頼みや・・どないしてくれはる?』

痩せ型は不気味に自分を見続ける櫂をチラチラと見ながら、作り笑顔で河上に詰め寄った。

『そう言う事でしたら、姪っ子さんの契約は白紙に戻させていただきます』 河上は櫂が意外と思うほどに愛想よく痩せ型の提案を受け入れたのである。

《なんや・・・腰が引けとんなあ》 櫂は河上の愛想良さに落胆した。

 あっという間に落とし所を提案して痩せ型との話は終了した。

櫂は無駄に溜め込んだエネルギーを発散させる場所を失い、ますます釈然としない。

『そしたら処理は滞りなく進めさせていただきますので、これで失礼します』 河上は中々立ち上がろうとしない櫂を促して扉へと歩き出した。


『しかし、あんたの会社もええ商売してはりまんな~ 若い子捕まえて、あんまりな事しなはんなや』

扉に手をかける河上の後ろ姿に、痩せ型の虚勢の言葉が投げかけられる。

櫂は自分を抑えきれそうに無いと感じたが河上の方が早かった。

『組長さん・・私は冷静に話をさせて貰おうと此処に足を運んできてますんや・・今の言葉は姪っ子さんに絵を勧めた私の部下に対する言葉と受け止めてええんでしょうかね・・ 私も伊達や酔狂でワールドアートの番頭をやっとる訳やないんで、聞き流せん言葉もありますが・・』

明らかに先程までの愛想が消え失せ、醒め切った鋭い目が痩せ型を直視する。

『いやいや、気を悪くせんとてや・・姪っ子の件は頼んだで・・』 最後は痩せ型が愛想笑いを作って、河上と櫂を送り出したのである。



『おいっ櫂、もうこんな時間や・・昼飯でも食うて帰ろか』 河上はいつも通りの調子で櫂に言った。

『腹減りましたね・・』 もう櫂と呼ばれる事に違和感を感じる事は無かった

『お前・・俺が親になるの、本当は嬉しくないと思っとるやろ』

『はい、思てます』

『それでも俺はお前の親になってもうたし、お前は俺の子になってもうたんや・・諦めろ』

『はい、そうします』

『そうか、そしたら腹いっぱい食うたらええわ・・お前は食うたら機嫌が良うなるやろ』

『はい』

『しかし、普通あのタイミングで入って来るか~無愛想な顔しやがって』河上は可笑しそうに笑った

『部長も最後は相当に無愛想な顔してましたよ』


 今の櫂が置かれている状況では暗雲が全て取り払われる事は無い

それでも河上とのこの一件は、自分の信じるべき営業のプライドを感じ取るには充分な出来事であった。

《こんな所で憂さ晴らしをしてる場合やないな・・・優里はもっと苦しいんや》 今の櫂に出来る事は仕事にも優里にも全力を出し切る以外にないのである。


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