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尖んがりジプシーの航路  作者: 下市にまな
第一章 新人奮闘編
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 初日を迎えたギャラリー黒鳥には、櫂も早めに到着したが、秋爪は既に到着していて自分より背の高いビーチパラソルを持ってメンバーを待っていた。

『秋爪さん・・どうしたのそれ?』櫂が不思議に思って問いかけると

『遅いぞ! 女の子に力仕事させるんやないっ そのパラソルを貸したるから早よ設置せい!』 蛍のドアを開けて、オーナーが姿を現した。

『おじさんが、無いより有る方が良いやろうって貸してくれました』秋爪が櫂に小声で伝える。

『ええから早よせいっ、全く初日やのに心構えがなっとらんわ』 オーナーは吐き捨てるようにそう言った。

時間厳守を連呼していたのはオーナーであるが、順次午前8時半には集結したメンバーも尻を叩かれるように開店準備に汗を流すことになったのである。

 オーナーはいつのまにか姿を消していたが、影の協力者として櫂達を応援してくれているようである。

ウッドデッキ中央のテーブルセットに設置した大きめのビーチパラソルは秋爪・藤田のディスプレイと相まって洒落た雰囲気を演出する大きな武器となったのである。


『いよいよ、オープンですが、全員一丸で乗り切りましょう』人吉の朝礼の一言でいよいよ黒鳥はオープンした。

ウッドデッキ来場者にお茶を運ぶのは2名、他の3名はウッドデッキコーナーで足を止める通行客に対応する。 

時間交代制でこれを順次繰り返すという説明の後、人吉は階段下に置いたCDデッキのボタンを押してジャズ音楽を流した。

突如この御堂筋に姿を現した華やかなスペースは、櫂の予想通り通行人の視線を集めるには充分な存在感を発揮し、歩道沿いに設置した長机に観覧無料と書かれた画集コーナーには、手に取ってページを捲る人が直ぐにやって来た。

『どうぞ~、よろしければお茶でも飲んでいって下さいね~』 藤田が画集を手に取る通行人に声を掛けるが、なかなかウッドデッキコーナーまで入って来る人はいない。

『ちょっと! 人吉さんと森田君がドテチン感を出し過ぎてるからと違うの』 林葉が直ぐにからかったが、それも一理あるなと櫂は感じた。

『あの~少しいいかな?』 秋爪が遠慮がちに手を挙げて発言したので、全員の視線が集まる。

『実はこうなるかなと思って、準備してきた物があって・・・』 秋爪はそう言ってから人吉に紙袋を手渡した。

『これ何?』人吉が紙袋から取り出したのは鮮やかな緑色のエプロンであった。

『昨日の帰りに100円ショップで人数分、買っておいたの・・』頬を赤めて秋爪はうつむいた。

『うわ~可愛い、スーツで呼び込むよりずっと良いかも~』 藤田が早速エプロンを手に取る。

 《ピンクジャンパーの次はエプロンか~・・・滅入るわ》

『・・・良い考えやと思います、秋爪さんありがとうございます・・』櫂も秋爪のエプロン作戦には賛成である。

『じゃあ、黒鳥に来場者が入るまでは全員体制でウッドデッキフロアーを回します、3名はエプロン着用で、後の2名はサクラカップルでお茶を飲んでるふりを頼みます』

人吉のサクラカップル作戦で、櫂と秋爪が紙コップ片手にテーブルセット周辺で画集や版画を眺めるという事になり、程なくエプロン効果も手伝って来場者が入ってきた。


数名の来場者が入れば後は相乗効果で次の来場者の警戒心は薄れてしまう。

金曜日の午前中ではあったがやはり通行人の多い御堂筋である、活況と呼べるほどにウッドデッキスペースには人が来場した。

櫂と秋爪もすぐさまエプロンを着用してお茶係として対応に追われることになったのである。

最初にチャンスを掴んだのは人吉である。

仕事帰りであるという水商売風の女性客を、自由の飛行船の設置されたテーブルセットに着座させたのだ。

林葉・藤田も来場者に画集を使って足止めをしているが、狭いウッドデッキスペースでは紙コップのお茶を飲み干した時点で客は退場してしまうとも限らない。

櫂は急ぎ足でギャラリー黒鳥のバックヤードから、余ったイーゼルとアイブン・ノアールの小型作品を取り出してウッドデッキスペースの端に設置し、秋爪がそこにパイプ椅子を追加した。

 藤田が即座にそれに気づいて客をアイブン作品の前に着座させた。

林葉は着座スペースを失ったが、完成させたアプローチブックを駆使して客の興味を引き出し、なんと一番最初にギャラリー黒鳥スペースに客を誘導してしまったのだ。

『やっぱり、林葉さんは凄いな』秋爪が小声でそう呟いたが、櫂は初めて出会った日から付きまとう秋爪の自信喪失感を強く感じ取っていた。

やがて、客を誘導して階段を登る林葉の姿を確認した人吉・藤田も此処ぞとばかりに客を誘導してギャラリー黒鳥に姿を消した。

秋爪はそれを益々自分へのプレッシャーと感じているように見える。

『秋爪さん、次は僕らの順番ですよ!』櫂は鼓舞するように秋爪に話しかけた。

『うん、そうやね・・』 力ない返事が帰ってくる。

 櫂には秋爪の心理を充分に察する事が出来た。

自信喪失感との闘いを続けてきたのは秋爪だけではなく、櫂自身もそうであったからである。

小学校から高校卒業までの間に周囲の醒めた目に晒されながらも、野球を続けた自分がオーバーラップする。

スタートは父親の隆明に乗せられて受動的に野球を続けたが、甲子園常連校への進学を決意した時点でそれは能動的なものに変化した。

今の自分の核を形成したのはそれ以降なのかも知れない

受け入れ難い理不尽や自分への不甲斐なさを幾度となく感じながらも、今日の自分が出来上がるまでには他人との偶然の出会いや感動があり、それらの一つ一つが養分となったはずである。

櫂は魂の村選別に没頭した少年時代を彩った周囲の人々、東京で出会った中妻亜希、上司の杉川、そして今自分を取り囲む仲間を思い浮かべた。


 櫂はジャズ音楽を停めてエプロンを外した・・・・ウッドデッキフロアで画集を眺めていた来場者も静まり返った雰囲気に耐え切れずに退散してゆく。

『森田君、どうしたの?』 突然の櫂の行動に秋爪が驚く

『生意気やけど、少しだけ話を聞いてもらえますか』櫂は秋爪に着座するよう椅子を引いて促した。

 櫂は過去の自分と同じように自信喪失感を持つ秋爪との相違点を考えた。

櫂と同様に心では【成長しよう、結果を残そう】という炎は燃えている筈であるが、周囲の視線・評価を気にするがあまり表現・体現出来ないままでいるのが秋爪である。

『実は僕は萬年補欠の野球部員やったんです・・・』

伝えたい事は分かっているのに、こんな時に限って話に纏まりがなく額に汗が滲むが、それでも櫂は秋爪に伝わるようにと必死で話を続けた。

『上手いこと話が出来んけども、心の中で青白く燃える炎は自分にも周囲にもエネルギーにならない様に思うんです。 失敗して恥ずかしくても前面に表現して赤い炎を燃やさないと次に向かう場所も見えないというか・・』

気付けば櫂は浮き出て流れる汗を顎から滴らせながら秋爪の目を正視していた。

『ありがとう、私・・・アーティスティックなイメージへの憧れだけで入社しちゃって、気付けばもう半年でしょう・・コンサルタントセールス昇格の400万も・・本当は加山課長に相当、手伝ってもらっての数字だったから自信を持てなくなっちゃって』 秋爪は大粒の涙を流して笑った。

『じゃあ、今日からが燃える秋爪さんのチャレンジスタートって事にすればええと思います』 櫂は秋爪の涙にドギマギとしながらも笑顔を作って答えた。

 営業職のプロを目指す身でありながら、大切な仲間に伝えたいことの半分も伝えられない自分が歯痒いが今はこれが櫂にとっての精一杯の感情表現であった。

秋爪はウンウンと頷いて『私も負けないように・・頑張らないとね』と拳を固めた。

心に燃える醒めた魂が少しでも熱を持てたのなら嬉しいと、櫂は胸を撫で下ろすような心境になった。


『なんやっ、お前は女の子を泣かすような奴やとは思わんかったぞ!』 様子を見に来たオーナーが鋭い目を櫂にむけて罵声を浴びせるように吐き捨てる。

櫂も説明の仕様が無く、苦笑いを浮かべるしかなかった。

『違うんです、これは嬉し涙なんです・・』 秋爪は慌ててオーナーにそう説明した後、化粧を直してきますと席を立ってギャラリーの階段を駆け上って消えた。

オーナーは意味深な笑顔をニヤリと櫂に向けたが、何故かそれに対応する術が見当たらずに櫂は赤面しながら視線を逸らした。


 心の殻は自分で破るしかないのかも知れない・・

時には周囲の人間がヒントを与えて殻にひび割れを入れてはくれるが、やはり最後は自分で破らない事には次に控える殻を打ち砕く力は身に付かないのである。

秋爪に話した内容は何故か自分自身に対して話しているようでもあり、身が引き締まる思いである。

化粧直しを終えて戻った秋爪はCDデッキの再生ボタンを押して

『さあ森田君、私たちもあの3人に負けないように頑張りましょう』と笑った。


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