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尖んがりジプシーの航路  作者: 下市にまな
第五章 九州決戦編
157/160

違和感

新たに自分達のチーム課長となった櫂を、元、村下チームのメンバーは素直に受け入れた

ATHでの僅かな交流ではあるが、櫂と九州メンバーのやり取りを目の当たりにしていた未成熟社員達は大きな期待を持って迎え入れ、営業成績を引っ張る主任・コンサルタントセールス社員は、村下の元上司と言うだけでなく同じくATHで見せつけられた営業力に期待を寄せて迎え入れたのだ


『宜しくお願いします、森田課長に負担をかけないように頑張ります』

 補佐役となる主任の二神は女性らしく赤面しながらチームメンバーを代表して櫂に挨拶をした。

『俺の方こそ宜しくな・・』

 櫂もチームメンバーに笑顔で答える


主任の二神を筆頭に、コンサルタントセールスの女性営業マン林本と、同じくコンサルタントセールス男性営業マンの檜原がこのチームの主軸らしい・・

『とりあえず今日からの催事でメンバーの事を知りたいから、其々が思うように営業してくれ』

 転勤早々ではあるが新チームとして初めて催事に挑む会場が、出張ではなく通いの会場となった事は加山の心遣いであろう・・櫂は転居先となった大阪府交野市の新築賃貸マンションで引越し後の家財整理に追われる優里を思い浮かべながらも、意識を新チーム運営に集中しようと引き締めた


《やれやれ・・・又、最初の一歩からチーム作りやな・・》

 そう思いながらも既に一通りのメンバー分析を終えた櫂は可能性を感じている

《二神には既に営業の基礎が有る・・ここから伸ばしてやるのは容易いな・・林本は本間とよく似たタイプの営業スタイルや、こいつの営業センスにも光るものを感じる。 檜原には本格的な営業の基礎を叩き込む必要が有るようや・・今のままでは成績にバラ付きが出るやろう・・・・それ以外のちびっ子にも原石は居てるぞ、時間は掛かるがこのチームは強くなる! さあっ、見せてくれ・・・今のお前達の実力を!》

 櫂は催事場の端に立って来場者にトークを打つメンバーを眺めた


『課長~すいませ~ん!』

 接客に付き初めて然程の時間も経過していない檜原が、商談テーブルに着座する来場者を前にして櫂を呼ぶ

『何や?』

『森田課長はね、関西圏の責任者の中でも飛び抜けて凄い人なんですよ・・・』

 いきなり櫂の事を来場者に説明し始める檜原はさも自然に櫂に笑顔を向けた

『ああ、私の事なんか気になさらないで下さい・・・ボケ~っと突っ立ってるだけの上司ですから・・でも、檜原のお話だけは最後まで聞いてあげて下さいね・・・買う・買わないはお任せしますので』

 櫂は柔らかく落ち着いた口調で言い残すと、即座に商談テーブルから遠のいてしまう

残された檜原は慌てふためいた様子でアプローチブックを開いたが、焦りのせいか無秩序なトークは整合性を失くして見る見る額に脂汗が滲んでゆく

それでも櫂はフォローに入らずにそれを静観した


《今はチームの力量を見させてもらう・・・知って貰うより、知る事からや・・》

『森田課長~!』

 櫂を呼ぶ声は、商談テーブルに来場者が着座した数だけ催事場内で連呼され続けた



夕刻の来場者ピークを過ぎて、櫂はバックヤードのパイプ椅子に腰掛けながら、自分の目指す営業とメンバーの営業に余りにも大きな乖離が有る事を再認識した

『森田課長!』

 今日一日で何度となく聞いたセリフと共にバックヤードに入ってきたのは林本である

『どうした?』

『私が接客してる男性客ですけど、たぶん値引きで買います!』

『何でそう言えるんや?』

『私に惚れましたね・・私を見る目で分かります・・値引きフォローをお願いします』

 林本は笑顔で言い残すと、再び催事場内に戻って行った


ある程度の予測はしていたつもりであるが便宜売りへの依存度はその予測を遥かに越えている・・

櫂は倦怠感に襲われながらもバックヤードを飛び出す間際の林本の笑顔を思い返していた

《これが常識・・これが正義と育って来たんやもんな・・・・》

『このままでは、このメンバーは自分で売る力を持てんままや・・・・』

 無意識の呟きと共に櫂は重い体を立ち上がらせると催事場内に足を踏み入れた


『ああ~課長!・・先程から説明させていただいていた森田課長ですよ! 良かったですね森田課長がいらっしゃる時にご来場頂いて!・・・こんなラッキーな・・』

『80万の新作ですが、絵を気に入って下さってるなら70万で結構です・・・』

 櫂は林本がまだトークの途中にも関わらず登場するなり値引きの提示をした

『え、わあ~凄い! 良かったですね~ 先ずこんなチャンスは・・』

『既存の顧客様には70万で買って貰ってます・・・80万で売るのも変な話です! もう一度言いますが、絵を気に入って下さっているならば70万で良いですから・・』

 櫂はそれだけを言うと、さっさと商談テーブルを離れてしまった。

『・・・・・・よ、良かったですね~』

 林本は櫂の素っ気ない値引きトークに違和感を抱きながらも何とかトークを続けゆく

《お前達を否定するだけではな・・・・さあ、どうなる?》

林本が感じた以上に、櫂自身が違和感に包まれながら情報提供・納得の過程を割愛した便宜トークを打ってはみたが、この商談が成約に結びついたとして一体どんな未来に・・どんなプライドに繋がるのか?


櫂は結局それ以降その商談に関わる事無くバックヤードに閉じこもったが、値引きを提示された来場者はその後も軟禁状態で目の前の作品を勧められ、最後は押し切られる形で購入を決めた

やがて催事会場となるショッピングセンターの閉店時間が来て、メンバーがその日の集計業務に勤しむ中、主任の二神がバックヤードの櫂を訪ねて入室して来た

『あの、課長・・・お話があります・・』

『ん・・どうした?』

『ええ・・・言いにくいんですが・・・メンバーがこのままじゃやってられないと・・・』

『ふ~ん・・何で?』

『私達が自分で売れない・・課長がそう言ったのは我慢出来ないと・・・こんな気持ちで明日から営業したくない・・・そう言ってるんですが・・』

『そうか~・・それで主任の二神に相談が来た・・お前はどう思うんや?』

『私は拗ねてるメンバーを情けないとも思います・・-・只、私達にもこのチームで闘ってきたプライドが・・』

『そうやな・・・早期に話し合うておく方が良いやろな・・まだ電車の時間にも余裕があるし、此処のショッピングセンターの休憩室を借りよう』



休憩室に集まったメンバーは、新チーム発足と同時に訪れた険悪な状況に顔を顰めながら櫂と相対した

『二神からは大凡の話は聞いた・・・ここはお互いの意見を言う場や・・最初に言うておくぞ・・意見があるなら今この場で言えよ! 人の口を利用するな・・この場で言わんなら、二度と愚痴にするな、拗ねるな! 良えな!』

 切り出した櫂はその後、表情を穏やかに戻して意見が出るのを黙って待つ


『僕達も・・・第一線で業績を残してきたプライドがあります・・・それを、自分で売れる力が無いと言われると・・・やる気も無くすというか・・』

 意見を絞り出す檜原の拗ねた表情はあまりにも子供っぽい・・・だが、周囲のメンバーも檜原の醸し出す不平ムードに引き込まれる様に険悪さを共有している

『檜原の意見と違う意見はあるか?』

 櫂はそんな険悪な雰囲気を無視したまま穏やかな表情で一人一人の目を見て尋ねた

『村下課長は、もっと上手く便宜のトークを打ってくれました・・その・・・全く空気が違うと言うか・・・凄い人って自分で演技をされないというか・・』

『他には?』

 中々に辛辣な意見が出たせいか後に続く意見は無いようである



『無いなら俺の意見を聞いて貰う、根本的に俺と大半のメンバーの営業に対する考え方が違うのは事実のようや・・・俺が考える営業は売れば満足っていうのでは無い・・・金を貰うイコール絵を届けるだけや無いんや・・絵を買ってもらって良かったと思い続けてもらう事・・あの人に買ってもらえて良かったと思い続けられる事! これが俺の営業の根底にある考えや・・・凄い人から値引きをしてもらってお得に買えた・・これも確かに満足ではあるがな・・

 自分の肉親を想像してみろ・・・親・兄・弟・姉・妹・爺ちゃん・婆ちゃん、かけがえのない肉親やな・・そのかけがえのない家族が、肉体的に精神的に苦痛を感じながら働いて手に入れたお金・・そのお金で絵を購入して帰ってきたとしよう・・・価格は70万円・・・肉親はお前達に言うんや、自分の大事なお金やからこそ、自分で納得した買い物が出来たと・・一方こう言うかも知れん・・・そこまでの気にはなれてなかったけど、値引きをしてもらったし、随分と長い時間をかけて話を聞かされたから断るに断りきれずに買ってしまったと・・・・・・この両者共に70万の支払をしてゆく事になる・・俺は営業には正義が必要やと思ってる・・誰もが簡単に売れる方法で成約を量産する・・・それも営業会社!

俺だからこそ買ってもらえた、あの人だからこそ喜んでもらえた・・そんな成約を重ねてゆくのも営業会社や!

考えてみてくれ、どちらの会社の営業にプライドが有るかを・・そして、世の中に認められて絵を世の中に広めている企業として受け入れられるのはどちらの会社かを・・

俺は自分の給与に胸を張っている・・・喜びを与えた対価として受け取る権利が有るからや・・やる気が出ないなら仕方無いやないか・・・やる気の無い奴が人に幸せを提案出来るか? 便宜トーク? 本当にその人が喜び、納得する人であれば値引きは厭わへん・・その値引きを提示するのに、その都度自分が凄い人と去勢を張る必要は有るんか?

俺にも自分が正しいかどうかは解らん・・・俺が間違った異分子ならどう間違ってるか教えてくれ・・即答は要らんで・・明日まで考えて意見があれば自分の口で言いに来てくれ・・・・・営業トークを知りたければ与えてもらうのを待つな・・自分の意思で聞きに来い・・労力は惜しまん』

 櫂は静まり返り、意見を無くしたメンバーに、自分は最後に帰ると伝えて解散を告げた


『其々で考えてみよう・・・先に帰らせていただきます』

 二神は音頭を取って最初に休憩室を後にしたが・・黙ったままそれに続いたのはコンサルタントセールスの2名である


『どうした? まだ何か言いたい事があるんか?』

 櫂は下っ端扱いの未成熟営業マン達が席を立たずに残っている事に疑問を感じた

『あの・・・私は先輩社員が言われてる事より・・森田課長の意見に賛成です・・』

 一人の営業マンが勇気を振り絞って語り出す

『私も・・明日から学んでみたいです・・営業を教えて欲しいです・・』

 残りメンバーも口々に自分の成長の突破口を求める声を発した

『成長するのに何の遠慮が要るんや? いつでも聞きに来い・・・どこに躓いているか、そしてどこが自分の学びたい所かを考えてからなら教えてやる・・自分の思考を使わずに、与えてくれと欲するだけなら身には付かんからな・・さあ、もう帰れ・・』

 櫂に尻を叩かれる様に下っ端営業マン達は帰路についた



転勤後の初催事から波乱の幕開けとなったが、櫂は知っている・・・残るべき者は残る・・・そして同じ方向にオールを漕ぐ仲間は必ず現れるのだ・・


ショッピングセンター催事担当者に休憩室を借りた礼を述べてから櫂もようやく帰路についたが、突如として心理の奥に未知のざわめきを感じ取った・・・

その正体・元凶を探ろうと足を止めるが全く検討もつかない・・

それは肉体的・心理的な疲弊感などでは無い・・何処からともなく深層心理に訴えてくる警告の匂い・・

自分がメンバーに伝えた意見に嘘は無い・・・これまでの営業生活の中で信念として強く自分の中に根ざし、そして育ててきたものである


《何で自分の言葉に警告の匂いが混ざるんや? 人の心理ばっかり覗き込んで、自分の事が解らんとは本末転倒やないか・・》


ブツブツと自問しながら早足で帰路を急ぐ櫂であるが、突如、駅のホームで声を掛けてきたのは林本であった

『どうしたんや? まだ帰ってなかったんかいや!』

『ええ・・まあ・・どんな顔で帰るのかなと興味が沸いたものですから・・』

 林本はクスクスと笑った

『お前・・気色悪いぞ・・・・』

『だって、あんな拗ねてるだけの社員を相手に面と向かって話し合いに応じるんですもん・・森田課長って変わってますよね・・そんな上司なんて見た事無いです・・・真面目と言うか・・』

『ほっとけ! 意見に応じるのは俺自身も納得したい要求があるんやろ・・』

 櫂は素っ気なく答えたが、林本にはその櫂の表情も不器用に見えて可笑しいらしい・・

『明日から営業を強化してみようと思います・・面白そうなんで』

 笑い終えた林本は電車を降車する間際に、車内に残る櫂に言い残した


《ほら、しっかりしろ俺!・・・もう仲間の原石を発見したやないか・・・》


ホームを歩く林本の姿を追い抜きながら、櫂は再び心に漏れ出す警告臭の正体を探し続けていた




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