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尖んがりジプシーの航路  作者: 下市にまな
第五章 九州決戦編
153/160

真実

この夏の猛暑はお盆を過ぎても一向に衰える気配が無かったが、九州支社にはその猛暑を吹き飛ばす程に活気に満ちた社員達が集っていた

ATH来日展期間中に、九州エリアでの催事を守った納元達、長期のお盆休みで鋭気を養った者達・・

そして大きな成長を遂げたATH選抜メンバー達を含む全社員が一斉に出社する機会はそうそう得られるものではない


『伊月さん、このコピー用紙の保管はキャビネの下の棚で良かですか?』

『樋田さん、テプラはどこに有りますか? この際ですけん備品類の整理を完璧にしますんで』

 口々に質問を浴びせかける社員達への対応で、伊月と樋田はてんてこ舞いの忙しさに追われた。

本来は明日からの搬入に向けての準備日であるが、山木・納元・別働隊の3チーム体制の組み直しを伝える為に櫂は全社員に招集をかけたのである。

山木・納元、それに本間を筆頭とする中堅社員達は今回の体制組み直しを既に予測しており、早朝からの備品整理から燃え広がったリスタート魂は、季節外れの大掃除にまで発展してしまったのだ


『五月蝿い! 俺が電話をしてるのは見えとるか? 葬式みたいに掃除をしろとは言わんが、もうちょっと声量を落とせ! 気遣いが出来ん営業マンは失格やと何度も教えてきた筈やろ!』

 受話器の向こうで話す井筒の声を拾い上げるのに苦労した櫂が堪らず怒鳴りつける


〔賑やかですね九州支社は・・・では今からFAXしますから・・ああ、それと私も来週には九州エリアの会場開拓でそちらに行きますんで・・又、元の生活ですね・・・地獄の開拓業務が始まると思うと気が重いです・・〕

『お前がそれを言うたらアカン! 九州の景気は今が底や無い・・まだまだ冷え込む筈や・・・俺に出来る事は協力を惜しまんつもりや、兎に角3チーム体制で回す為の会場の確保が優先事項なんや!』

 櫂は受話器を掌で覆い隠して声量を下げた

〔わかってます・・・既存客を食い潰した他エリアも今後は加速度的な業績悪化が予測できます・・一緒に手立てを考えて下さい・・・どうやってこのスパイラルを乗り越えて行けるかを・・〕


井筒の通話が切れると同時に支社の複合機がFAXの着信音を響かせる

櫂は素早く立ち上がって複合機に近づくと、届いたばかりのFAXを手に取って応接室に姿を消した


【ATHホール催事結果報告書】 井筒から届けられたA4用紙一枚きりの報告書の冒頭には、見慣れた井筒の筆跡でそう書かれていた


会期中全体売上6億3千5百38万円・・・与信交渉後の実数字2億7千3百21万円 

 《・・・ここまで落ちたか》

こうなる事を予測したからこそ新規客の成約に拘った櫂であったが、改めて文字に置き換えられた実数字を目の当たりにすると大きな落胆と未来への絶望感に苛まれる


安口チーム:1億3千3百55万円・・・・実数字4千65万円

村下チーム:1億1千8百40万円・・・・実数字3千6百70万円


読み進む程に成約コーナーで既存顧客を相手に必死で笑顔を演出していた営業マン達の顔が脳裏に浮かぶ


《落胆どころや無い・・・心のケアをしてやらないと営業マンとして終わってしまうぞ・・実数字が伝えられるのであればの話やけどな・・伝えられなくとも、自分の売上に見合う給与が振り込まれなければ気付く事になる・・正直に言ってやるべきや》


九州チーム:6千5百30万・・・・実数字6千4百50万(契約後に契約者の退社が発覚し与信通らず)

櫂は共に闘ったメンバーと、九州の留守を守り抜いた納元達を誇れる仲間であると確信した


個人トップ売上(安口チーム主任):1千8百20万円・・・実数字5百60万円


九州トップ売上(本間主任):1千2百30万円・・・実数字1千百50万円

       (椎名主任):実数字9百85万円

       (石本主任):実数字9百30万円

         (東村):実数字6百90万円

         (赤柳):実数字6百65万円

         (岩井):実数字5百60万円

         (七田):実数字4百40万円

         (海本):実数字3百20万円

         (梅原):実数字2百80万円

  (おまけ・・森田次長):実数字4百30万円


《アイツ等・・営業しながら成長しやがった・・・甲子園マジックやな・・》


櫂は握り締めた催事結果報告書に記載された実数字を九州メンバーに発表出来ないジレンマに苦しんだ・・

実数字を伝えてしまえば、成果表彰式で持て囃されるであろう他支社の虚構の栄光に対して、我慢出来ない鬱憤が吹き出してしまうのが目に見えているからである。

今後のワールドアートの精鋭となるメンバーに蟠りを与える事は出来ないのだ。

感情を押し殺して応接室を出てゆく為の表情を作る櫂の耳に割れんばかりの拍手が聞こえてくる


《・・・何や?》

 怪訝に思った櫂が応接室から顔を覗かせると、複合機を取り囲むように全社員が集まっている


『次長、やりましたよ! 本間がATHの個人売上で6位入賞したとです! 全国のトップ10入りば果たしよったとですよ・・・成果表彰式の案内ば届きよりましたけん!』

 輪の中心で成果表彰式の案内を持った山木が嬉しそうにそれを櫂に指し示す

『わ、私が表彰されるのは当然ったい! 最初からそのつもりで闘いよったと・・あと少しの差で入賞を逃した椎名や石本の分まで楽しんできてやるけん・・それに、これは支社の皆の協力で出来た事やけんが・・胸を張って大口ば叩いてくるっちゃ!』

 紅潮した表情で答える本間も、櫂に笑顔を向けた

『おうっ、よう言うた! 思いっきり大口を叩いてこい! 支社も個人も乗り越えて、未来の本間陽子はもっと凄い営業マンになると言うてやれ!』

 櫂も大声で笑顔を返した


《お前がトップ営業マンや・・実際はな・・・それにトップ10入りならもっと沢山のメンバーが入賞してる・・》


『皆に聞いて貰いたい事があるんや!』

櫂の表情で即座にその場の全員が櫂を取り囲むように集まってくる



『今回の本間の入賞は心から嬉しいよな・・・その本間が支社の皆の協力で成し得た事やと言えた事はもっと誇らしいと俺は思ったぞ・・・俺等は特別に優秀な人間や無い・・・悔しさ・焦り・嫉妬を抱えながらもすべき事をすべき人間がやり抜いた・・・・・納元と一緒にエリアの会場を守ってくれたメンバーが居る、お盆休み中やのに伊月と樋田は交代で支社に出社してくれていた・・・そしてATHメンバーは不安・萎縮・重圧を抱えながらも営業マンとしての成長を追いかけ続けた・・・・・・分かるか? お互いの存在がエネルギーを生み出してたんや・・・最初は悔しさ・焦り・嫉妬・不安・萎縮・重圧で動いていた気持ちが、其々の健闘を認め合いながら過ごすうちに誇りや未来の為に動く集団に変化してしもうたんやで!   だってそうやないか! 椎名と本間は最初から仲が良かったか?

 東村と赤柳は自分達を引っ張ってゆく石本達にこんなに食らいついてやるぞと思っていたか?

 逆の立場の石本は成長する東村・赤柳に突き動かされたんと違うか?

 納元と留守の会場を守ったメンバーは、前しか見てない納元からエネルギーを貰わんかったか?

 納元は来場者の少ない会場で、笑顔で配券するメンバーを見てエネルギーが湧き出てきた筈や・・

 長期のお盆休みを取ったメンバーも、こんな闘いをくぐり抜けた先輩からエネルギーを受け取れる・・

先輩社員はこれから必死にしがみついてくるメンバーから活力を生み出す事が出来る・・俺達九州はここからやぞ! 次は文句を言わせん実力を付けて団体様で表彰式に行くんや! その為にも隙無く全力で成長に向き合おうやないか・・これが俺が伝えたい真実や!』


 櫂は口に出せぬ真実よりも、口に出すべき真実を優先させた

今の勝敗よりも、不動の勝利を掴む未来の為にすべき行動だと思ったからだ


山木も納元も櫂に対しての理解をより一層に深め、櫂も2名の番頭に対して出会った当初とは比較にならない信頼を置いている・・・


九州が得たのは営業的な成長だけではなく、今後の劣悪な経済環境下で生き残る為の結束力であった・・



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