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尖んがりジプシーの航路  作者: 下市にまな
第五章 九州決戦編
152/160

終焉

押し寄せる来場者は途切れる事なく受付に殺到し、総勢120名超の営業マンを以てしても完全な飽和状態を招いており、目の前の接客相手に相当の集中力を保っていなければ座り商談すらままならない・・・・ワールドアートの誰もが初めて経験する来場者数は容赦なくそして無秩序に営業マンの思考を混乱させた。


 ワールドアート経営陣は信販与信枠交渉の難航を念頭に、それぞれが決死の覚悟でその混乱の中から絶えず成約を拾い上げることに没頭し、作家であるコウ・カタヤマに付き添う中山も最大限の便宜として、作家の存在を有効活用し続けた。

棚橋は小部屋だけに限らず、Bホール内で繰り広げられる座り商談に入り込んでは、人目も憚らず電卓の電子音を響かせ、それに呼応する大袈裟な演技の営業マンの絶叫が余計に会場内の異様な空気を増幅させた

越口は体力を使い切って待機エリアの奥で項垂れ、搬出が始まった途端に河上は会場からその姿を消していた


其々が其々の想いを込めて闘い抜いた最終日には幕が下ろされ、会場内から最後の成約者が立ち去ると、生気を無くす程に体力を消耗した営業マン達が惰性で搬出作業に取り掛かっている


契約処理コーナーに待機していた各信販会社の社員は手早に撤収処理を済ませて会場を後にした

櫂は1日を話し続けて、両手の指先に治まらない痺れを感じながらも、その信販会社社員の後ろ姿を眺めていた

『終わっちゃいましたね・・・』

 櫂の傍らで蒼白く疲れた表情の井筒が呟く

『井筒、お疲れ様・・・最高の会場を段取りしてくれてありがとう・・・』

 そう言いながら指先だけでなく唇までが痺れている事に気付く

『締めて6億3千5百ってところですね・・・全体売上は』

『そうか・・・明確な数字は与信交渉終了後やな・・・せめて3億・・残ればな・・』

『エネルギーが切れる前に口に入れといて下さい・・・また爆睡でもされたら困ります・・』

 井筒は力なく笑顔を向けて飴玉を櫂に手渡した


『何や・・アップル味やないか・・』 

『文句が有るなら吐き出しますか?』

『いいや、食う・・』

 掛け合いを楽しみたいが、2人にはその気力すら残されていない状態であった

『井筒・・・明日にでも大凡の確定数字を連絡してくれ・・与信交渉って言うてもな・・とっくに昨日までの数字は確定してる筈や・・営推には真っ先に知らされるやろ・・・内緒で教えろ』

『ええ・・そのつもりです九州メンバーの残した成約は、ほぼ確定数字ですからそれも合わせて連絡します・・・今日中に博多まで帰るんですよね? じゃあ支社に連絡を入れますから・・』

 井筒は言い残すと、催事ホールに姿を見せたATHホール管理者を見つけてその場を離れた



櫂は重いと感じる体を引き摺りながらも作品の梱包作業に加わったが、本来は搬出作業に汗を流す支社長など何処にも居ない・・・只、櫂は息苦しい雰囲気の役員専用バックヤードに近寄りたくなかっただけである


『何で次長が搬出作業をしてるんですか! 時間も迫ってるでしょ・・最終の新幹線になっちゃいますよ! 九州メンバーは荷物を纏め始まてましたから次長も行ってあげて下さい』

 鎌谷の声掛けで気付いたが、随分と長い時間を梱包作業に費やしていたらしい

『もうそんな時間か? 鎌ちゃん・・楽しかったぞ! 又、一緒に仕事をしようぜ!』

『勿論です! 今回はひよっ子軍団でしたが、次にお会いするまでには強くなって見せますよ!』

 鎌谷はそう言いながらも、早く行って下さいと掌を九州メンバーが集合する会場出口に向けた


そのまま会場を離れたい所ではあるが、最後に挨拶をしておかない訳にはゆかない・・

櫂は意を決して最後までパーテーションを組んだままにしてある役員専用バックヤードに入った

『森田です・・搬出作業の目処がつきましたので、九州メンバーは先に失礼させていただきます・・』

 挨拶もそこそこに立ち去ろうとするが、既に経営陣が集合していたバックヤードの中心から櫂を呼び止める中山の声が響く

『森田、他の支社長が揃ってるんや・・搬出なんか社員に任せれば良えやろ・・・今回の来日展の成果表彰式の日程な・・後日連絡を入れるが、早期にやってしまうからそのつもりでな・・』

『はい・・ではこれで失礼します』

 既にこの会話だけで、櫂には中山の思考が読み取れてしまっている・・


《営業マンには与信交渉の件は最後まで伝えるつもりはない・・勿論実数字も闇に葬るつもりや・・・あくまでもこの来日展は大成功で終えたと言い張る・・早期の表彰式はそのパフォーマンス・・当然ながら、表彰された営業マンには相応の給与が振込まれる事は無い! 小さな嘘が膨れ上がってもう嘘の連鎖が

始まってる・・・孤立した上に座礁までさせる気かよ!》

 憤りを感じる表情が察知されないように、櫂は俯きながら役員専用バックヤードを出た



『ああ~っ、次長! 何処に居ったとですか! 今日中に九州に帰れませんよ! 次長のキャリーバックも此処に有りますけん、早う来て下さい!』

 集まったメンバーの中心で腕時計に目をやりながら山木が急かす

『おう、待たせて悪かった・・帰ろうか・・俺らの九州に!』

 集合した九州メンバーの顔を見渡す事で憤りが治まってゆくのを感じる


『森田次長・・』

 歩速を上げてメンバーの元に向かおうとするが、櫂を後方から呼び止めたのは村下であった

『村下・・どうした?』

『忘れ物ですよ、待機エリアの奥に転がってたそうです・・・こんな物を会期中に買うのは森田次長しか居らんでしょ?』

 村下は言い終えると、柔らかい笑顔でブリキ製の電車を差し出した

『そうやった!、サンキュー! これで準備万端や』

 櫂は嬉しそうにそれを受け取ってから、子供のようにその電車を村下の視線の先に走らせて見せた


子供っぽい櫂の仕草に村下は苦笑いを浮かべるが、次の瞬間には表情を一変させる・・

『森田次長』

 村下は真っ直ぐ櫂を見た

『何や』

 櫂も村下の表情を予測済みとばかりに返答する

『僕は自分の考えで今日までの道を選択してきました・・・だから引き返しません! 踏み込んだら突き進みます・・・それを伝えて・・』

『突き進むのも勇気・・・けどな・・・留まる事、引き返す事も勇気や・・己の納得する道・・・お前が選んで進む道を振り返ってみろ! 誰が居る? お前のチームメンバーの存在を忘れてないなら、アイツ等を導いてやれるなら勝手にしろ!』

 櫂は言い残して踵を返したが振り向かず、村下は深々と頭を下げて櫂を見送ったがやはり視線は上げなかった。


お互いの胸中にあるのは決裂ではない・・・決別であり、過去の師弟関係が終焉した瞬間であった



 頂きに輝く栄光を一足飛びで掴み取る・・・

その為に急勾配を一気に上り詰めたワールドアートは、果たしてその輝きを手中に収めたと言えるのだろうか?

その頂きに留まり続ける力が無ければどうなるのか?・・

手中にした栄光が輝きを増す事はあるのか?・・・・・・来た道が急勾配である程に


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