ちびっ子ギャング
ワールド第4ビル研修室に集合した櫂達3人は明日からの準備の為に奔走する人吉・秋爪とは逆に手持ち無沙汰な時間を過ごしていた。
別階には各チームの備品庫として使用している大きなフロアがあると聞いていたので、おそらく其処には牧野チームのメンバーが居るはずであるが準備に手間取っているのであろうか、アプローチブック作成で話が通っているはずの牧野がまだ姿を現さないのである。
しばらく待つと研修室のドアが開かれたが、入室してきたのは峰山と名乗る年配女性であった。
『初めまして明日からのギャラリー黒鳥の担当をします営業推進部の峰山です、貴方達が噂のちびっこギャング3人組ね』
豪快おばさんといった雰囲気の峰山はそう言うとホワイトボードの前に立ち、ニヤリと笑った。
『あの~、ちびっこギャング? ですか・・』林葉が怪訝な顔で峰山に問いかける。
『そう、河上部長が昨日の貴方達のメルシーでの活動を聞いてそう言ってたよ』 峰山はホワイトボードに記入を進めながらそう言った。
《豪快おばさんやのに、文字は繊細なんや・・》 櫂は【ギャラリー黒鳥使用に関する注意事項】と書かれた見出しの文字を見て、ぼんやりとそんな事を考えた。
峰山は記入を終えた後こちらを振り向いて説明を始めた
『私たち営業推進部は各チームの展示会場の段取りが仕事です、ショッピングセンターの催事ならば期間や催事スペースの折衝、配券場所の確保、売上からショッピングセンターに幾らの金額を収めるかまでを事前に打ち合わせして、配券の印刷依頼・搬入搬出の運搬会社との打ち合わせまで多岐にわたる活動をしています。
各チームは割り振られた催事を成功させる為に全力で営業に取り組む事は当然ながら、ワールドアートの信用・信頼を勝ち取るために、打ち合わせにない身勝手な行動を慎む事も重要になります』
『あのっ、昨日のメルシーの僕達は迷惑をかけてしまったんでしょうか?』櫂は少し不安になった。
『ああキャッチセールスねっ、 まあギリセーフかな』峰山は笑顔で続けた
『別に四角四面にやりなさいって事を強調してる訳じゃなくて、私的には全力で上手くやって頂戴って感じ』
『はあ?』
『貴方達がそれぞれ経営者だったら、次も信用を得てショッピングセンターとお付き合いを続けたいでしょう? でも経営者としては今日の売上を残さないと明日から生きてゆく事は出来ないじゃない』
『経営者感覚を持てって感じの話しですね』 林葉が答えた。
『そういう事』 峰山は大げさに林葉を指差して笑顔を見せた。
峰山は準備で奔走している人吉と秋爪にも必ず伝えておくようにと言ってから、ギャラリー黒鳥の注意事項を説明し始めた。
『ギャラリー黒鳥はショッピングセンターや催事専用ホールなどとは違って単なる街の貸ギャラリーですから、今回の貴方達の3日間での達成目標はそこまで高いものではありません・・だけど経費はかかってますね・・運搬会社に支払うお金、ギャラリー貸主に支払うお金の事です・・・まあ細かいことを言えば今、人吉君たちが準備している備品類にもお金はかかります』
『達成目標って幾らなんやろ~』 藤田がひっそりと呟いた
『大丈夫! 其々が契約1件を達成すれば黒字確定間違いなし!』峰山は藤田を大げさに指差しながら続けた。
『今回は配券に使う経費もありません、大体が早急すぎる話しで道路使用許可も取れなかったしね』
『ええっ! じゃあお客さんはどうやって呼ぶの?』林葉がたまらず質問する。
『うん180センチ×90センチの立看板だけは、やっつけ仕事で作ったからそれを設置して下さい。 但し敷地内に限りますよ! 歩道にはみ出しての設置は厳禁ですから注意してね』
『それで来場してくれるかな~』 さすがの藤田も不安になったようである。
『御堂筋沿いのビルですから、絶対的に行き交う歩行者数は多いからね・・後はちびっこギャングで頑張ってみて・・・初代ちびっこギャングの牧野ちゃんは御堂筋に駐車している車両のワイパーに片っ端から手作りの招待状を挟み込んでクレーム女王になっちゃったから、もしそんな事を思いついたならやめてね』
『ちょっと質問が数点あります』 櫂が大きな声で峰山に問いかける。
『敷地内っていうのは歩道の端から細い階段までの数メートルの事だと思いますが、そのすぐ隣の潰れてしまった喫茶店の廃材が転がってるウッドデッキ調のスペースは使わせて頂いても良いのでしょうか? 後、階段下の外部電源は使用してもOKですか?』
『何? 森田君ってギャラリー黒鳥の事を知ってるの』 櫂の質問に林葉が反応する
『うん、昨日の帰り道でちょっと・・・』
『一階も貸主はギャラリーと同じオーナーですから折衝してみましょう』 峰山は笑顔でそう答えると早速電話してくると言い残してフットワーク軽く研修室を後にした。
峰山と入れ違うように入室してきた小柄な女性は額に汗を滲ませて大きなダンボールを抱えていた。
『はじめましてっ、牧野です』 入室の勢いと共にチャキチャキとした口調で自己紹介した牧野に対して、3人も思わず立ち上がって挨拶をする事になったのだが、牧野は既にダンボールの中身を机の上に取り出して並べ始めている。
『いや~、もう井川部長が急に用意しろって言うもんやから倉庫中を掘り返したわ~』
笑顔の牧野はそう言いながら次々と使用感漂うファイルブックをダンボールから取り出した。
『牧野課長~、このファイルブックは?』 林葉が遠慮がちに牧野に問いかける
『うんっ、退職した営業マンの残骸ファイルを探してきたから中身は好きなように使ってくれて良いよ!』
《これを探してくれてたんか~、 それにしても凄い量やけど》
『うちの会社は人の入れ替わりが激しいから、こういうのは本気で探せば沢山転がってるねん』
あっけらかんと牧野はそう付け加えたが、一見しただけでも30冊以上はあろうファイルブックの数だけ営業マンがこのワールドアートを去ったという事になる。
『もしも気に入った写真や手紙が無かったら下の倉庫フロアに探しに来てくれればまだ見つかると思うよ』
《いったいどれだけの退職者がおるんや!》
『中身は各自それぞれの営業トークの流れに添ってファイリングしていったらええわ、最初は作家の解説でその次が版画の説明って感じでいいから』
『わあ~この写真、上手に部屋に飾ってるな~ うんっ、こっちのもセンス良い』 藤田は既にファイルブックを拡げて中身を楽しんでいるようである。
『自分流に自由に作るべきやけど中身のバランスは考えたほうが良いよ、写真が多すぎるとか手紙が多すぎるのではお客さんも気持ちが散ってしまって話が纏まりにくくなる事もあるから』 チャキチャキとした口調でアドバイスする牧野は荒堀や光嶋よりは年齢が若く、櫂達とはさほど年齢差が無いようにも感じるが、その口調のせいであろうか何処となく親分肌のような雰囲気を漂わせる。
それは加山のような男口調の影響では無く、牧野の芯から湧き出てくるような親分肌と表現するしかない。
《この人が一人で黙々と車のワイパーに手作りの招待券を挟んでる光景が目に浮かぶな》
人の見ていない所でも仕事ができる人間は立派だと櫂は思う。
河上部長にちびっこギャングと呼ばれても、それは牧野に対する褒め言葉の意味も含んでいるのであろう。
自分もその褒め言葉の意味を含んだ、ちびっこギャングになってやろうと決意したのである。