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尖んがりジプシーの航路  作者: 下市にまな
第五章 九州決戦編
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笹舟

『ふ~ん・・・この作品の作家さんも苦労したんだね・・・でも、苦労しようが、いとも容易く有名になろうがそんなの私には関係ないわよ・・ティファニー・ブルガリ?・それともカルティエ? 私は皆が飛びつくから良い物だなんて感じない! 私の心を動かしてくれる物ならそれが良い物よ!』

 広原は並び歩く櫂に真剣な目でそう語った

『それは当然やろ、そもそも生活に絵が絶対に必要かと言うとそうでは無いしな~、作家の知名度で絵を買うのは利殖目的か、見栄を張りたいと考えてる人が大半かもな』

『じゃあそれ以外の理由で絵を買う人ってどんな人なの? 単なるインテリアと考えてるの?』

『そういう人も居るやろうな~・・けど、俺が絵の有る生活をお勧めする理由はちょっと違う・・・』

 2人は日常の雑談でも交わすかの様なゆっくりとした歩調でAホールの展示壁面伝いを歩いたが、広原はまるで子供の様に気にかかる絵があると予測のつかない動きで縦横無尽に方向転換してその絵に近づいて観覧を繰り返す・・・・・その都度、櫂は足を止めて遠目から絵を観覧する広原の姿を黙って待ち続けた



『少し疲れちゃったわ・・座りたい!』

 随分と長い時間を費やしてAホールを堪能していた広原であったが、櫂の元に駆け寄るとマスクを下にずらして笑顔を向けた

『おいおい! 疲れたなら向こうのソファーが空いてるから其処に座るとしようか・・俺の版画説明でも聞きながら休憩すれば良えやろ・・それよりマスクを戻せ!』

 どうも広原の自由過ぎる観覧スタイルや、営業マンである櫂に対しての馴れ馴れしさから、気付かぬうちに違和感充分な雰囲気が出てしまっていた様である。

周囲の来場者や、それ以上に多くの営業マンが好奇の目を向け始めている事を櫂は逸早く察知していた


《こんな縦横無尽な動きをするとは・・・》

櫂は搬入時に石本と七田が設置したソファーまでの距離を遠いと感じながらも、櫂に引っ付きたがる広原を宥めながら冷や汗を滲ませた


《こいつ・・自分の正体がバレたらどうするつもりなんや? 結構な騒ぎになる可能性もあるぞ! 会場で商談中の山を壊す事にもなりかねん!》

『ちょっとっ、そこのあなた! 喉が渇いたから飲み物をいただけるかしら』

 櫂の心配を他所に広原は張りのある声を惜しむこと無く、近くを通りかかった営業マンに投げかけている。

『ああっ、 営業の邪魔をしてスマン! 今のは無視してくれ!』

 櫂は横柄な態度で呼び止められて、ムスリをした目をむける他エリアの営業マンに謝ってから広原のほうに向き直った

『俺がお茶を持ってきてやるから、それまでは動くな、喋るな! 座っとけ! お前、自分の正体がバレたらどうするつもりや? 真っ直ぐお家に帰るのも大変になるんやぞ!』

 櫂は言い残すと営業マン待機スペースまで走り寄ってから、カーテンを捲りあげて姿を消した


《ふ~ん、心配とかしてくれるんだ・・・》

 姿を消す櫂を遠目に見ながら広原は妙な嬉しさを感じていたが、訝しげに此方を見る荒堀に気付くと帽子を目深に被り直して静かに俯いた


『次長、何なんですかあの女の人~・・妙に次長と親しげですけんね~? まさか! 元恋人・・・それとも~・・えっ!・・愛じ』

『ど阿呆! 俺がそんなチャラついた事するか!』

 櫂は冷やかしの言葉で探りを入れようとする本間を睨みつけてから、その本間が手にしていた会場脇の自販機で買ったばかりのペットボトルを素早く奪い取った

『ああ~! 私の休憩用の茶!』

『後で2本にして返す!』

 櫂は言い残すと同時に再び会場に飛び出してしまった



『時は金なり・・田舎時間の休憩ばするなと次長は言うとるのかも知れんですね・・』

 七田が可笑しそうに本間を宥めた

『やっぱり、あの2人は怪しかね!』

 本間は呟いたが、それを聞いた他の営業マンの好奇心がくすぐらるのも仕方なかった。


『ほれっ!』

 櫂はペットボトルを突き出して広原に手渡した

『あら? 気がきくじゃない・・よく冷えたお茶なんて』

『どうせ紙コップのお茶なんて飲めない! とか、ぬるいお茶は嫌!とか言うに決まってるからな・・』

『随分と私の事を知ってる様な言い方ね』

『始めて会うた日よりは知ってるけどな・・・知らん事が殆どや・・そろそろ教えてくれるか? 今日此処に来てくれた目的を・・・』

 櫂はニヤリと笑ってみせた

『だから、言ったでしょ・・只の興味よ! 偉そうにしてたあなたの仕事っぷりを確かめる・・』

 広原はボトルキャップを捻りながら言葉を返した

『それは聞いた・・・俺が聞きたいのはまだあんたが言葉にしてない理由や・・』

櫂は静かに答えたが、視線を外さないその眼球の奥で既に何かを見透かされているように広原は感じた

『続きを見ながら話そうかな・・』

広原は立ち上がると再びゆっくりとしたペースで歩き始め、櫂はその横に並び立って歩調を合わせたが会話を始める素振りは一向に見せず、黙って広原の第一声を待った


『私ね・・・・前の芸能事務所を辞めちゃったんだ・・・今は以前の事務所と比べると比較にならない程小さな事務所に移っちゃった・・』

『うん・・』

『でもね・・自分の決断に後悔はしてないわよ!』

『おう・・』

『もう一度、原点に戻ってみようと思ったの・・・見えなくなってた本来の私・・』

『うん・・』

『ちょっと! 聞いてるの? あなたのせいでも有るんだからね! 新しい芸能事務所じゃ仕事も小さいものばかりになる・・・テレビに出る機会も激減するの!』

『そうか・・・自分を信用して勇気を出せて良かったな!』

『簡単に言わないで! 凄く怖い・・・凄く孤独を感じるの! 小さな笹舟で大きな海に浮かんでる気分なのよ・・・明日が見えない気分なの! あなたが変にプロ意識を語ったせいよ! 忘れてた事を思い出させたせいなんだから!』

 広原は肩を上下させて泣き始めてしまったが、櫂は歩調を合わせて歩き続ける

『それで今日は来てくれたんやな・・・ありがとう・・・嬉しい気持ちになれたで・・俺はあの日の広原さんより、今日の広原さんのほうが強いと思う!』

『どういう意味よ!』

『大きな船に乗って行先が違うと漕ぎ手に不平ばかり感じてた小西唯花さんが、今は自分でオールを握ってるんやで! 自分の目指す行先を目指して広原のぶ子として足掻いてるんや!』

『だから・・・それが怖いの!』

『大船でも目指す先が違えば猛スピードで心に反する場所に到着するだけやないか・・笹舟でも自分の目指す方向に進んで行けるんや! 勿論、現実を見れば収入は激減するし、媒体への露出も減るやろう・・・けど、広原のぶ子はそれを後悔せん筈や・・・最優先の目的は金や名声やないからな・・それが原点やない! 報酬の対価は喜び・希望・活力を与える事・・それがプロやと知っている!』

『でも・・』

『実は俺もいっつも怖い、そしてこう見えても結構な孤独を感じてる・・でもな、いつも知らん間に仲間が増えるんや・・気付いたらオールを一緒に漕いでくれてるんや! そしてお別れもある・・・でも一人になっても漕ぎ続けると新しい仲間が増え始める・・分かるか? どうせでっかい海に投げ出されてるんや! 大船も笹舟も蟻んこより小さい存在やぞ! だから、おめでとうや!・・それで俺もおめでとうやな・・又一つ勇気を教えてもらった!』

『あなたペテン師? 呆れるほど口が上手いのね・・・』

 泣き止んだ広原は真っ赤な目を細めて櫂を見た

『そうかも知れん・・あんたを元気にする為なら、元気になるまでペテン師をやったる!』

 おどける櫂に上下に揺れる肩は涙で揺れるのではない・・・ようやく笑顔で揺れ始めたのだ


『どうなっとるんね、あの女は? 情緒不安定かも知れんね! 次長も女を泣かせる様な一面があったとは・・・あれは男女の関係で間違いなか!』

 接客をしながらも本間はゴシップ情報への反応を抑えきれぬ様子で呟いた

『本間さん、次長が気になるのは分かりますけんど・・石本がまた成約を決めましたよ・・私も成約を決めましたけん、明日の最終日までには九州トップは私が奪う事になりますね~』

 会期後半になる程に調子を上げてきた椎名が、不敵な表情で本間を挑発する

『だ、誰が女王様かを教えてやらんといけんようやね!

』 本間は目の色を変えて踵を返した


《単純っちゃね~、あん人は・・》

 言ったものの、やはり椎名も櫂の接客は気になる。 が、それ以上に櫂の接客を注視する山木は重症である

『山木課長! サボっとると後で次長の強烈な説教雷ば落とされますよ!』

 邪念を振り払う為に、大袈裟な声量で声掛けした椎名の言葉で山木も現実に戻る

『わ、分かっとうって!』

 山木は振り向きながら答えた


《どっかで見た事があるような~・・・まあ、考えても仕方なかね・・》

 山木は首を傾げながら記憶を辿ったが、最後は諦めて意識を営業フォローに向けた



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