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尖んがりジプシーの航路  作者: 下市にまな
第五章 九州決戦編
147/160

珍客

 終盤戦1日目の九州チームは快調な滑り出しを見せた

なんと、この会期が始まって以降初となるファーストオーダーを九州が飾ったのである

成約を決めた石本は浮かれる事も無く契約処理後に顧客となったファミリーを見送ったが、顔色一つ変えずに待機エリアに戻ってからも即座に次の接客に向けて集中力を高めている・・・・この石本の姿勢だけを見ても、終盤戦に賭ける九州チームの意気込みを感じる事が出来る。


『あんた! あの程度で勝ったと思いなさんな!』

『そうそう、今日は私もゴリゴリで商談を量産するけんね』

 本間が石本に挑戦状を叩きつけると、椎名も即座にそれに加わる

『勿論です! まだ始まったばかりですけん』

 石本は先程の商談でフォローに入ってもらった際の櫂のトークをノートに書き込みながら2人に答えた


後半戦に入ってジリジリと成約確率を上昇させる九州メンバー達の会話は、同じ待機エリアで来場者を待つ他エリア営業マン達にプレッシャーを与えるばかりでなく、石本の後を追うように接客に飛び出した赤柳・東村の商談から漏れ聞こえてくる笑い声が、他エリア営業マン達の焦燥感を煽った

昨日までとは次元の違う成約までの時間短縮を可能にしているのは、間違いなく九州支社長である櫂の存在で、他エリアの未成熟社員の商談を冒頭から組み立てていた時のフォローとは打って変わって、九州支社メンバーへのフォローは阿吽の呼吸を思わせる程に来場者を絵のある生活へと引き込んでゆくのだ


中山も会場オープンからBホールに立ち、亀裂が生まれた棚橋とは距離を置きながらも小部屋での便宜フォローに奔走している。

棚橋も負けじとコウ・カタヤマファンクラブ会員の商談を見つけては積極的に電卓の電子音を響かせた

週末になって急増した来場者数は、1度目のサイン会開催日の売上を間違いなく凌駕する速度で積み上げられており、各チームに蔓延していた疑心暗鬼はその存在すら忘れ去られた様に影を潜めた。


『ありがとうございました!』 

 赤柳が成約を決定した来場者を見送る声が待機エリアまで聞こえると、間髪入れずに今度は東村が成約を決定した来場者を見送る声がそれに続く

『本間さん、あの2人の成長速度はえげつなかですね・・少し焦り始めたとやなかですか?』

 先程の仕返しとばかりに石本が誂う

『主役は遅れて登場するもんったいね!』

 本間は若い女性客の来場を確認すると不敵な表情で飛び出した


《良えぞ! やっぱり自分のチームメンバーはしっくり来るもんやな! 赤柳も東村も充分に戦力営業マンや・・今日は飯抜きかも知れんな・・》

歯車の噛み合う心地良さがいつも以上に櫂の戦意を上昇させる

適材適所で放たれる櫂のフォロートークから、来場者の表情・仕草・そして心理を観察し、違和感無くそのトークを引き継いで、絵のある生活への誘導を熟す九州メンバーは大きな転換期に差し掛かっていると言えた


《この感覚を肌身に焼き付けてくれれば・・相手の立場を思う想像力を養ってくれれば良い・・・強くなるぞ! 間違いなく九州は、又一つ上のステージに行ける!》

それは、かつて自分が営業マンとしての開花を感じた時の開放感に似た不思議な感覚であった


『次長~! ややこしか客が次長を訪ねて来よるとですが!』

 櫂の期待感を中断する様な苛立ちを含んだ本間の声で意識が現実に引き戻される

『ややこしいって、どうややこしいんや?』 

『次長の友達とか言うとりますが、サングラスにマスクでおまけに帽子を目深に被りようけん・・それにやけに高飛車な態度で早く森田君を呼んで来いの一点張りで・・私は好かんですよ! あの女!』

『友達? 女?・・訳が解らんけど俺を指名なら俺が行くわ・・・お前は次の接客に支障無いようにしてくれ・・』

『それは心配無かです・・それくらいで陽子ちゃんは揺らがんとです』

『頼もしいやないか・・それで、その俺の友達は何処や?』

『あの小部屋の前辺りで腕組みしてるのがその女ですけん・・後はお任せします』

 本間はそう言い残すと急ぎ足で受付方向に姿を消した


《全く記憶にも無いぞ、あんな人・・・確かに態度が大きいな・・》

 櫂は本間が指し示した人物を遠目に観察したが、薄手のデニムとTシャツ姿には不釣り合いな装飾品の数々・・目深に被った帽子にサングラスと大きなマスクに完全に覆い隠されたその出で立ちでは一体誰なのかも判別が付かない

只、特別に案内されなければ入室出来ない筈の小部屋のカーテンを次々と捲り上げてはプイッと次の小部屋に向かう仕草を見るだけでその人物が高飛車な性格の持ち主であるという事は充分に推察出来る


『ちょっと! いつまで待たせるのよ、森田櫂君!』

 女性は近づく櫂に気付くと顎の角度をクイッと上げて腕組みをしたが、人目も憚らない張りのあるその声を聞いて瞬時に櫂の脳裏に一人の人物が浮かび上がった

『相変わらずやな~あんたは・・・それにしても何やその格好! 変装のつもりか? わざわざ来てくれたんは嬉しいけど・・・不審過ぎて余計に目立ってるで』

 櫂はそう言うとケラケラと笑い始めた

『仕方無いでしょ、私服なんてほとんど自分で買った事が無いんだから! いつまでも笑ってないで、早く仕事をしなさいよ! 今日は私がお客様なんですから』

 女性は恥ずかしそうに言ってから、目深に被った帽子を脱いで仕舞い込んだロングヘアーを開放した

『ふ~ん、それにしても俺がこの会場に居る事がよく判ったな・・・俺が仕事をしたら広原さんは絵を買ってしまうかも知れんぞ~ 良えのかな~』

 悪戯っぽく櫂が笑って答える

『あなたのスーツの襟を引っ張って連れ去った女の人が言ってたじゃない、コウ・カタヤマ来日展って・・・・だからきっと此処に来ればあなたの仕事っぷりが見れると思ったのよ』

 広原のぶ子はサングラスを外してから、その大きな眼を細めて笑顔を見せた

『おいおい、それ以上は外すなよな・・・あんたが小西唯花と知れたら大騒ぎになってまうやろ。 マスクは着けといてくれよ・・・絵は肉眼で見て欲しいからサングラスは外したままで良え』

『偉そうに指図しないで、私は自分で思った様にする!』

『わかった、わかった・・サングラスは外して下さい、マスクはそのままでお願いします。 出来ればキャップをもう一度お被り下さいませ・・・あなたの身の安全の為でもあります・・これで良えか?』

『そうね・・・良いわ』

 広原は嬉しそうにキャップを被り直すと櫂の傍らに並び立って、『さあ行きましょう、案内をして』と笑った


『何ね、あの次長の接客しよる客は?』

 山木が嬉しそうに櫂に引っ付きながら歩く女性客を見て首を傾げる

『友達とか言うとりましたけんど、高飛車な女ったい! 次長が接客した途端に態度ば変えてあんなに嬉しそうにしよるとですよ!』

 答える本間も櫂とはどういう交友関係の人間なのかまでは知る由も無かった


『お前な・・・もうちょっと離れて歩けよ・・やりづらいぞ!』

『あら・・光栄に思いなさいよ! 普通は喜ぶもんでしょ、芸能人と一緒に歩けるなんて?』

『俺は広原のぶ子さんに接客しとるんや! 一般客がそんなに営業マンにくっ付くかよ!』

『は~い』 


明らかに異質なオーラを放つ櫂の接客に周囲の営業マンの注目が集まり始めていた


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