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尖んがりジプシーの航路  作者: 下市にまな
第五章 九州決戦編
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語らぬ善意

櫂は展示作以外の作品を保管しているバックヤードに飛び込んで、作品リストを頼りに思いつく限りの作品の梱包を解いては布柴ファミリーが着座するテーブルに運び込んだが、亜矢の反応は鈍かった。

勿論、今回の新作である夕日のセーヌも提案してみたが反応は同じく、亜矢の心理はより一層に【流星群の河】に引き戻されてゆくばかりである。


『お前もわがままな奴やのう・・・無い物ねだりをしてもしゃあないやないか! 一体誰と似たもんか・・』

『あんたに似たんでしょ! ・・・亜矢、今日は諦めたら? 森田君もこれだけ一生懸命考えて、色んな作品を選んでくれたやないの・・』

 布柴も奥様も、現実を受け入れられずに諦めがつかない亜矢をあの手この手で宥めた


《違う! わがままなんかや無い! 最高の出会いやったんや・・・俺に出来る事は無いんか? 全力は出し尽くしてやれたんか?》

櫂 は万策尽きかけた状況の中で考える事を止められなかった・・・

そして一つの突破口に賭けようと決心する


『後少しだけ悪あがきをしてみようと思います!』

 櫂は表情を変えて布柴ファミリーに向き直った

『これだけの規模の展示会で、ありったけの作品を見たんやぞ・・どう悪あがきをするっちゅうんや!』

 布柴もどんな作品を櫂が持ってこようと、亜矢の気持ちが流星群の河から離れない事を確信しているようである

『今から少しお時間をいただきますが、その前に聞いておきたい事があります・・』

『何や? 急に顔付きを変えやがって!』

 櫂の表情に布柴は多少の期待を抱いた


『亜矢さん、今から流星群の河を全力で探して来ます・・見つけられなかったらスッパリ諦めて下さい・・但し、見つかった流星群の河が例え350万~400万でも本気で買って頂けますか? 布柴さんにお金を払ってもらってプレゼントして貰おうと考えているのなら探したくは無いです!』

『でも、お姉ちゃんの朝霧のパリも一人で買った訳ではないでしょ?』

『はい、皆さんで大切なお金を出し合って買って頂きました・・・今回もご協力はしていただきます。 亜矢さんはお仕事を辞めてご実家に戻られたと伺いましたが自分の貯金の大半を絵の購入に費やして、以降の生活でご実家の有り難さに甘えずに生活が送れますか? 麻紀さんは、絵を購入された後も家業を必死に支えながら両親に甘えるだけの事はしなかったでしょ? 自分の絵の購入にお金を出しても、それ以降の生活でご両親にぶら下がってるだけなら、結局はプレゼントして貰った事とは変わらない・・・・絵は自分で買うから宝です・・・余計なお節介ですが・・』

 櫂のハッキリと言い切る口調に、布柴も奥様も口出しのタイミングを無くす


『私だって、頼りっぱなしはしないわよ! 仕事も見つけてみせる!』 

 櫂の言葉に誘導される様に、自分では考えてもいなかった未来への決意が口を吐いて出てしまっていた

『分かりました、その言葉さえ聞かせていただければ力が漲ります! 布柴さん、奥様、必死で探しに掛かりますがそれで宜しいですか? 亜矢さんが再出発する決意と一緒に購入宣言されましたけど?』

『急にお前らしい営業になったやないか! お前もそこまで言うたんや・・探し出せるんやろうな?』

 布柴が挑発する様に言葉を返す

『待ってて下さい・・・探し出して来ます!』


《うちの凧娘に説教までしやがった・・・お前からしか買う訳ないやろ!》

 言い残してバックヤードに向かう櫂の後ろ姿を見ながら、布柴と奥様は目を合わせて気持ちを共有させた



『ど阿呆か! 有る訳無いやろ・・流星群の河なんか! 思い出した様に連絡を寄越したと思えば難題を吹っかけやがって!』

 人気の無い作品保管用バックヤードに携帯電話から漏れる怒声が反響する・・・携帯電話越しでも過剰に鼓膜が震えているのを感じる程に櫂は頭ごなしの洗礼を浴びた

最後まで足掻くと決意した櫂が連絡出来る先は、ギャラリーを経営し一部ワールドアートの作品仕入れを請け負っている外杉しか無かった

『ど阿呆なお願いに答えて貰えるのは外杉さんだけやと思って連絡させて頂きました・・・必ず売ると責任を持って確約します! 仕入れの空振りは絶対にさせません! 流星群の河しかダメなんです! この仕事をしていて一歩も引けないのが今なんです!』

『お前が引いた事なんかあるんかい! 付き合いきれんわ・・大体な・・流星群の河が仕入れ可能作品なら、今回の来日展で既存顧客に絵を借りる必要は有るか?』

『有りません! でも死に物狂いで流星群の河だけに固執して探した訳でもないでしょう!』

『俺に死に物狂いで今から探せと強要してるんか!』

『死に物狂いで探して下さいと心底からお願いをしています!』

『・・・・幾らの金額が必要になるか? 無理をして仕入れるとなれば言い値を吹っ掛けられるぞ! お前は本気で責任を取れるんやろうな? 吐いた唾は飲めんぞ!』

『有難うございます、なるべく早く返答を下さい! 失礼します』

 櫂は言い終えると一方的に通話を切ってしまった


『あのガキ!・・・無茶苦茶な事を言いやがって!』

 外杉は器用に顎に引っ掛けた受話器を前屈みになって電話機に戻してから天井を仰いだ。

『楽しそうですね・・森田君との会話は』

 立矢が冷やかすように笑うと、外杉はギロリと厳しい目を向けた後で堰を切ったように指示を出し始めた

『先ずは取引のある国内ギャラリーに片っ端から連絡しろ! 無ければロスの主要ギャラリーに連絡すれば良い・・後は・・』

 慌ただしく動き始めたギャラリーで外杉は記憶に残る限りの流星群の河を追跡していた・・・


『まだ見つけられへんのか?』

 布柴は紙コップの茶を啜りながら櫂を見た

『その様ですね・・・次に俺の携帯電話が鳴ったら白黒の答えが出ます・・今は茶を飲んで貰うしかないです』

『腹がチャポチャポになってまうやろ・・・』

 せっかち病が発病した布柴の横で奥様はのんびり画集を読みふけり、亜矢はAホールに展示された流星群の河の前でその時を待った。

櫂も外杉からの返答を待つ時間を数倍にも長く感じながら、ひたすら見つけ出せる事を願うしかない


待ち切れずに様子を伺う連絡を入れようかと痺れを切らしたタイミングで携帯電話がけたたましく鳴り響いた。

『森田・・・これは必ず売れよ! 善意の第三者が流星群の河を譲ってくれた』

『えっ、はい! ありがとう御座います・・・善意の第三者?・・ それでお幾らになるんですか、今から直ぐに商談に戻りますんで・・』

 櫂の鼓動は作品を見つけて貰えた喜びと、提示されるであろう高額にリズムを上げてゆく


『きっかり180万で良い・・』

『はっ? すいませんもう一度言っていただけませんか?』

 聞いた言葉を脳内で解釈出来ない

『二度値無しの180万円や! 一歩も引かんと早く売ってこい!』

 外杉は声量を上げてゆっくり伝えた

『有り得んでしょ! 何でそんな価格になるんや!』

『言うたやろ・・・善意の第三者が協力してくれたんや・・・値引きやないぞ、正当な仕入れ値や!お前みたいな、ど阿呆を応援してくれる奇特な第三者や・・早よう売ってこい!』

 今度は外杉が言い残して、一方的に通話を切ってしまった


『結論は出たんか? 有ったんかよ?』

 通話を終えた櫂に布柴が責付く

『はい・・見つかりました』

『幾らや?・・やっぱり儂が200万位払う事になってまうんか?』

 布柴はテーブルに戻って着座した亜矢を見ながら覚悟を決めたように問いかけた

『いいえ・・・今回は布柴さんと奥さん2人で100万です・・亜矢さんは80万・・ 嘘みたいな話ですが、善意の第三者さんが譲ってくれたそうです・・大切にして下さいと・・・・・180万って事は仕入れ値はもっと安いって事ですよね・・何か俺もピンと来ないですよ・・』

 布柴ファミリーも余りにも予測から逸脱した価格にどう反応して良いか分からぬ様子である


『櫂、外杉に無茶を言うたやろ!』

 外杉からの連絡で事情を理解した河上がテーブルにやって来て大声を出した

『布柴さん、このクソ坊主の言った価格に間違いは有りません・・今回は大切にして頂けるのならとご協力頂けた支援者が居たようです・・・胸を張って流星群の河をご購入ください! お嬢ちゃんも大切にして下さいよ・・・見えない色々な人の想いが今回の出会いを助けてくれたからね・・』

『お前、一体誰に何を頼んだんや?』

 布柴が櫂に問いかける

『いえっ、俺は只、無理強いを出来ると信じた人に無理を言っただけで・・』

『奇跡に運良く巡り合った・・・で、良えんと違いますか・・・布柴ファミリーも櫂も、善意の第三者も皆に喜べる要素があるならそれで良いんですよ!』


会場を去る際に、亜矢は櫂を直視して言った

『今日はありがとうございました、お姉ちゃんが森田さんの事ばっかり話してた理由が分かった! 私も流星群の河・・大切にするつもりです・・・じゃあね!』

『森田君・・楽しかったわ・・』

 奥様も亜矢の言葉に付け加えると、2人は櫂に手を振って仲良く会場を出た


『お前、亜矢と結婚するか? 絵の仕事を辞めたら俺の会社を継がしてやっても良えぞ?』

 布柴は冗談の冷やかしとも本気とも取れる言い草で櫂に笑い顔を向けた

『こいつはあきまへん! ワールドアートに必要なクソ坊主ですから・・・それに既に既婚者や、可愛い子供も居るんですから・・』

『冗談やがな・・儂の可愛い娘の婿になる奴は・・儂の厳しい審査を通過せなアカンからな!』

 河上が割って入った言葉に布柴はやはり冗談とも本気とも取れる態度で答えてから後手を上げて会場を去った。櫂は自分を取り巻く人々の善意に感謝をしながら深々と布柴の姿が見えなくなるまで頭を下げて見送った。



『良かったんですか?・・・・名前を伏せたままの善意の第三者のままで・・』

 外杉は傍らに立つ井川に静かに尋ねた

『・・・構わん・・アイツも聞かんままが良えやろ・・・』

『灯台下暗し・・・井川さんの所有する流星群の河がアイツの正義を守った・・一生伝わりませんよ・・・黙ったままの罪滅ぼしなんて・・』

『そんなつもりや無い・・・あの作品は・・飽きたんや・・・』

『はいはい・・』

 外杉はそれ以上の言葉を続ける事を止めた


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