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尖んがりジプシーの航路  作者: 下市にまな
第五章 九州決戦編
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襲来

『今日のサイン会開催までには北浜会長が視察に来られる予定や・・くれぐれも最大規模の来日展を汚す事の無い様にオープンから成約を量産しろよ! 今回のワールドアートの大躍進は各事業部にも伝わってるんや、更なる数字の積み重ねでワールドグループ内でも強烈な存在感をアピールしてやれ!』


サイン会当日早朝の役員専用バックヤードでは、棚橋が勢いを得た武将さながらに、集合をかけた全課長・支社長を前に熱の籠った演説を披露していた。

『中山社長は作家をエスコートして、午後1時には会場に入る予定やから・・・それまでには2~3千万の数字を積み上げとくのが理想やからな・・安口・村下・・・今日が本番やぞ! 他のチームは、いつまでもこの2チームに負んぶに抱っこ状態を恥じるべきや! しっかり数字を残せ!』

 棚橋は言い終えると、やはり缶コーヒーを引き寄せてタバコに火を点けた。



昨日までとは異質の緊張感が待機エリアの営業マンを支配する中、早速第1号来場者が入場する

『いらっしゃいませ、今日は有難うございます』

 荒堀の粘った声が待機エリアに響いた

『あの~、東京のメンバーの方はいらっしゃいますか?』

 男性来場者は第一声で遠慮がちに訪ねた

『ああっ! 木田さんっ・・・来て下さったんですね! 本当に嬉しい』

 男性来場者の腕を東京チームの主任が掴んで笑みを向ける

『始発に飛び乗っちゃったよ・・急に来てくれなんて少し驚いたけどね』

 男性来場者は腕を掴まれたまま嬉しそうな笑顔で答えた

『では、こちらで受付だけお願い致します・・』

自分のアポイント部隊が呼び込んだ既存顧客ではなく、はるばる東京からこの遠隔地にやって来た男性来場者に対して不服そうな荒堀ではあるが、この状況には割り振りも何も無い・・・

東京チームの主任は颯爽と男性来場者を引き連れてAホールに一番乗りを遂げた。


その後も明らかに各エリアの営業マンを名出しで指定来場する顧客が多く見受けられたが、それは各チームが生き残りを掛けて挑んだせめてもの足掻き戦術だったのかも知れない


『間違いなく、今日も入れ食いやな・・・』

 動き出したAホールの様子を覗き見ながら、棚橋は横に並び立つ安口の肩をポンと叩いた。

『はい・・・今日もよろしくお願いします、部長!』

 師弟は今日の成功を明確に思い描きながら、お互いに勝利への開戦を感じ取っていた。



『一般客はまだ動かんですね・・』

 早朝からの大量の既存顧客来場を想定してサイン会当日は全体指示として配券業務を停止している。

待機エリアで櫂を取り巻く九州メンバーは満を時して一般来場者を待った。

『慌てるなって言うとろう・・』

 メンバーを宥める山木が血走る目でメンバーを見回す

『お前が落ち着けよな・・・そんな狂犬病みたいな目で笑顔を向けられる客の身にもなれよ・・気色悪いぞ!』

 櫂の言葉に九州メンバーがケラケラと笑い始める


『今日は絶対に負けませんよ、東京はやりますから!』

 のんびりムードの九州メンバーが鼻に付いたのか、徐に待機エリアで自チームのメンバーとヒソヒソ話をしていた長川が声を掛けてきた事で瞬時に笑い声が止む

『おうっ、そんな感じやな! いつでも売られた喧嘩は買うで!』

 櫂はメンバーが驚く程の大声で答えてから笑顔を浮かべた


《そうったい、堂々としとれば良えんやもんね! 何を言われても九州はブレんけん! 今に見ちょりんさいよ東京者が!》

 本間の闘士漲る目に頷くメンバー達にもはや言葉は必要ない・・チームはこの日を迎えて最高の精神コンデションを保つ状態までに覚悟が引き上げられていた。



午前10時・・・・

いつもの如く早朝来場顧客の成約が雪崩の様に契約テーブルコーナーを埋め始める

サイン会当日の今日は契約テーブルも増設され、信販会社からの派遣社員の増員に加えて、与信決定権を持つ信販会社の役員クラスまでもが会場に足を運んでいた。


『森田次長、九州メンバーのコンディションは良いみたいですね』 

 Bホールでメンバーを待ち受ける櫂に声を掛けて来たのは契約テーブルコーナーに張り付いていた井筒である。

『そうやな・・此処に来てからもアイツ等は成長し続けてるからな・・それより井筒・・・想像はついてるけど、今日までのこの会場の実数字の進捗はどうなんや?』

 櫂の問い掛けに井筒は大きく首を左右に振って、落胆の表情を見せた

『そうか・・・厳しいな・・』

『情報は全部筒抜けです・・・他の事業部だって信販会社と提携して商売してるんですから・・』

 井筒はそう言うとフ~っと溜息を漏らした

『お前が落ち込まんで良えやろ・・ホレッ』

 櫂はポケットから取り出した飴玉を井筒に放り投げた。

『来られた様です・・・いよいよ化けの皮が剥がされる・・・・』

 井筒は飴玉を口に放り込みながら、会場を一変させる空気を纏って登場したワールドグループ会長の北浜謙三と専属秘書の河上を会場入口に確認してから再び大きな溜息を吐いた。

櫂も井筒の視線の先に、2人を迎え入れようと駆け寄る棚橋・安口の姿を確認して表情に厳しさが増す



『お早い到着でしたね・・専用のバックヤードをご準備しておりますので』 

 棚橋は低姿勢の愛想笑いで、綺麗に整理整頓させた役員専用バックヤードに向かって掌を差し出した。

『儂は会場を見て回るから、会長をご案内しろ!』

 眼光がいつにも増して鋭い河上は即座に言い放つとその場を離てしまった。


《会長秘書やからって偉そうに! ワールドアートを追い出された分際で・・・》

 棚橋は心の中で毒付いたが、笑顔を崩さぬまま会長の北浜をバックヤードに案内した。


『どうぞ・・』

 棚橋に先導されて役員専用バックヤードに準備されたソファーに腰掛けた北浜は、既にオーダーが連なる成約表に目をやると暫くの沈黙の後に笑顔を浮かべた

『良く売れとるみたいやのう・・』

 低音の太鼓の様に響く声でゆっくりと棚橋を見る

『全て社員が頑張ってくれた成果です・・・トップチームを率いるこの安口を筆頭に、必ず新記録を樹立させて見せます』

 棚橋は少々紅潮した自分の顔を意識しながらも自信を持って答えた

『君が安口か・・・しっかりワールドアートを支えてくれよ』

 ギロリとした眼光で見据えながらも、口角を上げて北浜は低音を響かせた

『はいっ、精一杯頑張ります・・・では、これで失礼します』

 重圧を感じさせる北浜の立ち居振る舞いに耐えられずに、安口は深々とお辞儀をしてから役員専用バックヤードを逃げるように飛び出した。



『櫂! おいっ、櫂!』

 視線を向けない櫂を河上は大声で呼んだ

『聞こえんのか? 相変わらず無愛想な顔をしやがって!』

 河上は満面の笑みで櫂の前に立った

『すいません、ちょっとメンバーが商談に入ってたもんで・・・・・ご無沙汰しております』

『おうっ! ひよっ子軍団は少しは使える様になったんかよ?』

『はい、お陰様で・・・まだ鶏冠は有りませんが、でっかいひよっ子程度には・・・』

 櫂も苦笑いで答えた

『そうか・・・まあゆっくりと九州の数字も分析させて貰う事になる・・・』

 河上の表情の変化で、一気にモードが切り替わった事を察知する。

『どうぞ、九州に表も裏もありませんから・・・鈍臭いひよっ子の実力を見てやって下さい』

 再び無愛想になった櫂も真顔で返答した

『それを聞きたかっただけや・・』

 河上は再び笑顔を見せたが、即座に井筒を手招きして呼び寄せると契約テーブルコーナーの信販会社役員の元に厳しい表情で歩を進めてしまった。



《とうとう尻尾切りの内部監査が始まった! 5億の実数字を残さん限りワールドアートに未来は無い》


サイン会当日に襲来した本社の影・・・

北浜謙三の専属秘書である河上は、言わばワールドグループ事業部全体のお目付け役である

自分が育て上げたワールドアートであればこそ、監査にはより一層厳しい目を向ける筈なのだ。

恐らく与信枠の拡大を強要された各信販会社はワールドグループ本社に泣きついたのであろう。

おおよその与信枠上申案件の数字の把握をしながらも、現場に足を運んで実態の確認作業をするに違いない。

その為に信販会社役員までもが会場に呼び出されているのだから・・・


《契約成立可能な実数字だけを確認されてしまうと・・・・7割残っても5億には遥かに及ばない・・・この進捗ではまずい・・・このままではヤバ過ぎる!》



北浜の視察に意欲を向上させる社員達に囲まれながら、櫂は背筋を流れる冷や汗を感じながら立ち尽くした。




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