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尖んがりジプシーの航路  作者: 下市にまな
第一章 新人奮闘編
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反旗

 千里メルシーでの現地解散の後、藤田と林葉は明日作成予定のファイルブックを購入する為、そのままメルシーでのショッピングに姿を消した。

櫂も二人に誘われたがどうしても確認してみたい事があり、そのままワールド第4ビルに戻るという人吉・秋爪と共に電車に乗った。

西中島南方までの15分の間に秋爪から【ギャラリー黒鳥】の場所を聞き出して、櫂はそのまま心斎橋へと足を運んだのである。

心斎橋からなんば方面に向かって人通りの多い御堂筋沿いの歩道を歩いてゆくと、秋爪から聞いた場所には周囲に建ち並ぶビルに気圧されるように小さく寂れた雑居ビルが建っていた。

《やっぱり、ビンゴやったか・・・》

秋爪が【ギャラリー黒鳥】の説明をした際に、一階が潰れた喫茶店でその横に細くて急な階段があると説明したが、櫂には思い当たる風景があったのである。

《まさかとは思ったけど、こんな事もあるんやな・・・》

 櫂が確認したかったのはギャラリー黒鳥ではなく一階の潰れた喫茶店のほうで、ロッジ風の外観に使われた木材は色あせて灰色っぽく変色し、店舗入口の上部に掲げられた【グリル喫茶・蛍】と木彫りされた大看板にも蜘蛛の巣が貼り付いている。

歩道から喫茶・蛍の入口までには朽ちた色の大きな洋樽が複数転がったままで放置されていたが、櫂はそれらを足で軽く蹴飛ばしながら入口に近づいた。

入口ドアの小さなガラス部分越しに中を確認しようとするが、ガラスに付着した塵が邪魔をして中の様子は見えにくく、辛うじてカウンターに逆さに積み上げられた椅子を確認出来る程度である。



 村山義男は隆明が兄弟と呼び合うヤクザの組長で、この心斎橋に組事務所を構えていた。

村山には櫂より年上の小学生の娘が2人いたが、櫂の事は我が子の様に可愛がり組事務所の近所にある【グリル喫茶・蛍】はお決まりの昼食場所であった。

 ヤクザから足を洗った村山の舎弟がマスターをしており、奥にある小部屋ではいつも花札に興じるチンピラ舎弟達がたむろしていたのが印象に残っている。

マスターの奥さんは皆に姉さんと呼ばれ、いかにも水商売風の酒で潰れたハスキーな声をしていたが、先程に櫂が蹴飛ばした洋樽の上にはいつも綺麗に手入れされた薔薇が飾られており、それを丁寧に世話する奥さんの様子も思い出された。

『櫂、何でも好きなもん食べてもっと大きくなれ』村山はいつも櫂の頭を鷲掴みにしてそう言いながら笑った。

『わかったっ、僕はスパゲテにするわ』

『あかんっ、そんなひょろひょろした食いもんは! 櫂は肉を食え肉を』 そう言いながらまた笑う

『パパ、櫂ちゃんの好きなの食べて良いって言ったやろ』小学生の長女が即座に突っ込む

『わたしも聞いてたで、なあ櫂ちゃん!』次女もそれに続いた。

『そうやな、ほなマスター、スパにハンバーグと目玉焼きを乗せたってくれ』

マスターは愛想よく注文を受けると、仕込んだハンバーグの種を子供用に小さく丸め直して調理を始めた。

幼い櫂には多すぎるスパゲティーに挑むように食らいつくと、周りのチンピラ連中も『ええ食いっぷりや』とお世辞を並べたが、これは男らしく見られたいが為の櫂の強がりである・・・村山はいつも嬉しそうにそれを眺めたが、腹一杯になる頃には娘たちに手伝ってやれと、櫂の注文した食べ物を小皿に取り分けるのだ。 


『櫂は大きくなったら何になりたいんや?』 村山が櫂の顔を覗き込みながら聞いてくる。

『うん~』櫂も考えたが答えは出なかった

『いっその事おっちゃんとか、隆明みたいなヤクザになるか?』冗談交じりの村山の提案に周囲のチンピラ達も盛り上がる。

『ええやん、櫂ちゃん! ヤクザで男になったら』いつも花札を触っている年配の舎弟頭が嬉しそうに続いた。

『おいちゃんっ、僕はヤクザは嫌いやねん!』櫂は即座に大声でその舎弟頭に応じた。

『ほう、何でや?』 一瞬、場の空気が固まったが村山は笑顔で聞き返す

『ヤクザは女の子をいつも泣かすやろ、僕はそうはならへんで』櫂も村山の目を覗き込むように見てそう答える。

『ひひ、隆明が聞いたらどんな顔しよるかな』 まさしく反面教師やと村山はひと笑いした後で付け加えた

『ええか櫂、ヤクザにならんでも女の子を泣かす奴はようけおるんや、お前は強い男になれよ』

『そんなん分かってる!』櫂も大声で答えた。

口の周りをケチャップで真っ赤にした櫂を嬉しそうに眺めながら、村山は昼から美味そうにビールを煽った。


村山はグリル喫茶・蛍では勘定は払わずに、いつも周囲のチンピラ連中やマスターの奥さんに小遣いやと言いながら、分厚い財布から紙幣を取り出して渡した後は櫂を連れて遊びに出かけるのが慣例であった。

その後程なく村山は敵対関係にある組との抗争による使用者責任を問われて長期で刑務所に入ることになったが、これは新聞やテレビでも大きく取り上げられ、抗争終結時には村山の舎弟にも多くの負傷者を出したと聞く。

櫂も村山が出所する頃には小学生になっていた。

獄中で大病を患った村山は治療に使用した眠剤の中毒症状で全盛期の勢いを失くしはしたが、その後もヤクザとしての生活を続けて入出所を繰り返した。

やがて野球に没頭する櫂とは疎遠になってしまい、その後は村山と会う機会は無くなったままである。

 《俺はまだ強い男にはなりきれてないわ・・》 あの日、反旗を掲げた幼少の自分の気持ちを思い返しながら櫂は心で呟いた。

まさかこの場所が自分達【井川新設部隊】の第一歩を踏み出す最初の展示会場になるとは思ってもみなかったが、櫂は苦笑いを浮かべながら今の自分を客観視してみた。

 《俺、成長してないのかな? あの頃とあんまり変わってない気がするわ・・》


櫂は明日に備えて灯火を無くしてしまった【グリル喫茶・蛍】を後にした。

明後日からは此処は思い出の場所ではない・・・・最初の一歩を踏み出すべき【ギャラリー黒鳥】との格闘が待っているのである。


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