狂想
『流石に強かですね上位3チームは・・・もう1千万近くの差をつけられてしもうたですよ・・』
山木は悔しそうに2日目を終えた海沿いの遊歩道で呟いた
2日目を終えた段階で来日展の全体売上は1億2千万を突破し、過去最速の売上記録を更新していた。
数字を引っ張る上位チームである東海常設店舗チームと村下チームの数字の伸びは凄まじく、2日目終了段階で既に両チーム共に2千万を超えている、それに次ぐ大阪常設店舗チームも2千万に僅かに届かぬ数字を残しており虎視眈々と上位2チームの転覆を狙い続けるといった三つ巴状態である。
『九州も今日は全員がオーダーを残せちょりますけん、明日のサイン会ではもっと数字を伸ばせる筈ですよ!』
石本は前向きな姿勢を崩してなるものかと、一際明るく振舞いながら発言した
『私ら九州は昨日と今日で1千80万を残せた所・・・明日は今まで以上に既存顧客が押し寄せて来よるけん・・勝てるんかね、新規客だけで?』
椎名も櫂の反応を知りたいとばかりに会話に言葉を継ぎ足した
『全力で走り切る前から、勝ち負けの原因を口にするランナーがどこに居るんや? 俺達は端から鈍臭い営業で此処に勝負しに来たんやろ? 勝ち負けを語るのは調子が上向いている証拠やけどな、プラス発想で語れないならお前達の口から出る言葉は全て言い訳に化けてしまう事になる!』
ピシャリと言い切る櫂の言葉に、メンバーは口を閉じるしかない
『分かっとりますけんど・・・』
誰より勝ち負けに拘る本間は、悔しさを抑えきれない様子で言葉を漏らした
『お前らな、既存顧客という魔法の杖で極端に数字を伸ばすチームに対して焦りを感じるのは仕方ないけどな・・・・・うんっ! 間違いないな・・・・』
櫂は腕組をして考え込んだ
『・・・何が間違いなかとですか?』
おずおずと本間が尋ねる
『今が一番の勝負所やっ! 正にこの瞬間やぞっ! お前達がブレずに明日からも鈍臭い営業を続けられるか、それとも会場のテンポに呑まれて自らリズムを崩す事になるかの分かれ道が今やと言うてるんや! 既存顧客が大量に流れ込む明日のサイン会では、九州チームに目を見張る大爆発は無いかも知れん・・良くて7~8百万ってとこかもな・・・・上位チームはその倍以上は残すと予測出来る・・精神力が試されるんや・・・お前らは口で言うだけか? 修羅場を走って来たんやと! 俺は1ミリもブレずにドンと構えといてやる! 明日はブレん奴だけが会場に来い!』
櫂はそう言い残すと早足で駅方向に歩き出してしまった。
《今が精神力の試される時・・・》
櫂の言葉がそれぞれのメンバーに此処までの道程を思い返させる
初めて出会った日に突きつけられた言葉
【草野球より、全国を視野に甲子園を目指せ!】
簡単には答えを聞かせては貰えなかった
【人に答えを求めるな! 自分の頭を使って全力で考え抜け!】
最初は認めたくない存在だった・・・
いつしか周囲のメンバーの変化に突き動かされて九州のプライドを語れるようになっていた。
呆れるほど一緒に汗を流して、呆れるほど工夫を凝らしながら今日の日を手に入れた・・・
『屁をこいてプッ!』
『・・・・何?』
本間の呟きにメンバーの視線が集中する
『なんちゃ無いって事ったい!・・・明日も本気の陽子ちゃんは楽しく伝えるだけやけんね!』
本間は言い残すと、足早に櫂を追いかけてメンバーの輪から抜けた
『僕も思い出しました・・・この会場でメガネ君の呼び名は返上しますけん!』
石本が即座に本間を追う
『格好ばつけて鼻に付く奴等っちゃ! 俺が九州の存在感をアピールする役に決まっとうのに! 皆も聞くまでもなかよね? 明日も全力で九州の力を結集させて数字を取りに行くけん!』
山木の言葉に残りのメンバーも力強い眼で頷いた
『会期2日目で1億2千万を超えたと報告が入っております』
ワールドグループ本社の会長室では、河上が携帯を切った後に冷静な声で来日展の進捗数字を伝えていた
『そうか』
ワールドグループ会長の北浜は神妙な視線を河上に向けて頷く
『どうされますか? 明日のサイン会は私だけで行きましょうか?』
河上も視線を外さずに問い掛ける
『いや・・・己の目で確かめる・・』
北浜は眼光鋭く即答した
『あん人達・・こんな遅くまでどこに電話しよるんですかね?』
赤柳は、トレードセンター前駅までの遊歩道を歩きながら、薄暗いテラスに一塊になって携帯電話で話し続ける他チームを見て首を傾げた
『会場がクローズしたら自分のチームの既存顧客にアポイントを取らされると、配券で一緒になった大阪メンバーが嘆いとりましたけど』
岩井が小声で赤柳に答える
『既存顧客の骨の髄までしゃぶり尽くすつもりかいね!』
本間が遠慮なく毒付いてみせる
『トップ3以外のチームも必死にならんと棚橋部長に詰められよるけん・・今日は東京チームも自分達のエリアの顧客をアポイントで誘導すると言いよったもんね』
山木も人伝えで聞いた情報を披露した
『九州チームには九州チームの闘い方があるっちゃ! ですよね~次長!』
すっかり前向き思考に変わった椎名が笑顔を櫂に向ける
『おうっ! そういう事や・・・・狂った魔法はいずれ剥がれ落ちる!』
答える櫂の視線の先に見える景色を知る者は誰も居なかった・・・・