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尖んがりジプシーの航路  作者: 下市にまな
第五章 九州決戦編
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さあっ!

 トレードセンター前駅を下車して直ぐ目の前に広がる施設が、ATHホールを有する大規模複合施設ATH(アジア太平洋トレードホーム)である。

今回のコウ・カタヤマ来日展を催す大型展示場の他に、アメニティ施設やアウトレットモール・ビジネスサポート施設もあり、海沿いには洒落た飲食店や娯楽施設が立ち並んで入居している・・・・・・・

大阪市が莫大な費用を掛けて建造したこの立派な建物には絶大な集客力があった。

それだけではない、ATHの周辺には巨大水槽を売り物にする大型水族館や、出来たばかりの有名アミューズメントパークが隣接しており、夏休み期間の今は家族連れやカップルが殺到する、日本屈指のレジャーポイントと言っても過言ではないのである。



『ごつか場所やね~、百道浜がそっくり天神になりよったかと思うたったい!』

 本間は相変わらずの大声で人目も憚らずに感嘆した

『恥ずかしか事ば大声で言うとらんで、早ようホールに向かいましょう・・僕たち九州組は搬入に遅れて参加なんですから・・・少しでも早くホールば見たかとですよ!』

 石本は溢れる人混みに押されながらも、仕事に対しての視線を外すまいと騰がらうように言った。


《蚤の心臓のこいつ等や、場所に気圧されるやろうと想定はして来たけどそれなりに足掻いてるな・・やっぱりサイン会の経験は大きかった・・・問題はホールを見てからや・・》

 ATHは5つの展示施設を有しており、今回の来日展は2900㎡を有するAホールと1130㎡のBホールを繋いで合計4000㎡を超える展示スペースを利用して開催される・・・・・・

両ホール共に天井高は8mを超えており、これが更に重厚感を与える要素とも言える。

正に史上最大規模の来日展と銘打った今回の催事を、充分に来場者に納得させるだけの広大さを誇る会場なのだ。


『こ、これは、そこらの美術館より遥かに大きかね』

 平日にも関わらず人で溢れかえる飲食店・娯楽ゾーンを掻き分けて辿り着いたホールの巨大さに山木も絶句した。

『もう、ここまで来ると巨大迷路っちゃ・・・接客の想像がつかんですよ・・』 

 あくせくと搬入作業に動き回る他エリアの社員を横目に、気の強い椎名も流石に気圧されたように呟く。

『阿呆みたいに口を開けて、ビビるのもいい加減にせえよ・・・会場が大きくても来場者が溢れ返っても、お前らは目の前の接客相手に全力を注ぐ事しか出来んやろ・・田舎者みたいに雰囲気に呑まれる気持ちも分かるけどな、逆に他エリアの営業マンを呑み込んでやれ! やる事はいつもと全く一緒や・・と言うか、それ以外にやる事なんかあるかい! もぞもぞと立ち尽くしとらんと、仕事に汗を流してこの場所を自分の物にしろ! 先ずは各エリアの偉いさんに糞元気な挨拶でもして来い!』

 櫂はメンバーの尻を叩くように追い払うと、既にパーテーションで組みあがったバックヤードに向かった。


『早朝からの搬入作業、有難うございます・・九州支社メンバー到着しました』

 バックヤードに入って目に飛び込んだ各エリア長の集うテーブルに向かって挨拶をする。

『やっと着いたか・・・即座に打ち合わせに入れ・・・各支社長にはゾーンを分けて社員に指示を出してもらうが・・作品レイアウトが肝になる。 加山は安口課長を補佐にBホールの新作コーナーを担当して貰いたい・・大阪・東海の課長陣も自由に使って良い・・兎に角、Bホールが販売ゾーンや! 此処で勝負が決まるんやから、よりシステマチックに動ける導線を考慮して作ってくれよ』

 棚橋は神妙な表情でホール図面を眺めながら、今回の主力商品を販売するエリアの構成に執着した


『東京支社はどのコーナーを担当すれば?』

 櫂よりも少し前に先着していた長川が、ふてぶてしく質問する

『ああ、そうやな東京と九州はAホールを担当して貰うかな・・ここは歴代の有名作品を展示して見て楽しんで頂く美術館ゾーンや・・・年代別に展示すれば良えだけや・・・作品間隔も大きめにゆったりとな・・簡単やから人手は要らんやろうけど、大阪・東海チームのコンサルタントセールスなら使っても良えぞ・・じゃあ各々の持ち場に就いて指示を出してくれ!』

 棚橋は言い終わると、予め社員が準備した缶コーヒーを引き寄せてからタバコに火を点けた



『偉そうに! 東京は蚊帳の外とでも言ってるつもりか! 社員の金で買った缶コーヒーを飲んで自分はタバコを吹かす! やり手気取りでふんぞり返りやがって!』

 長川は不当な扱いを受けたと言わんばかりに憤慨した口調で罵った。

『俺はBホールとの連結ゾーンになる左半分を担当するわ! 長川次長は右半分を頼んでも良えか? さっさとやってまおう!』

 櫂は長川の憤慨を無視するような笑顔で役割分担を決めてしまうと早々に姿を消した


《不抜けになったか? 同じ離島扱いを受けたというのに悔しくないのか!》 

長川は東京支社の社員を集合させると、悔しさを共有させて社員の士気を煽る事に躍起になった。


《やった! 神様、ありがとう・・・どういたしまして!》

 櫂は上機嫌な顔で九州支社メンバーを集合させると、Aゾーンの趣旨を説明してから作業開始を告げた。


《このゾーンは知識で来場者に訴えられる場所や・・・人間関係を作り、知らない事を伝える場所・・九州支社の営業では基本ポイントになる! それをこのゆったりとした広さで、しかも自由に創れるとは! 短時間でやってしまおう・・・メンバーも気付くやろうな、自分達が成長を遂げてる事に・・》


指示を受けた九州メンバーの動きは他エリアから手伝いに来た社員を驚かせるには充分であった

歴代の作品を年代順に展示するのは、そう簡単な事では無い・・・・

広大なスペース内に梱包を解いた大量の作品を横一列に並べてゆく

画集を片手にどの作品の年代が古いのかを確認して並べ替え、今度はそれを間隔を見ながらパーテーションに吊り展示してゆくのだ。

展示スペースが広ければ広い程まどろっこしい作業になるが、九州メンバーは画集を確認する事も無くスイスイと年代順に作品をレイアウトしてしまうのである。


『あの、間違ってないんですか? その、・・・確認もせずに・・・』

 東海支社に所属するという社員の一人が、画集を片手に不安な声をあげる

『あんた何を言うとるんね? こんなもの初歩中の初歩っちゃろう! 自信が無いなら並べ替えはしちゃるけん、あんた等は壁吊り作業だけやりんさい!』

 本間がいつもの調子で突き放す

『本間さん・・セーヌのパン屋はシャンゼリゼの兄弟よりも1年後の発表ですけん! 間違うとるのに、偉そうにしちょると恥ずかしかですよ!』

 ここぞとばかりに椎名が間違いを指摘する

『椎名さんも年代順は間違うとりはしませんが、果物市は街角の猫と連作関係やけん、真ん中のパリの列車をここでは入れ替えて展示するほうが説得力ばあると思いよりますが・・』

 今度は岩井が椎名を笑顔で指摘する。

『し、知っとうよ・・今から入れ替える所やけんが・・・笑うとらんと手伝うて!』

 椎名は真っ赤な顔で答えた

九州支社メンバーは万事この調子で並べ替え作業ををどんどん進めてゆく

手伝いに来た大阪・東海エリアの社員は完全に指示を受けるだけの立場となり、壁吊り作業に従事する肉体労働者に成り果ててしまった。


『ど阿呆やの~・・来場者の心理を考えろって何遍も言うとるやろ! 来場者がそんな縦横無尽に動き回るかよ? それを考えてソファーの位置を決めんかい!』

 今度は櫂の怒号に石本と七田があたふたとソファーを持って動き回る

《・・・・・・心理って?》

 他支社メンバーはもう完全に傍観者の立場である。

東京メンバーが汗を滲ませて作品の並べ替えを繰り返すのを尻目に、九州メンバーは圧倒的な速さでレイアウト作業を完了させてしまった。



『やっぱりアシスタントセールスの新人さんは勉強不足が多かですね』

 作業を終えたメンバーが櫂の元に集い始めた所で笑顔の山木が漏らす

『アイツ等は新人と違う・・立派なコンサルタントセールス・・・らしい・・分かるか?、お前らが充分に力を蓄えて来たと言う事や・・・明日からそれを証明してやれ!』

『・・・・・』

 九州メンバーは俄には信じられないと言う表情でお互いを見た

『勝った気になるのは早いぞ! 各々のチームには各々の売り方がある・・最後は数字が証明する事や・・・・正義の無い奴等に、勝てば官軍と言わせる訳にはいかんぞ! 俺達九州は自分のやって来た営業を信じて、信念を持った接客をするだけや!』

 そう語る櫂の表情が引き締まるのを見てメンバーに闘士が伝染してゆく


『ここが・・甲子園ったいね!』

 本間が呟く

『そうや・・・油断も隙も無い・・・・真剣勝負の闘いや! 後悔するなよ・・その為に目の前の来場者に全力で接するんや・・・笑顔でな!』

『さあっ! 九州に残って留守を守ってくれとるメンバーの分までやるしかなか!』

 山木の言葉にメンバーが頷く


最大規模の来日展会場に気圧されていたメンバーは、他支社のメンバーを呑み込む様に期待と意欲に溢れる集団として戦意を上昇させていた。



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