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尖んがりジプシーの航路  作者: 下市にまな
第五章 九州決戦編
132/160

南福岡駅に隣接する操車場から線路伝いの小道をゆっくりと歩く・・

夕刻の日差しはまだ細長い影を作っている


今まで幾度も恐怖心・緊張を感じては、それに騰がらい乗り越えて来たつもりだ・・・

競い合う事で学び、多くの人間と出会い、そして多くの別れも経験した・・

その中で知った感動・絶望・希望が今の自分を形成する要素である。

搬入を明日に控えた大阪南港ATHホール来日展には、いつもより遥かに大きな重圧を感じている。


《家族との時間を削ってここまで走ってきたけど・・・俺は何を証明し・・・何を変える事が出来るんやろうか?》


 巨大な理不尽の中で弄ばれるような孤独感・・・随分と長期間に渡って付き合ってきた気がする。

【自分のしてきた事の全てが集約される場所】

その現実が迫る事で、今まで誤魔化し続けた孤独感が一気に表面に噴出して心がざわつく。


《前よりも重くなったよな・・・》

 櫂は、はしゃぎ過ぎてぐったりと背中で眠る玲央の体温に愛おしさを感じながら家路に着いた。


《これは朝まで起きんやろ?・・・眠ると少々の事では目を覚まさんもんな~》

 鈍感なのか大物なのか、そんな事はどうでも良い・・・

櫂は心地良さそうに口を半開きにして眠る玲央を、そっとベッドに置くと表情を変えた。

 静まり返った室内で、明日からの決戦に向けての重圧を振り払う様に、櫂は淡々とキャリーバックに衣類を詰め込む作業に没頭した。


『明日になって玲央が起きたら泣きじゃくるに決まってる・・・そんな事は想像もしてないでしょうけどね! いつも自分の事が最優先の人やから!』

 ここ数週間、櫂に対して完全に無言を決め込んでいた優里が、徐に背中から怒りの言葉を浴びせて来た事で、櫂は思わずビクリと肩を上げたが、同時に宥め続けていた心のざわつきが一気に激しさを増す。

『・・・確かにお金を貰う為だけなら他の仕事でも良え・・この仕事を続けてる俺は自分の事を考えてる・・・』

 櫂は怒り・孤独感・虚しさの混在した表現しようの無い感情で呟いた

『そうや・・自分の事しか考えてない! 私や玲央の事は二の次で、いっつも優先順位は自分!』

 優里は更に追い打ちの言葉を浴びせるが、櫂は背中を向けたまま振り向かずに黙り込んだ

『何とか言ったらどうよ!』

 長い沈黙に再び優里の言葉が突き刺さる

『俺は自分勝手かも知れん・・この仕事が天職やと必死になってる・・・・自分・・自分・・・自分の事を優先して考えてるのは俺だけか?  俺も聞いてみたかった!  どうして俺達は夫婦になったんや? 本当に苦しくて、本当に孤独な時に支えてくれるのも夫婦やないんか!』

櫂は心のざわめきのままに言葉を口にしていた・・・それは、思考が働かないままの心の悲鳴のように・・


背中で扉の締まる音が聞こえる・・・それでも櫂は背中を丸めたまま手を止めようとはしなかった。

《俺が間違ってるのは分かってる・・・けど、引けん・・・一歩も引きたくない! 走り切りたい!》


ソファーでタオルケットを引き寄せて眠る事には慣れていたつもりだが、もう窓越しの景色は白んできている・・・結局、櫂は睡眠を取らずに旅立つ準備を始めた。

静かに玄関のドアノブに手を掛けてから、音を立てぬようにキャリーバックを持ち上げる

『あああ! こ~ちゃっ! こ~ちゃ~っ!』

 いつの間にか玲央が玄関口まで櫂を追って来て泣き崩れた

『玲央・・・・』

 言葉が出ない

『うああ~!』

 身を捩りながら泣き崩れる玲央を見て鼓動が一気に激しくなる


《・・・ゴメンな・・・・玲央・・》

 玲央の頭を撫でようとそっと手を伸ばすが、スっと玲央が宙に浮く・・優里に抱き上げられた玲央はまだ泣きじゃくりながらその胸元に顔を埋めてしがみついた。


『玲央の父ちゃんは今から闘いに行くんよ・・・泣かずに行ってらっしゃい言おうか・・行くなら勝って帰って来てねって言わないとね・・ほら父ちゃんが困ってるわ・・』

『・・・・』

 ポカンと優里を見返す

『思う存分に暴れてきて・・・それで負けたら許さんから!』

 久しぶりに見る優里の笑顔に送り出され、ようやく櫂は重圧を捩じ伏せて決戦への強い一歩を踏み出した




『大舞台の前やと言うのに、何でこんなに寝とれるっちゃろうね?』

 大阪に向かう新幹線に乗車した途端に睡眠に入った櫂を見て石本は首を傾げた

『大物なんか、鈍感なんか・・そのどちらかしか考えれんとや・・・あんたも朝からベラベラと五月蝿かよ! 私も今から寝るけん起こさんで!・・』

 本間は石本を突き放す様に言葉を返してから目を閉じた

『ウヒヒ・・次長は大物で、本間さんは鈍感の方やと思いますよ~』

岩井が小さな声で石本に耳打ちするが、それを聞き逃すような本間では無い

『あんたら好き放題言うてくれるね! 陽子ちゃんの大物振りを見せつけて、メソメソ泣かしてやるけんね!』

『ああ~! 五月蝿い! 静かにせんと次長が起きるけん・・こん人が起きれば、もう俺らは寝る暇が無くなるっちゃろう!』

山木が本間を睨みつける

『絶~対に、起きませんね・・・・出張帰りはいっつも起きんですから・・』

椎名が言うと、周囲のメンバーも大きく頷きながら同意を表明した

『じゃあ、やっぱり次長は鈍感な方やなかとかね?』

本間がキョトンとした表情で呟くと、一同はクスクスと笑った



《こいつら・・・俺の話で緊張をほぐしやがって・・・・まだ・・・俺は起きとる・・・・》

櫂は心地良い睡魔に身を委ねた。



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