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尖んがりジプシーの航路  作者: 下市にまな
第五章 九州決戦編
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『ほれ~、小西唯花とのツーショット写真っちゃ! 俺を見てニコ~っと笑顔ば向けてくれよったけんが』

 山木はふじの丸でのパーティーで唯一の戦利品となったツーショット写真を自慢げに見せびらかした


『山木課長は女なら誰でも良かでしょうが!  いやらしか表情で写っとるったい!』

『そうですよね・・・でも少しは羨ましかですよ・・』

 本間が強く突っ込めば、即座に石本が言葉を続ける


九州に戻ってから既に1週間が経過するが、いよいよ本格的に別働隊を解散させ、元のチームに戻して中型催事への準備を整えてゆかなければならない時期である。

『お前ら! さっきから五月蝿いんやっ! 搬入準備が終わったらさっさと出て行け! 阿呆面の先輩社員を見て後輩が幻滅してるやろうが!』

 先程からの山木達の会話を傍観していた中途採用の新人社員達は、緊張しながらもクスクスと笑いを漏らす。


ワールドアートの営業マン増員計画の進捗において、櫂は他エリアを差し置く驚異的なスピードで実績を積み上げており、連日の面接と研修業務に追われているのである。


『次長はいつ会場に来られるとですか?』

 石本が出てゆく間際に振り返って問う

『ど阿呆! 何時までも俺に頼ろうとするな! 今はもう、お前が後輩に教えてゆく立場になっとるんやぞ!』

『分かっとりますが、中々教えるとなると難しくってですね・・・』

『お客様と一緒や・・・人と相対している事に何も違いは無い・・・相手の心理を察知して、次の手をそっと提案してやれ・・今は頼りないお前に任せるしかない』

 櫂の言う通り九州支社の既存メンバーのレベルは、まだ後身の育成が出来る程には熟成されてはいない。

本来であれば、まだもう少しの時間を掛けて既存メンバーに対してこそ育成期間が必要なのである。

だが、迫り来る夏の大阪南港ATHホール決戦に向けて体制を整える為の戦力不足はどうしても否めない・・新戦力を増強する為の募集業務をおざなりにする事が出来無い事がジレンマであった。


《頼むぞ石本! 今は仕方無いんや・・・今日で転職フェアーも一区切り・・・踏ん張ってくれ!》


九州支社は櫂の支社長就任当初、僅か15名程度にまで減少した営業マンが、今や30名近くを有する大所帯に復元しつつあるが、今の櫂が欲するのは成長欲旺盛な即戦力足り得る中途採用社員の増員なのだ


《30名と言っても、腰掛け気分で働く社員はどんどん零れ落ちる筈や・・・・決戦まで半年も無い・・・濾過選別で残る社員を見極めるしかない!》


 九州エリアの経済状況は櫂の採用業務には追い風であった・・大手企業が新規雇用を見送り、賃金低下が続く状況下において、ワールドアートは営業会社なのである。


非正規雇用が爆発的に増える世の中の流れに反して、櫂は大いに語った。

『腰掛けで採用されれば良いなと思ってる人は面接には来ないほうが賢明やで・・結果を残せる者には収入が確約される反面、厳しさに耐えられない者が出るのも事実・・当社が求めるのはそんな世界に身を投じて闘うと覚悟出来る人材だけやから! 言葉は悪いが、今の急成長すべき時期に中途半端な人間に使う時間も労力も勿体無い! 但し、学ぶべき事は全て責任を持って伝え切る・・故に影での愚痴・不満は絶対に許さない・・この会社の良い部分は自分で探してくれ、悪い部分は出来る限り伝えきるからどんどん質問してくれ!』

 転職フェアー会場に響き渡るような声でそう言い切る櫂は、明らかに他のブースで笑顔を振り撒く採用担当者とは異彩を放っていた。


『真っ先にこれは理解しておけという事があれば教えて下さい』

 櫂の大声に気を取られてブースを囲む人集の後方から、真っ先に挙手して質問を繰り出した女性は表情を紅潮させながらも真っ直ぐ櫂を見た

『出張業務が大半になる・・家族・恋人との時間は大きく失われる事になる・・理解はして貰えんやろうな・・実際は板挟みに苦しむ事になるやろう』

『営業未経験者ですが、本当に売れるようにして頂けるのでしょうか?』

 更にその女性は周囲の目も気にせずに質問を重ねた

『先程も言った通り、教えるべき事は全部伝えきる・・ それは確約してやる! 但し、売れるようにしてやるとは言うてない! 他力本願な人間に成功する営業マンは居ないからな・・』

 この調子で質疑を繰り返すうちに、一人また一人と転職希望者は人集から抜け落ちてゆく・・・


《良え具合に減ってきた・・・》

 櫂は質問に答えながらも、説明に耳を傾ける転職希望者の中から可能性を秘めた人間に目星を付けている


『チームでの活動という事ですが、その・・・雰囲気はどんな感じでしょうか?』

 最前列で几帳面にメモを取り続けていた女性が小さく手を挙げて質問する

『チームはお友達や無い、決して仲が悪いと言うてる訳やないで・・切磋琢磨出来るのが本来のチームの在り方や・・競える人間が傍に居る環境と言った方が分かるかな? 成長は力とチャンスを手に入れる事! それは楽に手に入れられるものでは無い事も事実やで!』

 櫂は切りの良い所で傍らの樋田に目配せすると、面接日程の案内に話を移した。


《今日は粒揃いの大成功や!》

 櫂は表情を変えずに会場を見渡しながら手応えを感じていた

今日の転職フェアーには樋田が手伝いに参戦していたが、既にこの段階で説明会に反応した転職希望者の中から櫂が誰を優先的に欲しているかを理解して、面談希望者リストに名前の記入を促している。


《樋田も伊月も心理を察する事に長けているな・・・事務職にしとくのは勿体無く感じるで》


一通りの説明を終えた櫂はブースから出ると散開し始める人集の中から、既に樋田の面談希望者リストに名前を書き込んだ女性に声を掛けた。

『今日はこのブースが目的で来た訳や無いやろ?』

 櫂は笑顔ではあるがしっかりとその女性と視線を合わせる

『え・・はい、やたらと人集が出来てたので、つい足を止めました』

 やはり女性は紅潮した顔で櫂に答えた

『そうか・・・ストンって奴やな・・』 

『・・え?  ストン?』

『今、戸惑ってるやろ? まさか営業職が選択肢に紛れ込むとは思わんかった・・・・外れてる?』

『あ・・いえ・・確かに・・』

 女性は突拍子もない櫂の言葉に驚きを隠せない様子で答えた

『君・・恋人は居るんか?』

『えっ!・・今は・・居ませんけど・・・』

『あ~良かった! じゃあ、待ってるわ!』

 櫂はそう言うとブースを片付け始めた

『あの・・・・もう今日は終わるとですか? まだ閉場まで2時間も残ってますけど?』

 手際よく片付ける櫂に思わず女性が質問する

『おう! さっきの説明で10名以上は面談に来る・・・その中で採用に足るのは2~3名程度やわ・・最短・最速で営業マンを育成するにはその人数が限界やと思ってるからな・・・ 今日は終いや!』


なんと短時間の出来事であったのか・・自分はたまたまその場に居合わせたのだ・・

これ見よがしの正直な答弁と不敵な程に漲る自信に溢れたその男性は、まるで突如出現した大渦の様に周囲に居た転職希望者を吸い寄せて、今度は一気にその転職希望者達を撒き散らしてしまった。


呆然と櫂の後ろ姿を眺める女性は前職同様の事務職を探す予定でこの転職フェアーに足を運んだ

それには特段の思いが有った訳でも無く、生きる糧としての職探しの筈であった・・・


赤柳由香里は思いがけずに覗き見た営業の世界に高揚感を抱き始めたいた。


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