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尖んがりジプシーの航路  作者: 下市にまな
第五章 九州決戦編
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日没

中山の待つデラックスルームには各エリアの支社長に加えて、アポイント部隊責任者の荒堀が顔を揃えており、張り詰めた空気が漂っていたが、そこに河上の姿は見当たらない・・・・・


中山は揃ったメンバーを一通り無言で眺めた後に、いつもの畳み掛ける様な口調で話し出した

『俺が誰よりも沢山悩み・・俺が誰よりもワールドアートについて考えてる! それは俺がワールドアートの代表者であり、未来への重責を背負う人間やからや! だから、俺の出す結論は誰よりもワールドアートの事を考慮した上での結論と言う事になる・・』


《・・何が言いたい?・・》


『そこでや・・このワールドアートの存在をこのパーティーに参加する来賓企業・金融機関に強くアピールする為にも、夏のコウ・カタヤマ来日展の達成数字の上方修正を行った。  棚橋とも熟慮を重ねた上での決断になるが・・成功の鍵は全員の思考が同じ方向を向いているかどうか! 明日以降は営業推進部が達成数字5億への戦略に取り掛かるが、お前達経営陣は、更なる営業部隊の育成と既存顧客の来日展への誘導業務に邁進してもらいたい。 大阪南港ATHホールでの開催となる事から、関西圏各チームからは数名ずつのアポイント部隊への増員メンバーを出すように要請する!  東京・九州からも契約を残せる営業マンの参加権を与えてやる・・ 5億達成ならばアート業界にも激震が走る! 勿論、ワールドアート此処に有りはワールドグループ内にも大きくアピール出来る事やろう・・・・25周年イヤーで最大の花火を上げるんや!』


《そう言う事か・・》


『森田・・・何か意見はあるか?』

 棚橋が示し合わせた様に櫂に問う

『何もないですよ?』

『・・・偉く今日は素直やないか』

 疑心暗鬼の目で中山が櫂の表情を確認する

『そうですか? いつもと全く同じ素直さです』

 櫂は表情も変えずに即答した

中山と棚橋は拍子抜けした顔をお互いに向け合い、加山と荒堀は何故か安堵の表情を浮かべた

『長川の意見は?』

『何も無いです・・燃えてきました』

 単純に長川は意欲を上昇させたようである。

『話は以上や・・各課長陣にも伝達の上、カウントダウンイベントでは中山社長の事業部展望の後にワールドアート全員が結束している事をアピールするように大声で呼応しろと言っておけ!』


《こいつら・・終わってるな・・未来を誰より考え抜いた結論が天ぷら祭りかよ!  まあこれで九州支社として、堂々とやって来た事を証明する場が確保されたという事や・・その為の我慢は屁でも無い・・・決戦の場は大阪南港ATHホール! 九州新規部隊参戦や!》


櫂は自分でも驚く程に中山の話を冷静に受け流した・・

それは絶対権力者を名乗った中山に対して、企業の一雇用社員であると自分の立ち位置を容認したからでは無い。

この日に向けて淡々と育成に取り組んできた自信がそうさせたのである。


『カウントダウンイベントまで後40分・・一旦ここで解散!』

 横柄に高級腕時計を見ながら解散を告げた棚橋の声で各運営陣は中山のデラックスルームを後にした



早めに到着したサンデッキにはそれでも人がごった返しており、櫂は携帯電話の声を聞き取るのに苦労しながらも、納元に来日展の上方修正を伝えた

『山木にも伝えといてくれ・・作戦は支社に戻ってから練り上げる・・・ああ、それとな・・・事業部展望の後にワールドアートの社員は中山社長に対して奇声をあげるらしいぞ・・俺はそんな学芸会に参加はするつもり無いけど、一応伝えたからな・・お前達は好きにしろ』


《もう直ぐ春やのに・・・やっぱり海の上は肌寒いわ・・》

 大きくうねる海を遠目に眺めながら、櫂は本能的に呑み込まれそうな恐怖心を抱いた


《遥か巨大な黒い波か・・  いやいや、俺はマグロやぞ! 泳げばなんとかなるわい!》

『早めの登場なんか珍しいね・・・不安そうな顔も珍しい・・』

 ポンと肩を叩いてから声を掛けられた事で、櫂は即座に林葉だと理解して振り向いた

『お前・・何処に居たんや? 一寸も見かけんかったぞ!』

『うん、ちょっと河上本部長の部屋にお邪魔して相談事を聞いてもらってたから・・』

 林葉は両手に用意したシャンパンの一つを櫂に渡しながら小さな声で答えた

『成る程、河上本部長も見かけん訳や・・・それで、悩みは解決出来たんか?』

『うん、今は清々しい程にさっぱりした気分になった・・』

『そうか・・良かったやないか!』


カウントダウンイベントの時刻が近づく程に、星空は明確な輝きを増してゆく

ふじの丸サンデッキは、これでもかと言わんばかりの人口灯を照射して、次第に今回の祝賀パーティーのメインイベントへの盛り上がりを演出した。

『森田くん・・・あのな・・』

『おう、何や?・・・お前、今日は何かいつもと雰囲気が違うんやな~ そうか! 髪の毛を束ねて無いからや・・パーティーモードって感じなんか?』

『あ、ううん別にそんなつもりは無いけど・・・』

『それより見てみろ! 事業部代表者陣は俺らを遥かに見下ろすスポーツデッキでご歓談やぞ! 北浜会長なんか、王座に座る国王様みたいにさっきからサンデッキを観察してるで!』

 櫂は乾杯用のシャンパンをグビリと飲み干すと、近くのウェイターにお代わりを催促した

『あんたこそ、いつもと様子が違うで・・飲み過ぎと違うの?』 

『飲んでもな・・全く酔う気配が無いんや・・・闘志が酒を飛ばすんかもな?』

 櫂は神妙に言った後で更に続けた

『お前も聞いたか? 九州も南港ATHホールへの参戦が決まった・・ここで証明しようと思うんや・・・俺達がブレずに信じてきた営業の正義を!』


《そうか・・・・とことん立ち向かうんや・・・酔いを阻むのは闘志だけと違うやろ?・・・・不安・・私にも最後まで見せんのやね・・》


『ドテチン森田!』

 意を決した林葉は腹に力を込めて櫂を直視する

『なんや~大声出して!』

櫂が笑顔で問い返すが、次の林葉の言葉は大音量のカウントダウンイベント開始を告げる司会者の声とファンファーレに掻き消されてしまい、口元だけが動いているのが確認出来る。

櫂は手の平を耳にあてがって顔を顰めながら聞こえないとアピールするが、今度は更にサンデッキに備え付けられた巨大な2本の砲筒が轟音と共に蛍光色に光り輝くグリーン色のビーズを雨のように撒き散らした。

『派手にやりよるな~!』

 櫂は降り注ぐ蛍光ビーズを両手に受け止めながら屈託ない顔を林葉に向けた



時間の流れが変わる瞬間とはこう言う事なのか・・・

櫂が林葉の反応を認識する前に、林葉は櫂の耳元に顔を近づけて急接近した。

今日まで知らなかったが、間近に感じる林葉は想像以上にか細く、そして女性らしい弱さが伝わってくる。

ほんの数秒後・・・櫂は人混みに消える林葉の後ろ姿を呆然と眺めていた


【【負けるな! 頑張れ!・・・ありがとう・・・】】


櫂の耳元には林葉の吐息の感覚と、端的に発せられたその言葉だけが残存していた・・

サンデッキで林葉の顔を見た瞬間から既に予測は出来ていた・・そして今、林葉とは二度と相対する事は無いであろうという確信がある・・

今が、今生の別れの瞬間・・・


櫂は現実を静かに受け入れるように振り返ると、サンデッキの手摺を強く掴んだまま背を向けた。


営業に天才など居ない・・・櫂はそう言い続ける

もしも、天才と呼ばれる営業マンが居るのなら、それは自分と闘う才能を持つ者であろうと櫂は思うからである。

誰よりも時間を費やし、誰よりも旺盛に情報を集めては分析し、そして誰よりも断られる苦しみを重ねては学ぶ。

競争意識は高いが、本当に負けたくないのは昨日の自分であり、その自分に対しては強情に一歩も譲らない・・・林葉好美はそういう人であった・・


『追わなくていいの? あなた人気者ね・・』

 櫂の背中にそっと手を乗せたのは広原である

『ああ、広原さんか・・あいつはそんなんじゃない』

 櫂はチラリと確認したが、背中を向けたまま返答した

『じゃあ何者なの?』

『大切な仲間で・・・ライバルで・・尊敬出来て・・・出会えて良かったと心から思える奴!』

『だったら尚更、追うべきじゃないの?』

『追わへん! 俺はあいつからバトンを受け取ったんや!』

『そうか・・・・そうなんだね・・・』


何時までも振り向かない櫂の背中を、広原は何度も静かに宥め続けた・・・


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