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尖んがりジプシーの航路  作者: 下市にまな
第五章 九州決戦編
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船上にて②

『あなた・・・まだ食べるの?』

 手を止めずに食べ続ける櫂を眺めていた女性芸能人は呆れた様に問いかける

『うん?、まだ居ったんかいな・・俺は燃費が悪いんや、あんたも早く違うテーブルで楽しんできたら?』

 投げかけられる声にようやく視線を上げた櫂もぶっきらぼうに答える

『疲れてるのよ・・あなたの周囲には人が集まらないオーラがあるから丁度良い!』

『疲れてるなら部屋に戻れば良えやないか? 不機嫌を継続してたら余計に疲れるやろう?』

『ギャラを貰ってるのよ! 部屋には戻れない』

『何のギャラや?』

『このパーティーのイベントコンパニオンの様な役回りに対してよ! 私はプロよ、馬鹿にしてる!』

『おいおい聞き捨てならんぞ今のは! 俺の知ってるイベントコンパニオンはな、あんたの様に不平は言わん! 雨であろうが雪であろうが、声が枯れようが彼女達は笑顔を失くさんかったぞ・・・俺は今でも彼女達を尊敬してるし、一緒に成し遂げた仕事は今でも俺のプライドになってるで』


暫くの沈黙が流れるが・・女性芸能人は櫂を睨んだまま視線を逸らさない

『あなたに私の何が分かるのよ!』

 小さな呻きを女性芸能人は絞り出した

『何も知らん・・・あんたが何に腐ってるかなんて分かる筈もないやろ・・俺に文句を吹っかけるつもりやったら、先ずはこの料理を食ってから言えば良えやろ』

『意味が分からないわ! どうして私が料理を食べる訳!』

『あんたプロって言うたよな?』

『ええ、言ったわ』

『ギャラを貰ったら仕事を成し遂げるのがプロやと俺は思うけど、俺はさっきからあんたの顔を見ていて少しも楽しいと思わへん』


『・・・・だからって、どうして私が食事をしなきゃ・・』

『人を楽しい気持ちにするには、自分が楽しい気持ちにならんと無理やろ? 食べてみろよ・・むちゃくちゃ美味いから・・てっ言うか、食わないと損やで!』

『どうして私が・・』

 女性芸能人は躊躇いを拭いきれない様子で俯いた


『わかった!・・・今日このテーブルでだけは仕事を忘れて芸能人を辞めたら良えわ・・一度素人の自分に戻ってから、よ~いドンするほうが近道やな・・・あんた手が焼けるな・・・・誰も素人に戻ったあんたに構わんぞ・・・何故なら俺には人を近づけんオーラがあるらしい!』

 櫂はそう言うと真新しい皿に手際よく料理を盛り付け始めた。


『ほれ、食うてみ・・・この鶉の卵なんか絶品やぞ! あんたの好き嫌いまでは知らんからな、自分が美味そうと思うのをガブリと食ってみろ!』

 女性芸能人は周囲を確認したが、やたらとガサツなこの男性と口論を繰り返したのだ、周囲の人間は知らぬふりを決め込んで視線を向ける者も少ない

『ちゃんと、いただきますと言うてからやで・・お母ちゃんに怒られるからな~』

 男性は子供のような笑顔を見せて皿を押し付けた

『えっ・・い、いただきます・・』

 満面の笑顔を向られて渋々ながら女性は料理を口に運んだ

『どうや旨いやろ~・・俺は森田・・・あんた、名前は?』

『私の名前? ・・小西・・唯花』

『・・・それ、芸名やろ? 俺が聞いてるのはあんたの本当の名前や』

『・・広原 のぶ子・・』

『そうか、そしたら広原さん! 美味しく食べよう・・・俺も食い直しや!』



騒音が行き交う船内の喧騒とは裏腹に、ふじの丸6階のデラックスルーム内は静寂な空間を確保している。

棚橋は自分に充てがわれたスーペリアルームとの比較をする様に部屋内を見渡してからスーツの襟を正した

『棚橋と加山です・・失礼します』

 そこまで言ってから棚橋は愛嬌のある笑顔を部屋の主である中山に向けた


棚橋・加山と相対する中山は、ソファーに着座するように2人を促してから早口で語り始めた

『カウントダウンイベントでの各事業部の展望発表の件や・・・入手した情報では教材販売事業部は、中越がDVD新教材の発表と共に事業部売上1・5倍増の確約を発表するらしいぞ・・映像事業部の中澤は、人気の任侠烈風伝の新シリーズ制作発表と、同じく事業部売上1・5倍の確約や・・他の事業部は相手にもならんが、この2名の率いる事業部以上にワールドアートの存在をアピールする為には最大規模のコウ・カタヤマ来日展だけでは印象が薄すぎる! そこでや・・・来日展の当初達成数字の3億円を5億に引き上げて発表する!』

『ご・・5億!・・ 会期の延長は無しで・・って事ですか?』

 流石に加山も狼狽える

『良い考えだと思います! 荒堀のアポイント部隊に三流営業マンを回して増員しましょう・・まだまだ既契約者に詰め込む余地はありますよ・・・信販会社への根回しはこのパーティーに参加招待しておいた偉いさんを中山社長に丸め込んでいただくとして・・ 河上本部長辺りが五月蝿そうですね?』

『放っておけ、お前達は5億必達の段取りさえすれば良いんや・・』

 即答する棚橋に対して上機嫌な笑顔を浮かべながら中山はワインを飲み干した

『そうと決まれば各支店長クラスにもこの情報を共有しておきましょう・・展望発表の際に森田辺りが大声で騒いでも面倒ですしね・・荒堀・長川には進退が掛かっているとでも言っておけば素直に邁進するでしょう』

『よし、今すぐに責任者クラスを集合させろ』

 中山は赤ら顔を気にもせず大声で指示を出した



『それでな~・・その開催式に出てきた銀行のヨボヨボのお爺ちゃんがな』

 櫂はそこまで言うと、思い出したようにゲラゲラと笑い出す

『ちょっと、私は意味が分からないわよ! 一人で笑ってないで続きを話して・・』

『ゴメン・・そのお爺ちゃんにも会場の皆は気を使って静まり返っててな・・そしたら第一声が・・あ~本日は~このような豪華な船での一発二日の旅に~って言うんや・・もう、面白過ぎて・・それでも皆は我慢するんや! それが余計に面白なってしもてさ~』

 再びゲラゲラと笑い出す櫂に釣られるように、傍らに座る女性も吹き出すように笑う

『それで? どうなったの?』

『どうなるも何も! 俺は我慢できずに肩を上下に揺らして笑い声を殺したんや・・ そしたら、俺の周囲から伝染するみたいに肩を上下に揺らす人がどんどん増えて波みたいになったんや!  そこで、もうアカン、声が出る! と思ったら、隣に座る荒堀って言う鬼のようなおばさんが俺を睨んでな・・思いっきり俺の太腿をギュウ~ってつねりやがった!  痛いわ面白いわ!』

 先程までの険悪な空気から一転、今度は大いに盛り上がる2人に遠慮して誰もこのテーブルには近づけない。


『ああ~! 居たっ! 居ましたよ、 加山課長・・此処に居ました~』

 突然の大声は山木であった

ワールドアート運営責任者の緊急招集により、船内では櫂の大捜索が展開されていたようである

『あんた、携帯電話は!』

 加山がムスリとした表情で櫂を睨む

『えっ? 持ってますよ・・ほら』

『電源が切れてるやないの! 何で電源を切るの?』

『開催式であのマージンとか言う司会者が案内しとったでしょ? マナーモードにしてくれって・・』

『救いようがないわ・・もう良えから私と一緒に社長の部屋に行くよ!』

『何しに?』

『コウ・カタヤマ来日展の件・・ええから早く・・あんたを待ってるんやで運営陣が!』


加山は櫂の襟を掴むとグイグイと引っ張って立ち上がらせてから、その様子を着座したまま眺めている女性に向き直った

『すいませ~ん、きっとご無礼をしましたよね? 申し訳ございません』

 丁寧にお辞儀をすると、加山は口調を男言葉に戻して櫂について来いと今度は袖を引っ張った

『何かわからんけど・・ほんじゃ俺は行くわ・・・・広原さん』

 櫂が振り向く

『ええ、それじゃあね森田次長さん!』

 女性は笑顔で櫂を見送った



『えっ!ええ~! 小西唯花!・・・・さん・・』

 芸能人の存在に気づいた山木が大声を上げる

『す・・・すいません、写真ば撮って貰っても良かですか?』

 山木が言葉を絞り出しす。


『はい、勿論ですよ・・知って頂いて有難うございます』

 女性は満面の笑顔で答えた




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