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尖んがりジプシーの航路  作者: 下市にまな
第五章 九州決戦編
123/160

包囲網

『やってくれよりましたね・・』

 白髪の老齢店長は落ち着いた口調でしっかりと櫂の目を見据えた。

櫂の後方に整列したメンバーは礼儀正しく頭を下げたが、櫂は老齢店長の視線に対して顔を上げたまま笑顔で応じた。

『全て店長の力添えがあっての結果です・・お世話になりました!』

 週末の2日間で、石本・椛田は初の自力オーダーを残し、岩井もハーフオーダーを残す事に成功した

本間に至っては最終日の今日になって火を吹くが如く、櫂とのハーフオーダーと2件の自力オーダーを残した。

『締めて605万の売上・・正直驚きましたよ』

 老齢店長は満足な表情で櫂に握手を求めた

『店長に会期途中で尻を叩いて頂いた成果です・・本当の所は必死でした・・・』

 櫂も笑顔で店長の差し出す手を強く握り返した

『私も少しあんたに影響を受けたかも知れんね・・・・次に君達が催事に来る時までには、もう少し店舗への来店客数を回復させてみせるっちゃね』

『是非とも次回の催事もお願いします・・・次は半年後にセンターコート全面と言う事で!』

『あんたも最後まで大口叩きよるね~・・いいでしょう待っとるけんね』

 花タウン佐賀店を立ち去る櫂達の後ろ姿を老齢店長は暫く眺め続けた。

小さな目標数字ではあるが、別働隊の初催事を目標達成で終える事が出来たのは大きな成果である


『センターコートなら、もっと成績を残しますけん!』

 自信に漲る本間は並び歩く櫂に明け透けと宣言した

『はいはい、分かったって・・やけどな、お前達はまだ小さな一歩を踏み出しただけや!  九州支社が全国レベルでブイブイと活躍するにはもっと成長を続ける必要があるんやぞ』

『ええ知っとります、でもね次長・・ほれ、誰かが言うとったでしょう・・小さな一歩やけんど、人類には大きな飛躍やと・・確か、アームレスリングみたいな名前の~』

『アームストロングでしょ・・・本間さん流に言うと、ガガーリンはガリガリ君になるったいね』 

 椛田が鼻で笑うように本間に突っ込むと、石本と岩井はゲラゲラと声を出して笑った

帰路につく電車内ではメンバー全員が崩れるように熟睡状態となったが、櫂も久しぶりの優里との再開を楽しみにしながら睡魔に吸い込まれて目を閉じた。



佐賀から戻った櫂は別働隊の次の催事までの数日間を支社業務に追われていたが、河上との会食を約束していた当日にその連絡は入った。

『櫂、今日の飯の約束な・・無理になった・・儂は早急に大阪に戻る要件が発生した』

『いえ、俺は問題無いですよ・・どうせ2日後には大阪での全国会議でお会いしますしね それより・・何かあったんですよね?』

 今となっては電話越しにでも、河上の表情や心理状態を想像する事が容易い

『お前には隠せんか・・咲澤がな・・・・東京支社の経費を持ったまま飛びよった! この数日感、どこに連絡しても梨の礫や・・・まだ今はお前の胸に仕舞っとけよ・・』

『・・・勿論です』


 櫂は電話を切り終えてから、大きく息を吸い込んだ

『問題・・ですか?』

 回転の早い樋田と伊月は既に、櫂の様子から異変を察知している

『いいや、大した問題やないわ・・・2人共、昼飯に行っておいでや・・電話番は任せとき』

 櫂はニコニコと笑いながら2人を支社から放り出した。


《大阪から離れた孤島の責任者は皆、腐ってしまうんやろうか・・・》


【俺も中途半端にその社員を預かろうなんて思っちゃいないぜ・・】

 咲澤の声が櫂の心に浮かび上がる

櫂は一人だけの支社内でタバコに火を点けると、東京で奮闘している吉村の顔を思い浮かべた。



 大阪での全国会議はワールド第4ビルから場所を移して、ワールドグループ本社となる、ワールド第1ビルの大会議室で行われる事となった。

会議への参加者となる課長職が急激に増加した事で、ワールド第4ビルでは許容量をオーバーしてしまうのだ。

開催までにまだ時間を余す会議室前のロビーでは、多くの見慣れぬ新課長達が談笑に没頭しているが、山木と納元を引き連れた櫂は後方から肩を叩かれて振り返った。

『森田君、久しぶり・・』

 声の主は林葉であった。

『おお~っ ジャイ子~久しぶり! 知らん奴ばっかりで、俺は迷子ムードになるとこやったぞ!』

 山木と納元は櫂と林葉の再会に遠慮してか、その場からスルリと身を引いて消えた。

『私も知らない課長が何人か増えてる・・大阪・名古屋の常設店舗出身課長がほとんどやけどね・・』

『そうなんか? 俺なんか島流しやからその辺には疎いな・・今日は吉村や小田の姿も見当たらんし心細かったんや~』

 櫂は林葉との再会が余程嬉しいのか、心なしか自分でも言葉数が多いと自覚しながら話した。


『森田君・・・・知らんの・・・』

『何を?』

『吉村君も小田君も今月の頭に退職してる・・・  噂では中山社長と昇格したての棚橋次長に、達成率の事で相当な責められ方をしたみたいやで』

『そんなっ!・・・嘘やろ』

 櫂の声が一気にトーンダウンする

『ちょっと・・森田君、外に出よか・・』

 林葉は腕時計を見て会議までの時間が有る事を確認すると櫂の腕を掴んだ



『おそらく森田君は知らんと思うから落ち着いて聞きや・・』

『何やねん・・・勿体振るな・・』

 胸騒ぎが止まらない

『村下君のチームに居てた市田君・下田さんも先週退職してる・・その前には竹橋さんも・・・』

『適当言うなよ・・・冗談にならんぞ!』

『私の顔を見てどう思う?』

『くっ・・伊上は? 伊上はどうしてるんや!  村下は大丈夫なんか!』

『伊上さんは配置転換の辞令で営業推進に回された後に退社した・・・村下君は、次長に昇格した棚橋チームを根刮ぎ引き継いで今や達成率トップ3に入ってる筈や』

『・・・・・』

『大丈夫? 森田君・・・今は完全に社長と棚橋次長が操るチームが席巻してるんやで・・さっきロビーに溢れてた課長陣のほとんどが棚橋カラーに染まった勢力やと思えば良えわ』

『・・・・河上部長は・・・この状況を黙って見てるんか?』

『黙ってるも何も、輪店指導を名目に大阪に居る時間を与えられてないのが現状や! 外杉さんも、牧野さんも、池谷さんももう居らん・・あの2人は完璧なまでに思う壷の状態を造り上げてる』

『森田君・・・言い難いけど・・』

『何や・・全部言うてくれ!』

『完全に包囲されてる・・・思うように操れる従順な人間だけで城が築かれてるって事や・・』

『お前はどう思う?・・・何処の企業も組織に巻かれる人間が多いのが普通やないか・・組織にとっては、俺みたいなのが異分子と言われても仕方ないのかも知れんぞ?』

『冗談やない! こんな騙し売り紛いの成長なんか認められへんわ! 私だって今までプライドを持って絵を購入してもらって来たんや・・けど、やり辛い!、やってられない!』

 自分達の理想とする営業への手詰まり感に、2人は沈黙するしかない・・・

『そろそろ戻ろう・・・茶番劇の始まりやわ』

 林葉は腕時計を見てから踵を返した。



『皆も既に知ってるやろう・・咲澤には懲戒解雇の処分を下した! 規律に従えん人間はワールドアートには不要や! 役職者でも例外では無い・・此処に集った人間は次の役職者としてチャンスを掴み取る権利を持っている! 共にワールドアートの未来を創る人間はこの中に居るのだと確信している!』

 社長の中山は冒頭から司会進行役の河上の存在を無視する様に、堰を切って早口で捲し立てた。


支社運営陣の中に座る櫂を見る中山は満悦の表情を向けた後、続け様に新人事の発表に移った。

『咲澤の抜けた穴は東京での課長経験が豊富な長川が新支社長として次長昇格・・・既に動き始めているが、九州支社も井川に変わって森田が支社長として次長昇格・・・新課長排出で活躍目覚しい加山は名古屋支社長として大阪からのチームを更に配下に置く・・それと・・これは皆も文句無いやろう!・・・棚橋は部長職に昇格とする! プロパーの社員として初の偉業や・・皆も棚橋を見習って昇格を目指して欲しい・・最後は河上部長やが、今後は円滑な運営を管理して貰う為に本部長に昇格して貰う・・ワールドアート全般の業務を統括するが、営業面では新部長の棚橋が中心となって采配してゆく事になる・・』

 話し終えた中山は、一通り課長陣の表情を確認してからようやく着座した。


河上もこの人事は咲澤の件で大阪に戻ってから急遽知らされた事なのであろうと、櫂は苦い表情を浮かべる河上を見て判断した。

新人事によって、中山と棚橋が推し進める営業のシステム化には、購入者の心に呼びかけ、説得をし、満足を得て頂くと言う河上の営業スタンスは邪魔な存在でしか無いのであろう。

内勤業務に追いやられた河上は昇格という名の窓際送りと言い換えるべきであろう


『棚橋部長から挨拶してもらおうか・・』

 重々しい口調で河上が会議の進行を始める

『お疲れさん! 新人事と言う事で中山社長から部長職の重責を任命されたけど・・これを立派に成し遂げる為にも此処に居る皆の協力が必要になる・・・新課長が増える中、先ずは今後のワールドアートの戦略として更なる人員の増強を計りたい、各支社長は全力で募集業務に努めて欲しい・・各支社への募集経費は前年度の倍以上を準備している、各課長陣も新人育成に責任を持って尽力してくれ! 拡大は止まらんぞ!』


《林葉も上手い事言うな・・・これは確かに茶番劇や・・》

 櫂はフツフツと込み上げる怒りと同じ位に、馬鹿らしいと呆れた気分を抑えるのに必要以上の労力を要した。


今のワールドアートにとって最優先で議論すべきは、新人社員の定着率悪化の原因究明・・最終段階で確実に計上されずに大量に流れ落ちてゆく売上の究明・・そして一番大切なのは顧客満足を満たせる状態が崩壊し始めている営業内容の抜本見直しである・・

お客様相談センター室長となった桝村は新人事で中山から紹介すらされずに会議の末席に座っているが、本来は桝村が声を大にして問題提起すべき案件でもある

櫂は上の空の表情を浮かべる桝村を見ながら、短期間でのワールドアートの変わり様を認めざる負えなかった。


《包囲網か・・自分に背く人間にはとことん苦しみを与えんと気が済まんって事か? 確かにあんたが立ち上げたあんたの組織やけどな・・・私欲の暴走は許されんぞ!》


櫂は自分の包囲網の為に、間接的に追い込まれていった大切な仲間の顔を脳裏に浮かべて唇を噛み締めた。

辞職を決意したのは最終的には本人の意思である・・・恐らく市田や下田・竹橋は、棚橋の推し進めるシステム売りと、それに靡く村下に自分の信念を同調させる事が出来なかったのであろう・・伊上・吉村・小田も自分に向けられた不条理に騰がらう程の値打ちをこのワールドアートに感じなくなったのかも知れない・・


《あんたの見栄で150名以上の人間を窮地に追いやる未来が来ても良いのか? 紛い物の売上を積み重ね、成長をカモフラージュさせ・・得たい物って何なんや?》


全国会議から開放された時には既に日が傾き始めていた

山木と納元は微増ながら末席順位からの離脱を果たしたが、それは東京の咲澤が無責任にも自分の責務を投げ出した結果の東京部隊低迷が手伝っての事である。

只、今までは自分の存在を消し去った様に俯いて会議の席に参加していた2人が、時折悔しそうな表情を見せていた事がせめてもの救いであり、2人の成長の証でもあると櫂は思った。


《俺にはやはり運があるようや・・現状の大阪では無理かも知れんからな・・そうや離れ小島に流されてしまったからこそ、自分の理想の営業部隊が創れるんやからな! 募集経費も垂れ流しや・・・こんな又とないチャンスは存分に活用させて貰うしかないで~!》


急ぎ足でワールド第1ビルを出る櫂は、林葉を振り返って握手を求めた

『林葉! 俺はもう帰るけど、今度ゆっくり飯でも食おうや!』

『うん・・・やけに明るいけど、あんた大丈夫なん?』

 握手に応じる林葉は心配そうな表情で櫂を見る。

『おれのしぶとさはお前も知ってるやろ・・包囲網がどうした! ねちっこく俺を絞め殺すつもりやろうけど、おかげで俺はまだ生きてるやないか・・女の腐ったような連中に白旗なんか掲げてられるか、悔いが残りまくりで寝付けんわ!』

『ちょっと! その言葉は女に対する偏見やで!』

『そうやな・・でも、お前は男の腐ってないような人間やから見逃してくれよ!』

『・・・それって私の事を男って言ってるのと同じやろ!』

 林葉はそう言ってから櫂を見送った


思い返せば林葉に自ら握手を求めたのは、これが入社以来初めてであった・・・

それは孤独な旅への覚悟として無意識にとった行動であった。

  



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