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尖んがりジプシーの航路  作者: 下市にまな
第五章 九州決戦編
122/160

芽生え

『お前・・・抜いたな? 懐刀!』

 携帯電話の向こうで問いかける河上がニヤリと笑う表情が想像出来る

『ええ、先っちょだけですが・・・』

 櫂は冷静に答えつつも、山木チームが平日に4件の成約を残している事から、河上も自分の営業を抜刀したのだという事を確信しながら答えた。


『売上を考えたら、出し惜しみしてる場合や無い! まあ、良えやろ・・・何を考えとるかは知らんが、樋田と伊月に感謝せいよ・・但し! お前が居る会場なんや・・数字の必達は肝に命じておけ!』


《樋田と伊月が俺の援護を・・・端から数字を落とす気は無いけど、力を与えられる話やないか!》


『儂は明日には納元の会場に飛ぶつもりや・・・数字の援護は任せとけ! そっちの会期が終わったら、ゆっくり飯でも食いながらお前の腹の中を聞かせてくれよ』

『ありがとうございます、是非・・』

 櫂は丁寧に礼を述べてから携帯電話を切った。


《今後の九州支社の展望であれば包み隠さずに伝えられる・・でもな・・誰に対しても口に出せん蛮行が九州支社の歴史には刷り込まれてしもうてるんや・・》

 真っ白な新人を育成するように簡単にはゆかない・・その為には遠回りも仕方が無かった・・


金曜日夕刻の最終定時報告で別働隊が報告したのは成約3件・・・椛田の80万・石本の60万・岩井と本間のハーフオーダーの80万である。

櫂は今日の興奮冷めやらない別働隊メンバーの笑顔を思い返した


《入口の突破力は何とか身に付いた・・・後は出口の決定力や・・》

 今日の夕刻から、徐々に増え始めた有職者ターゲットを掴む事には成功したが、櫂は3件の成約内容には納得をしてはいなかった。

別働隊メンバーの成長内容を考慮すれば、週末の2日だけでは目標数字に届かぬ可能性があるとの判断と、メンバーの士気を低下させないボーダーラインが4日目であるとの判断から、櫂は断腸の思いで自分の営業をメンバーの商談に被せたのである。


《ワールドアートは悠長な態度で成長を待ってはくれん・・最短の成長には自力の成功体験が必要や・・安易に数字を残させて良かったのか?・・今日の俺の判断が吉と出るか凶と出るか・・・》

 櫂はホテルのフロントロビーのソファーに腰掛けてタバコを吹かしながら珍しく自分の取った行動に迷いがあると感じていた。



『次長、こんな所に居られたとですか・・皆はもう部屋に揃うとりますよ、早く今日の勉強会ば始めんと時間が勿体なかですけん、早よ戻って下さい!』

 フロントロビーに響き渡る大声で話し掛けてきたのは櫂を探していた本間である。

櫂に対しての態度を180度転換した本間の吸収欲は、今直ぐにでも知識を与えろと催促している。


《全く、こいつには参るで・・ここまで単純に自分を変えられるのも才能やな・・》

『始めるか~』

『はいっ、聞きたか事が山程あります!』

 本間は意欲に満ちた表情で答えた。


 いくら寂れてしまった花タウン佐賀店と言えども、週末の2日間は客足が伸びるのは当然である。

来店数だけでなく、客層自体が有職者であるターゲット層を多く含むものに切り替わるのだ。

当初、白髪の年配店長に提示した500万の売上はこの2日間で達成する計画であった。


《明日の土曜日は突き放すべきか・・それとも数字を重ねてムードを高めるべきか?》

櫂は集まったメンバーを前に揺れる思いを断ち切れずにいたが、それはメンバーの意外な成長を目の当たりにする事で吹き飛ぶ事となった。


『聞きたい事はガンガン意見しろ!』 

『じゃあ、良かですか?』

 櫂の問いかけに即座に手を挙げたのは石本である。

『今日はフォローを有難うございました・・いつも佳境で躓きよりましたが、次長のトークを聞いてから押し引きのタイミングが少しだけ分かりかけとるとです・・・それでですね、質問は今日の次長のフォローに入られたタイミングですが、あれは僕が大きく引きすぎて押しのタイミングば無くしたからやと感じたとですが違いますか?・・・それと、柔らかい雰囲気でフォローに入られたんでは無く、真剣なムードを作ってフォローに入れらたのは、本当はもっと早か段階でクロージングを強く打つポイントば有ったと言う事ですよね?』

『おお! 良う分析したな・・確かにメガネ君の言う通り、あのお客さんの購買意欲のピークはもう少し早い段階で山を迎えてたな・・山を越えてしまうと意欲が転げ落ちるように急降下してしまうんや・・早急に決着が必要と判断したから、俺は柔らかいムードを選択しなかった』

『思うた通りったい、悔しかです・・山場が来たのは気付いちょりましたが、そこで焦りが出てしもうて・・相手の心理を見て押し引きするより、自分を落ち着かせるのに押し引きを口に出しよりました・・』 石本は残念そうに自分の膝を叩きながら答えた


《おいおい、 ビックリする程スタイルが変化しとるやないか! どうなったんや?》

 櫂は内心で驚くと共に、大きく手を叩いて歓喜していた。


昨日までの質疑応答では見られなかった大きな変化・・・

そう、昨日までは単純にこの場合はどうすれば良いですか?、こんな態度にはどう対応するのですか?と、まるで大きく口を開けたまま、栄養を求めて親鳥の帰りを待つ雛のように答えを欲するだけであった石本が、今日は自分でそしゃくした回答の確認を櫂に要求してきたのである。

それは石本だけに留まらず、石本の創ったスタイルに呼応するかの如く椛田や岩井にも伝染し、後を追う形となっている本間でさえ自分の中で意見を纏め上げてから質問を繰り出し始めたのだ。


《この変化は大っきいで!》


『あの・・次長・・』

 椛田が言い出し難そうに言葉を絞り出す

『何や?』

『私の力がまだまだ足りとらんとは解っとりますが・・・その・・』

『もごもご話すな! 言葉は肚から出せよ・・』

『明日の夕方までは一人でチャレンジさせて貰うても良かですか・・次長が敢えて数字を逃しておられるとは分かっとるとですが・・やけん、余計に成長ばしたかです! 勿論、本気で数字ば追いよりますけん!』

『あんた、生意気ね! そんなら私が先に自力オーダーば狙うったい!』

『僕も椛田さんと同じ事を考えとりました・・・』

 椛田の発言に本間と石本は即座に続いた


『岩井はどう考えてるんや?』

 櫂が微笑で岩井に問う

『私はまだそのレベルになっとらんとです・・・ですが、本会場での商談までは絶対に・・』

『わかった! それで良えんや、岩井もしっかり自分と向き合えてると言う事や!』


《俺は悪い癖に絡みつかれるところやったで・・・一人相撲なんかや無い! こいつ等全員、しっかり俺と一緒に闘ってくれてるやないか・・》


櫂は自分だけが未来を考え戦っていると、慢心していた事を素直に恥じた・・

それと同時に、自立心が芽生え始めたメンバーに掛け算式の成長の時期が到来した事を知ったのだ。


《俺の懐刀はお前達や・・・もう迷いは無いで!》

 櫂には明確な明日が見えていた。



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