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尖んがりジプシーの航路  作者: 下市にまな
第五章 九州決戦編
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進発

『井川部長、いきなりの転勤で寂しくなったね・・』

 玄関口で櫂のビジネスバックを抱え上げた優里は残念そうな表情で笑った。

『そうやな~』

 返答する櫂は靴を履き終えると、優里からビジネスバックを受け取る。

『出張・・気をつけてね』

 優里は転勤早々に出張業務に就く櫂を笑顔で送り出した


優里には井川の蛮行など伝えてはいない・・

只、急な配置転換で自分が支社長の業務に就く事になってしまったとだけ説明していた。

井筒からの情報では、井川が大阪本部の勤務を拒んだ後にワールドアートを去り、外杉の運営するギャラリーに身を置いたと言うが、これも櫂は誰にも話す事は無かった・・


《目の前に居ない人間の事を、どうこう言う時間など勿体無い・・》

 櫂は心で何度もその言葉を繰り返したが、本当は井川の所業を口に出す行為が今後の支社運営の言い訳に直結する事を嫌っての決断である。


『行ってくる! 連絡は毎日入れるから・・』

 優里との時間が持てなくなる出張を自ら決断しなければならない立場となってしまった櫂は、複雑な心境を押し隠すように笑顔を見せてから早足で最寄り駅へと急いだ。



花タウン佐賀店・・・忘れる訳が無い・・・

成長著しい井川新設部隊として、大成功を収めたショッピングセンターであり・・櫂がワールドアートに入社してから、最初に仲間を失う事を経験した会場でもある。

《秋爪さん、元気にやってるかな?》

 多少は感傷的になるが、櫂は直ぐに意識を現実に引き戻して、電車の車窓から流れる景色に目を移した。


『森田次長は荷物が少なかですね』

 別働隊として選抜したメンバーである本間が電車内とは思えぬ程の大声で話しかけてくる

『本間さんは海外にでも行くつもりですか~ 必要ば無かとでしょ、その大荷物~』

『入社したてのくせに、あんたはえらく口のまめる新人やね!』

 性格の全く違う本間と石本の掛け合いに時の経過を感じながらも、櫂は未来のチーム像をイメージしては半年後の3チーム体制を脳内でシュミレーションし続けた。

『次長、次の駅で降車ですよ』

 隣の席に座っていた椛田に声を掛けられて櫂は我に帰った。

『よしっ、搬入からビシッと取り組むぞ! この会期中はお前達の時間は全部俺が預かる・・覚悟は出来てるな!』

 櫂の言葉にメンバーは意を決して、自分の手荷物を引き寄せた。


別働隊のメンバーは櫂以外に4名・・・ズケズケ村の本田・直進村の椛田・心に灯す炎が消えかけた下げ眉毛の岩井・そしてメガネの石本である。


《こんな雰囲気やったかな?・・何年も前になるからな~》

タクシーから降り立った櫂は、ショッピングセンター花タウン佐賀店の搬入口前で色褪せた壁面を見上げた。 

今回の催事はショッピングセンターに入る専門店街の一角を使用して行う事になっている。

《先ずは担当者への挨拶と近隣専門店の店主への挨拶を済ませておくか・・その後は営業のみ!》

 現場に立つ事で櫂の神経は支社運営から、一人の営業マンへと急速に変貌していた。


『ああ・・井筒さんとの打ち合わせ通りで結構です・・立て看板も自由にどうぞ・・』

ショッピングセンター事務局に挨拶に伺った櫂に応対する店長は白髪頭の年配男性であったが、これから売上を共有してゆく相手としては少々力の抜けた印象を受ける。

花タウンのような多店舗展開のショッピングセンターでは店舗間での転勤も日常茶飯事で、櫂も知った店長と出会えるなどとは考えてもいないが、花タウンの店長を務める人間の特徴として、横槍とも言える非常に細かな指示を出してくる者が多く、催事売上の進捗確認も煩わしい程に細かな報告を要求してくると記憶していた。

《何やこの人? やる気の無いおっさんやな・・》

 櫂はこの責任者に対して花タウンらしからぬ違和感を持ったが、直ぐにその理由を知る事となる。


《ここまで寂れてるんか!  入店客より店舗で働く人間のほうが遥かに多いやないか・・・》

 メンバーの待つ催事スペースに向かおうとバックヤードの事務局から店舗内に足を踏み入れた櫂は、自分の知る花タウン佐賀店とは全く別の景色を目の当たりにしていた。

この瞬間に、櫂は始めて九州という商圏が直面する景気の強烈な冷込みをその身に実感したのだ。


何度も手元のフロアガイドを確認しながら櫂は催事場となる一角に辿り着いたが、催事場を取り囲む周辺だけでも既に数店の廃業店舗がシャッターが閉ざした状態である。

櫂は手元のフロアガイドに掲載されている閉鎖店舗の位置にバツ印を追加した。


『次長、遅かったですね・・もう運送業者が備品を運び込んでますよ』

 岩井に指示を出しながら受付テーブルの準備をしていた本間が櫂に気付いて笑顔を向ける。

『驚かれたんやなかとですか? 私達はこの会場を婆タウンって呼んどります』 

 大阪から来た人にはこんな閑散とした会場は信じられないでしょう、と言わんばかりに本間が言い放つ。

確かに来場者数の減少は自分がチームを率いていた課長時代から肌身に感じてはいたが、ここまで明白な寂れ具合に直面しては来なかった。


《峰山さんの残務に覚悟を固めて挑んだ井筒が簡単に結果を残せないのも頷けるな・・》

【けどなっ!】 櫂はニヤリと笑ってから本間の目を見返した


『屁をこいてプッって感じやな!』

『屁をこいて?・・』

『大した問題や無いって事や! 俺のワールドアート第一歩は寂れたギャラリーからのスタートやった・・客が少ないからダメですって考えるのは違うで・・ならばどういう風に売ってやろうかと考え抜くんや! 突破口は自分でこじ開けるもんやろ!』

 大声で言い放つ櫂の周囲に自然とメンバーが集まって来る。


《おもろいやないか、この会期だけで教えてやる・・・・お前達の可能性を!》


現状を受け入れる事は重要である・・

現状を誤魔化しては、その先の進路も誤魔化し続けなければならないからだ。

《現状を知ったら甘んじる必要は無い! 思う方向に進むよう足掻くだけや!》


『何だか、ウキウキした気分になりますね・・』

 椛田が漏らしたこの言葉は、その場に集うメンバー達を同調させるだけの的を得た言葉だったのだろう。

メンバーの思考は櫂によって少しずつ感化され、それぞれの脳内でこの現状に騰がらう方法を模索し始めている。


櫂はメンバーの表情から小さな変化が始まっている事を感知し、自分が選別した別働隊が正に進発の時を迎えたのだと確信した。



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