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尖んがりジプシーの航路  作者: 下市にまな
第五章 九州決戦編
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秒針音

納元チームの社員と、それに加えて小倉駅催事場に呼び出された桝村チームの社員・・・

いずれも櫂とは初対面となるが、突如の新支社長からの呼び出しと、井川・桝村が既に居ないという現実はこれらの社員達に動揺を与えるには充分な材料であろう。


 ところが個別の面談を実行する中で櫂が感じるのは、動揺や怒り驚きという感情が非常に希薄であり、あまりにもすんなりと現実を受け入れる社員が多い事であった。

 【諦め】 【他人事】 【依存心】 【臆病】 自分の意思を明確に持たず、意欲を自家発電出来る人間が顕著に少ないのである。 


《何やコイツ達? 夢とか希望とか・・それどころや無いで・・・初期教育が欠落すると、こうまでふやけた集団が出来上がってしまうんか?》

 井川が運営してきた九州支社の実態が、ワールドアートの中において如何に大きな害悪であったのかをまざまざと見せつけられている様な気分であった。


『ここは営業会社でお前は営業マンや・・売らずに平和な毎日を送る事が無理なのは分かるか? 九州支社は今日から変わったんや・・お前が自分の力を付けて頑張りたいなら俺が教えてやる・・猿の腰掛けみたいな気分で今までと変わらん毎日を送りたいならそれは叶わん職場やで・・』

 表情の無い社員にここまで低級な話を繰り返す作業は、苦痛以外の何者でも無いがそれも避けられない・・心に起伏のない社員を量産したのもワールドアートなのである。


《九州って、もっと芯のある人間が多いイメージやったけどな~・・これはヤバイ!》


櫂の経験値の中には多くの人間との出会いがあるが、どの人間も打てば跳ね返る感情があった筈である。

秋爪・吉村・小田・馬場・岸岡・川垣・糸居・・・・そして最後の森田チームのメンバーも・・・

今、自分はどんな人間を相手にしているのであろうか?

それすらも感じさせない程に感情が返って来ない。

まるで空気を掴んでいるような・・そうだ【暖簾に腕押し】とはこういう事なのだろう・・


『自信が無いです・・・』

『そうか・・・・じゃあ明日からどうする?』

『・・・どうしたらいいですか?』

 櫂は自分の認識の甘さを痛感していた


《零から立て直すんやと考えてたけどな・・間違ってたわ・・えげつないマイナスからのスタートや!》

 結局この日だけで櫂は九州支社の全社員数の半数近くを失う結果となった。



静寂な九州支社内では緊急集合した3名が先程から壁時計の秒針の音を耳障りに感じながら相対していた。

 《軸営業マンの育成が急務や・・焦るなよ俺! 》

流石にこの日の個別面談の結果は納元と山木には動揺を与えたようであるが、櫂は冷静に2人に今後の展開を言って聞かせた。


『山木・納元・・・お前達はそれぞれ数名の社員を引き連れて、責任ある催事運営を遂行してくれ・・山木は九州エリア・・納元は山陰・四国を中心に数字を残して貰う!』

『責任ある催事運営?  社員がこれだけ少なくなったのに・・ですか?』

 山木の声には複雑な抗議の心情が含まれている

『そうや・・可愛い社員を大量に退社させといて・・と言いたいんやろうがな・・・その可愛い社員達の積み上げた数字はこの支社の何処にある? 大切な社員ならどうして叱ってやらなかった・・必死に営業を教えんかったのは何故や!』

『・・・・・』

『大切・可愛いというのはな・・・身を持って守ってやれる相手に使う言葉やぞ・・自分を持ち上げてくれる人間が可愛い奴では無いんや! 辞めた人間の中で何人がお前達2人に、お世話になりましたと頭を下げに来た!』

『・・・いえ・・』

『現状の九州支社に在籍する社員が、今の俺に守ってやれる最低限の人数や・・卵を中から砕く気力のある奴と、卵を外から砕いてやる奴・・・両者が揃って営業マンが生まれる・・そういう体制を整えただけの事や・・お前も卵の中に居るんやぞ・・・俺は今、その殻をノックしていてるつもりやがな・・・お前に中から砕く気力が無いなら、俺はお前も守る対象から外すしか無い!』

『・・・分かりました』

 山木の返答はそれでもまだ鈍さを含むニュアンスであるが、後は力を見せつけて捩じ伏せるしか無い。


『2人には各会場で必ず社員の成約1件を課題として与える・・それに加えてお前達自身の自力の成約も3件!社員の成約はハーフで結構・・・死に物狂いで取り組んで貰う事になるけど、それでも会場達成率には届かん! 俺は数名の別働隊を引き連れてお前達を凌ぐ営業マンを育成しながら、お前達の会場数字の穴を埋めてやる!  定時報告は必須・・・俺の引き連れる別働隊の数字に勝ってみろ! そこで始めて認めてやる』


 言い終えた櫂は、かかって来いと言わんばかりに山木・納元を交互に見据えた。

『分かりました』

 不安と闘争心の混在する返答ではあるが、2名の課長は大きく頷いてみせた。

『それとな・・半年後の3チーム体制も視野に入れてくれ・・・もう止まらんぞ、こうなったらな・・・新入社員もそこからは増員してゆく。 じゃあ別働隊のメンバーを伝えるが、この別働隊はいずれ2人のチームに戻す事になる・・お前達自身の成長が無ければこのメンバーにも置いていかれると思っとけよ』

『望むところです・・』

『私も変わってみせます・・』



 午後10時を過ぎた九州支社内で議論を交わす3名には、もう壁時計の秒針の音は届かなかった。




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