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尖んがりジプシーの航路  作者: 下市にまな
第五章 九州決戦編
113/160

暗黙

『相変わらずふてぶてしい歩き方やな~、女の子らしさの欠片も無いぞ!』

『そっちこそ、目つきの悪いボス猿に見えましたよ~、相変わらずの暑苦しさですね! 』

 小倉駅催事場のバックヤードでは櫂と井筒が笑顔を浮かべながら辛辣な挨拶の攻防を繰り返していた。


『支社長就任おめでとう御座います・・・本当は私を追いかけて来たんじゃないんですか?』

『そんな嬉しそうな顔して、お前こそ俺を待ってたんやろうが! 寂しいわって泣きながら~』

『誰が催事の度に散財を要請するジジイを待つんですか!』

『こっちこそ、小指程度の小銭を渋るババアを追いかける訳が無いやろ!』

 お互いに、鞘から抜かれた刀を戻すタイミングを見計らいながら再会を楽しんでいるが、それを見守る納元や石本にはどこまでが本気なのか判別が付かない。


『ちょっと、あの・・・お互い大人なんですから・・もうその辺で・・』

 堪らずに石本が2人の仲裁に入る。

『誰ですか?・・このメガネっ子・・』

 新人社員が仲裁に入る行為に意表を突かれた井筒が櫂に問う

『メガネっ子と違う、こいつは新人営業マンのメガネ君や・・暫くは俺の弟子で一緒に行動する・・』

『うわ~・・ご愁傷様! それと・・宜しくねメガネ君!』

 井筒はそう言うと、大きな手持ち鞄から分厚いファイルを数冊引き抜くと机上にドサリと置いた。


『じゃあ森田次長・・モードを変えて打ち合わせを始めましょうか』

 井筒の目が一瞬で変化する。

『よしっ、始めようか・・納元は会場を頼むぞ・・・それとメガネは俺の横に座っとけ!』

『僕は・・・石本ですって・・それに、僕なんかが営業せずに横に座ってて良いんですか?』

 石本の質問には井筒も頷けるところが有るが櫂は即座に返答した

『今のお前が営業に出て何が出来るんや? 仕事に垣根なんか無いんやから、俺の仕事内容も知っとけ!』

 井筒はこの櫂の言葉だけで、石本に対する櫂の期待値が大きい事を理解し、自分の傍らのパイプ椅子を引き寄せると、ポンッと座面を叩いてから石本に着座するように促す仕草を見せた。


 思考の速さはそのまま会話の速さに反映される・・・

『今までのチーム数での運営は辞める・・今月末で会場工程の修正を終えたい』

『2チーム体制でゆくつもりですね、それなら今月末まで掛かりません』

『何があった?』

『・・・いえ』

『石本の事は気にするな、何を言っても構わんぞ』

『今月後半に入れていた提携先ショッピングセンターから断り連絡が入ったんです・・恐らく倒産すると考えていいでしょう・・別会場手配に取り掛かるつもりでしたが』

『意図せず3ラインが2ラインになったか』

『そういう事です・・・こちらの商圏は他エリアよりも冷え込みが数倍も激しいんです』

『失業率だけ見ても予測は出来てる・・平均来場者数は?』

『15名・・多くて20名・・有職者だけなら7~10名です』

『店舗毎の開催頻度率が高すぎる事も要因やな・・再販率も高いやろ?』

『はい、大阪・東海程では無いですが、元々の既存契約者数自体が少ないですから・・』

『新規開拓率の上昇無しに今後は無いって事や・・地方のショップ催事は半年以上の期間を空けてくれ』

『でも・・それじゃあ、会場数が・・』

『九州エリア内は1チームのみ稼働させる、出来る限り来場者確保が見込める会場や』

『・・・・嫌な予感がするんですけど?』


『そこでメガネ君に質問や!・・どうしたら良えと思う?』

 櫂が意表を突いて矛先を石本に向けた事で、先程から聞き耳を立てていた石本は狼狽する

『えっ! あ~、山陰~四国辺りまでって事でしょうか? 残りの1チームが動くのは』

 しどろもどろではあるが、言葉を詰まらせながらも石本は答えを言葉に出した。


《やっぱりな・・・コイツは阿呆やない・・むしろ回転は早いほうや・・惚けてられるのは天然か回転速度が早いかのどちらかしかないからな・・》

『正解! メガネ君に1ポイント~!』

 櫂は大袈裟に人差し指を突き上げた

『何が1ポイントなんですか! 山陰・四国も会場数は限られてます・・特に山陰は九州以上に商圏が・・』

『だからこのエリアも半年以上の期間を空けるんや・・九州も山陰・四国も1チーム5名体制でゆく・・

 それと・・・別働隊を編成して岡山・広島・・いや、全国の他エリア催事場に突入する!』


流石に櫂のこの提案には、井筒は当然ながら、石本までもが無茶だと感じずにはいられなかった。


『他人の米櫃に手を出すつもりですか! そんなの本部が許す筈が無いでしょう?』

 井筒自身も痩せ細った商圏の中を駆けずり回って催事場確保に苦労しているのだ・・

他エリアに突入するなど、頭の片隅にも浮かばない構想である。

『そんなもんどうにでもする! 俺が頭を下げて勉強させて下さいと他エリアの長に言えば体裁は整う・・大体、同じ社内の話しや・・エリアが違えば同業他社か? 営業推進には裏から話を通しておいてくれ! 別働隊が数字を残せば営推的には文句無いやろ・・今後の九州支社の軸を早急に完成するにはこれしかない!』

『無茶ですよ・・』

『無茶と違う・・すべき事や! 半年あれば軸は創れるんや、それまでは九州、山陰・四国エリアの経費を出来るだけ抑えて欲しい・・先ずは黒字回復が最優先! 半年後からはワールドアートで扱う国内作家の中から、2番手いや、3番手でも良い・・小さなサイン会催事を放り込んでくれ! ここに新人を導入する計画や・・』

『3チーム体制ですね・・・その頃には自前の催事場を兵庫手前辺りまで拡大するつもりですか?・・』

『おうっ!・・・しれ~っと拡大や・・それには井筒の開拓能力が必須になる・・』

『やっぱり嫌な予感通りになった・・・巻き込まれると思ったわ~』

『心配するな・・その内にエリア別なんて悠長に言ってられない程に世の中は冷え込むからな・・そうなれば営業力を持つ部隊が、今度は応援要請を受ける事になるんやから、その時は大手を降って参戦出来る』

『はあ~・・分かりました・・そんな日を目指すんですね・・・私は今後のビジョンを計画変更に落とし込みたいので、支社に戻ってデスクを借りますね』


井筒は手際よく自分のファイルを掻き集めて立ち上がった

『えっ・・井筒さん・・今の計画を実行するとですか?』

 立ち去ろうとする井筒に石本が背中から問いかける

『何を言っても聞かないでしょ!・・・とっくに動き始めてる・・もう誰も止められないんやから』

 そう答えた井筒の表情は、難題を乗り越える事だけを考えている様に力強く遠くを見ていた。

『・・・次長?』

 振り返って石本は櫂の考えを確認しようとするが・・櫂も又、井筒と同様に見え始めた航路を見据えるように視線を遥か彼方に向けて決意を再確認した様子である。


《この2人・・こうやって何度も壁をよじ登って来たんっちゃろ~か?  別働隊・・・俺も営業マンの壁ば突破しちゃるけんね》


 信じる・・信じない・・・・これは言葉では無いと石本は思った

本気で訴え、それを本気で受け止める時・・・そこには暗黙の決意が存在するのだと知った日であった。



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