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尖んがりジプシーの航路  作者: 下市にまな
第五章 九州決戦編
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 納元が櫂との面談を終えて小倉駅催事場に引き返した直後に、入れ違うタイミングで桝村チーム所属の2名の主任が九州天神支社の扉を開けて入室した。


『お疲れ様です・・』

 2名の女性主任は同チームのメンバーであるにも関わらず、それぞれ随分と離れたテーブルに手荷物を置くと、その場から動こうともせずに櫂に向けて浅いお辞儀をした。


《桝村チームの主任・・・玉垣と武田か・・・》

 櫂は現段階で社員名簿上でしか各チームのメンバー構成を把握出来ていなかったが、この2名が今のところ支社内で数字を残せるトップ2である事は、壁面に貼りだされた売り上げグラフを見れば理解出来る


《この2名の数字でも・・・全国レベルでは大阪部隊の中堅主任の域を出ない・・》

 それでも今後の九州部隊強化を考えれば、この2名の存在を軸にした再編計画が中心になるのは間違いなかった。

『帰社早々に緊急の面談になってしまうが、玉垣から応接室に入ってくれ・・』 

 櫂の言葉に、不服そうな表情の玉垣が『・・・はい』と返答してからゆっくりと応接室に歩を向けた。


 初めて顔を合わせる上司と部下・・どこにでもあるシチュエーションであるが、櫂は向かい合って座る玉垣の尊大な態度を見て大きな違和感を感じていた。

桝村の部下であれば礼儀礼節は徹底して叩き込まれている筈であるし、どんな理由があるにせよ櫂を見る玉垣の目には怒りの感情が含まれているのである。

『もう聞いています・・・井川部長の転勤の件!』

  話し始めると同時に、顔面を引き攣らせながら玉垣は唸るように呟いた


《どこから情報が漏れたんや?・・在り得ん状況やけど?・・》

 櫂は眉ひとつ動かさなかったが・・正直な所、冒頭の玉垣のこの言葉には驚くしかなかった

『誰から聞いた・・まだ納元課長と伊月・樋田以外は知らん情報やけどな』

 質問を繰り出す櫂の声が低くなる

『井川部長本人から聞きました! 私もそれなら退職します!』

 玉垣は特別扱いの自分が知らぬ訳が無いだろうと言わんばかりに、一気に内に秘めた言葉を吐き出した


《・・・・納元の次は玉垣にまで! どこまで腐ってるんや・・・犬畜生の所業やろ!》

 ここまで来ると、恩人と仰いだ井川に対しての怒りが抑えられなくなりそうだ・・・


《大阪の経営陣はこの実態を把握してるんか?・・・いや・・河上部長の態度から推察すると、この裏の顔は隠し通せているな・・》

櫂は波のように次々と襲い来る虚無感を浴び続けているような気分であった

 経営者とあるまじき小さな怨恨から職権を乱用してまで櫂を貶め、甚振りたいと画策する中山の存在・・そしてワールドアートに入社して初めて上司としての能力を櫂に感じさせてくれた井川が落ちぶれた挙句に築き上げた陰湿な裏の世界・・・


《中山社長も井川部長も、出合った時はもっと格好良かったやないか! 辞めていった課長陣も、多くの汗を流した社員達も、皆がそれを信じてたんやぞ! 何で業績が下降線を向いただけで裏切るんや! 最後までドンと構えてくれよ!》


『森田次長に恨みはありませんが、私はもうこの会社に居る意味が無いんです!』

 櫂が意識を玉垣に戻した時も、まだ玉垣は言葉を吐き出し続けていた

『玉垣・・・俺が責任者になった時から九州支社の扉は開いたままやで・・出るのも自由、入るのも自由や・・・けどな、一度飛び出したら赤の他人や・・それ以上はもう話をしなくていいよ・・・・・・お互い頑張ろうな』

 必死で戦力となる自分を説得するであろうと身構えていた玉垣は拍子抜けしたのか、それまでの語気を緩めたが、最後はそれでも辞職の意を固めて支社を去った。


《あいつにも自業自得な部分はあるけど・・・やっぱり犠牲者かな・・》

 櫂は支社を出る玉垣の背中を見ながらそう解釈したが、いつまでも沈んではいられない。


『武田・・応接室に入ってくれ』

 櫂は背筋を伸ばして自分の面談を待っていた武田を手招きした。

武田は玉垣の出す結論を予測していたのであろう・・・支社を後にする玉垣を見ても表情を変えるどころか、決意を秘めた目で正面に着座する櫂に相対した。


『武田も状況は知っていると思っていいな?』

 そう切り出す櫂に対して、武田は流石にトップチームを率いてきた人だなと感じていた。

転勤2日目に井川と桝村が居なくなり、トップセールスの玉垣を失った直後のこの状況で、櫂の表情には焦りや動揺、怒りの感情は一切無く、むしろ静かな表情のまま意識を武田に向けているのだ。

『ええ、知ってます・・・』

 櫂も武田を分析しながら感じている・・・おそらく支社内では一番の営業センスであろうと・・

感情を隠す術も、心理を読み取ろうと櫂にむける視線にも力みを感じる事は無い。


『それで・・・武田はどうする?』

 櫂は視線を合わせたまま静かに尋ねた。

『私は、森田次長が九州に来られると聞いて楽しみにしていました・・一緒に仕事が出来るなら嬉しいとも考えていました・・・・けど・・・』

 武田はそこまで言うと初めて視線を櫂から外した。

武田の態度の変化に期待出来る答えは無いと承知するが、櫂は既に不動のままで聞き流してやろうという心理を創り上げている。


《俺がブレる訳にはいかんのや・・答えはイエスかノーしか無いんやから・・》

『膝を付き合わせるのはこれが最後になるみたいやな・・せめて本音を吐き出してみろ』

 櫂はそう言ってから笑顔を見せた

『そんな顔で見ないで下さい・・・・でも・・仕方ないんです・・』

『うん、仕方なさそうな顔をしてるわ・・言うも言わんも自由にしろよ・・』

『私は・・九州を離れようと思います・・・大阪の桝村次長を追って・・・・』

『そうか・・言ってくれて有難う・・・きっと桝村次長も待ってる筈や』

 最後は深々とお辞儀をして武田までもが支社を去ってしまったのである。


 井川を元凶とした癌細胞は、支社内に転移して多くの社員達に蔓延してしまったのか?

男女の恋愛感情を無視して、生理的な欲を満たす為だけに繰り返された井川の蛮行は、希望に満ちていた筈の社員の心を振り回し、その蛮行を知る補佐役もそれに続けとばかりに堕落したのだ!


《山木の本間に対してのつまみ食いも、元凶は井川部長か・・・相当に根深い問題を抱えてしまってるぞ・・九州は・・・》

 立て直しの柱となる2名の主任を無くした痛手は大きく、今後の九州立て直し計画は大幅に後退する結果となってしまった。


《愚痴は言わんと決めたやろ!》

 応接室から出た櫂を心配そうに伊月と樋田が見ている

『心配しなくても大丈夫や・・俺は前しか見れんタイプやからな・・ここからが勝負やで!』


 そうだ、支社の扉は開いたままなのだ・・

出る者がいるなら、まだ見ぬ仲間が入れるようにすれば良い・・櫂は陰湿な思考から未来の希望へと心の進路をシフトした。


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