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尖んがりジプシーの航路  作者: 下市にまな
第五章 九州決戦編
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気怠い女

 小倉駅に隣接する展示会場で催事運営中であった納元は、櫂の帰社要請に応じて九州天神支社に舞い戻った。

新たな次長として櫂が赴任して来る事は聞いていたし、言葉を交わした事は無いにせよ課長会議で常にトップ席に君臨していた櫂の様子は嫌という程に眺め続けてきた。


《出来れば暑苦しい指導は勘弁して欲しい・・・》

課長会議での櫂に対するイメージは口数の少ない印象ではあったが、時折見せる狂犬じみた経営陣に対しての怒りと言動は余りにも熱く、それを傍観する納元にさえ余計なエネルギーを浪費させてしまいそうな印象を与えた。


《転勤早々に何を言うつもりなの?》

当たり障りのない【頑張ろう宣言】なら迷惑だと言わんばかりに、納元は気怠い表情を隠そうともせずに九州天神支社の入口ドアを押し開けた。

『お疲れ様です・・森田次長・・只今戻りました・・・』

 納元は長いストレートヘアーを片手でかき上げながら、溜息混じりとも取れる口調で小さく挨拶した。

『うん、お疲れ様・・急遽の呼び出しになって悪かったな』

意外な程に落ち着いた櫂の言葉に意表を突かれながらも、自分に向けられる無表情に大きな違和感を感じる


『本来は笑顔で社交辞令でもすべきやけどな・・・納元課長の本心を早急に理解しないとアカン事態になった』

 櫂はうっすら笑顔を浮かべると納元を応接室に促した。


《何?・・》 あまりにも印象と掛け離れた櫂の態度に、納元も緊急事態を予感し始めた。


『そんな!・・・信じられないです・・・突然過ぎる』

 櫂の口から説明を受けた井川・桝村の転勤は、引き攣る声と共に血の気の無い納元の表情を一層に青白くさせた。

『・・・・俺も信じたくはない・・けど、それが現実や』

 静かに答える櫂は納元の挙動からすかさず情報を拾い上げていたが、それを表情に出す事は無い。




納元は得体の知れないプレッシャーを感じていた

 《落胆・・怒り・・後悔・・・・・闘争心・・・櫂の表情が読めない・・》

眉一つ動かさない無表情の櫂の目だけが、納元の心理を見透かしているように瞬きもせずに捉え続ける。

納元は狼狽する自分の気持ちを隠しきれない事に困惑し、それを機に更に深層部までをも見透かされそうで心拍が上昇してゆく。


『・・今後の事やけどな・・・九州が今の状況のままなら閉鎖の方向に向かうのは確実や・・俺は断固として戦うけど、同じ方向を見てくれる者以外は足手まといになると考えてる・・・』

 櫂はそれだけを伝えると、再び黙り込んだ。

このまま視線を合わせると、心に張ったガードを引き剥がされそうだという焦りが納元の目を泳がせる。

『私に・・・どう答えろと・・』

 納元は消え入りそうな声で返答した

『答えは自分で考えるもんや・・・俺と前を向いて闘う覚悟を固めるか・・それとも全てを放り出すか・・思うところはあるやろうけど・・情や人間関係だけの運営は今日で終わった! 今までとは闘う気力の源泉が違ってくるという事や! 納元課長が同じ方向を見れないなら俺は引き止めん・・・一人でも戦い抜くと決めたからな・・』


櫂は会話の内容を納元の挙動から得た情報で大幅に軌道変更していた。


《・・やはり見抜かれてるの?》 納元の青白い顔には熱が籠り始める。

櫂にも確信など無いが、井川の転勤を伝えた際に浮かべた瞬間的な納元の表情は尊敬する上司が居なくなる驚きでは無く、女性が男性に向ける表情そのものであった。


《井川部長・・・随分と堕落した日々を重ねてくれたな! 諦めか・・それとも私生活の崩壊か・・・二面性の最悪な部分を垂れ流しやがって!・・》

 この納元の小さな表情変化だけで九州が低迷を続けた元凶が井川自身にあったと推察出来てしまう。


『本来のプライドを自分の手で取り戻してみたいと思わんか? 部下から憧れられるリーダーを目指すべきやないのか?』 櫂はようやく砕けた笑顔を納元に向けた


《誤魔化せたの?・・それとも、知らぬ振り?》

『ゴチャゴチャと考えるな・・・やるなら今までより荊棘の道になるんや・・成るべくして課長になったなら、その役職に対して責任を果たして貰う必要が有る・・この瞬間が逃げ出せる最後のチャンスやぞ! 俺は鬼やから、今までの仕事不足も返してもらう・・』


 とうの昔に井川との男女の関係は終わっている・・それでもこの仕事を辞めなかったのは、自分の身一つで不景気な社会に飛び出す行為に恐れを感じたからでもあり・・役職とは程遠い実力の無さを痛感していたからでもある。

課長と持ち上げられる心地良さと、会社の業績に貢献出来ていない肩身の狭さを行き来しながら、いつしか自分は気怠い人格を演じるようになっていた。


『私の何かを見抜きましたか?』

 納元は目線を泳がせまいと苦労しながら声を絞り出した

『さあ~、そう感じたんならそうかもな・・時間は勝手に未来に進む・・居場所は変わったって事や!』

『居場所が・・』

『そうや・・それで、その居場所に立つ人間も変わろうと思えば変われる! 俺もどんどん変わる・・プラスに変わりたいからこそ覚悟を頼りに踏ん張るしかない』

『・・私なんかが変われますかね?』

『俺に尋ねて、何て言ってもらいたいんや?  選ぶのは納元自身やとさっきから言ってる筈や・・』

『・・・え、はい・・』

 納元が即答出来ないのは当然だろう、即答するなら逆に此方が疑心暗鬼になってしまう・・

男女関係による優遇に後押しされて出世した後は、体裁だけを取り繕って立場を保ってきたのだ・・

営業会社で業績を残さずに少額であれ給与を手にするという事は、他人のふんどしで相撲と取ると言う事である。

それが今日からは自分で相撲を取りなさいと突き付けられているのだから迷いが出るのも仕方ない。


その後、櫂はひたすら無言を貫いた・・・

『・・・覚悟・・ですか・・』

『・・・・・』

『やってみたいとは思います・・覚悟を固めて・・』

『半端な感情なら迷惑なだけや・・・これから前を向き始める部下達の生活にも関わるからな!』

『・・・はい・・私の力で出来る所までは・・』

『それは違う、同じ方向を向いて闘うなら一人や無い! 俺は納元一人の為に力は使わんけど、仲間の為なら全力を出し切る事を惜しまん!』

『・・・・ええ 』

『その返事から変えるべきや・・自信の無いリーダーの部下は不幸やで・・棘だらけの道を踏み潰して行かなアカンのやから弱さは足を引っ張るだけやろ!』

『はい!』

 卑屈な表情ではあるが、最後に納元は声を張って答えてみせた。


櫂自身にも自分がどこまで変われるか予測も出来ないままである、それでも櫂はやはり猪のように走る自分を思い描いていた。 

櫂の闘争心が張り詰めていなければ、気怠い女を演じていた納元や、これから共に闘う九州メンバーを変える事など叶わないのだから・・・


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