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尖んがりジプシーの航路  作者: 下市にまな
第五章 九州決戦編
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成敗

『何や、その気色悪い表情は?』

 櫂は困惑の表情を遠慮がちに此方に向ける本間に問いただした。

『はい、あの~面談作業中に申し訳ないんですが・・・ややこしか客が来てまして・・』

 本間の言葉には多少の苛立ちが読み取れる。

『何がややこしいんや?』

『新人の子が接客していた客なんですが、フォローに入って勧めていたら当たり馬券でなら買ってやると言い出しまして・・・今は山木課長がフォローされてますけど・・』

『へ~・・おもろいお客さんやな~』

 櫂はケラケラと笑った

『笑ってる場合いやなかでしょう?』

『おお、スマンスマン・・どれどれ~』

 櫂はバックヤードを出て本間が指し示す、会場奥の商談に目を向けた。


《何や・・・どう見てもヤクザ者やないか・・・二人も取り巻きを従えて偉そうに・・》


『会社を経営している社長らしいんですが、大穴を当てた馬券があるからそれで買ってやるの一点張りで・・』

 本間もそうとう食い下がったのであろう、苛立ちが遠慮なく表情と語気に染み出しはじめたようだ。

『わかった、俺が話すわ・・・それよりお前はプリプリするな、お前のほうが感じ悪いぞ!』

 櫂は笑顔でそう言い残すと、ゆっくりと会場奥の商談に向かった。


『いや、社長様・・だから当社は現金か、分割だけの支払いでして・・・・』

 ヘラヘラと愛想笑いを浮かべてフォロートーク中の山木も困惑の表情を隠しきれない

『やけん、この当たり馬券を換金すればお前の会社には釣りがくるって言うとると! 正真正銘の当たり馬券やけんが、それが何で買う事が出来んとや?』

 ふんぞり返りながら年配の男性が声を張り上げると、それに付き従っている2名の取り巻きも呼応するように『買える筈やけん』 『社長がこう言うとるけんが』 とチャチャを入れている。


 購入を考えている作品は50万円の馬をモチーフに描いた作品で、ワールドアートが扱う作品の中では珍しく非常に具象的な絵柄である。


『馬の絵は飾ると良いって言うけんね~ 儂も買おうかと思うとるんよ』

 横柄に答える年配男性の横では、新人の女性営業マンが小さくなって俯いていた。


《何や新人ってさっきの下げ眉毛かいな! あいつ頑張ったんや!》

 櫂は嬉しさで顔がほころびそうになるのをグッと抑えて、違う種類の愛想笑いに表情を切り替えた。


『どうも有難うございます、随分とうちの社員が無理を言っているようですが』

 突然に登場した恰幅の良い櫂の存在に一瞬取り巻きの2人が身構えたのを肌で感じる。

『何ねあんた?』

 年配男性は眉を顰めて櫂を見た

『会場責任者をしております、森田と申します。 先程、部下から真剣に購入を考慮されているお客様がおられると聞きましてご挨拶に伺いました』

 櫂はそう言うと丁寧に自分の名刺を男性に手渡した。

『は~ん・・次長さんね・・・儂は買うと言うとうと! ばってん、お宅の社員さんは現金しかいけんの一点張りの繰り返しったい』

『そうでしたか~』

 櫂はそう言うとフォローに入っていた山木をグイっと押し退けて『どけっ! 邪魔や』と吐き捨てた。


愛想の良い先程までとは打って変わった口調の悪さと、乱暴さにその場の全員が身構えたが更に櫂は続ける

『付き添いのお二人が立ったままやないか! 椅子を用意せんか! 気が利かんのも大概にせいよ!』

 櫂はそのまま年配男性を横から間近に眺める位置に手近の椅子を引き寄せてドカリと着座した。


 慌てふためきながら椅子を運んできた本間が、混み合う商談作品周辺からは少し離れた位置に2つの椅子を設置する。

櫂は、どうぞという言葉も無く、無言で手を差し向けたまま取り巻きの2人に着座するように促した。

『すいませんね~・・こいつらまだまだ未熟でして・・』

 櫂は再び口調を柔らかくして年配男性に笑顔を向けた

『兄ちゃんも大変やね・・・最初に説明した女の子が話し続けよるもんやけん、儂も買おうかと言う事になったんよ・・・ところが口を揃えて馬券じゃダメと言いよる!』

『ふ~ん・・・ところで組長・・ああっ社長さんは本当に気に入ってくれて、本当に買っても良いと考えてくれてはるんですかね?』

『・・・・・やけん、さっきから買うてやると言うとるけんが!』

 年配男性は急に距離を飛び越えて近づいてきた責任者に多少は驚きながらも語気を強めた


『有難う御座います!・社長の信頼の置けるその言葉を聞かせてもらえて安心しました~ 新人のこの女の子ね・・真面目で一生懸命働くんですが、性格が優しすぎてね・・・中々買ってくれと言い切れない所がありましてね・・それも含めて社長はこの子から買ってやろうと言って下さったんやと・・・そうでしょう社長! いやあ~実際はこんな素直な子ですから、それをいい事に冷やかしで時間を使わせる卑屈で小さい連中も来るんですよ~・・こんな商売してると~』

 櫂はそう言うと、すかさず年配男性の手を取って強烈な握力で握り締めた。


『おっ、おう・・・やけん馬券で買うてやるとさっきから言うとうけんが・・』

 たじろぎ気味の年配男性を援護しようと取り巻きの2人はピクリと動きを見せるが、今度はその2人に向けて櫂が笑顔を向ける

『こんな男気のある社長の会社で働いてはるなんて羨ましいですよ~ 今日はこの後、社長と一緒に中洲に飲みにでも行かはるんですか? 俺の上司もこんな社長みたいな人やったら良かったんやけどな~』

『わかったて兄ちゃん、それで馬券では買えるんかい』

 痺れを切らしたように年配男性が櫂に問いかける

『社長も冗談はやめてくださいよ・・成功を手にした経営者なら、とうの昔にご理解頂いてる筈なんやから! 俺達をいつまでも困らさんと、ポケットマネーのほうでお願いしますわ~・・・立派な社員さんを中洲に連れてゆくんやから、ポケットの中身位は想像できますよ~』


『おいっ! そうしたら俺達の今日の飲み代で支払えって事か!』

 取り巻きの一人が凄みを効かせて櫂を睨みつける

『何言うてはるんですか? 社長に恥をかかせるような事言うて! 社長がそんなギリチョンパンチの金だけでお二人を連れ回す訳がないでしょう? ねえ社長! ましてや、当たり馬券を使うのならむしろ夜の街って事位はもう考えてはると思いますけど!』

 櫂は言い終わると、再び満面の笑顔を年配男性に向けた


《逃げられると思うなよ!・・社員の時間を冷やかしで奪ったんや・・俺の前では通用せんぞ!》



見る見る年配男性の顔は歪んでゆくが、ここまで仕立て上げられると取り巻きの言葉など援護にもならない。

暫くの沈黙の中、新人営業マンも取り巻き連中も、商談を後方から眺める山木・本間・椛田も固唾をのんで着地点を見極めようと身構えた。


『そうやの・・・』

 絞り出した声でそこまで呟いた年配男性は再び口を閉じる

櫂はこの瞬間を待っていたかのようにスーっと年配男性の耳元に近づくと、手を添えて何かを耳打ちした

(御大・・、こんな気弱な女の子を泣かせるような事も、ご同行の2人を落胆させる事もアカンでしょ!

 今日は男気のある買い物をする日やったと思うて下さい・・・50万で男が立つなら安いもんでしょ)

 それだけを告げると櫂は最後に、優しくポンっと年配男性の肩を叩いて笑顔を向けた。


『ふんっ、あんたの言う通りに現金で買うてやるけんが!』

 年配男性は徐に柄物シャツの前ボタンを外し、腹巻の中から帯付きの現金束を掴み出すとテーブルに投げおいた。


『有難うございます・・・ おいっ、山木! 粗相の無い様に申し込み手続きと商品発送の説明を差し上げろ・・ああ、それと・・一応クーリングオフの説明も差し上げてな・・むしろこんな男気のある社長様にそんな話は失礼やけど・・・すいませんね社長・・説明だけは聞いてやって下さい・・・・・男の買い物にケチを付ける訳やないんで勘違いせんといて下さいや・・・』

 櫂はそう言ってから商談テーブルを抜け出した。



『・・・何で急に現金で買うてくれたとですか?』

 本間は急展開で成約が決まった事が未だに信じられないようである

『お前にもいずれ分かるかもな・・・成長出来ればの話やけど・・それよりお前は金でも数える手伝いをして来い! きっちり50万貰うんやぞ!』

 櫂はそう投げ捨てると又もやバックヤードに消えてしまった。



 ヤクザはメンツの生き物である、もうあの成約にキャンセルは無い・・・・・

同時に山木が何かを感じてくれれば良いし、本間や椛田が興味を持てばそれで良い。

新人社員には意味が分からないであろうが、順を追って成長させるしかないであろう。


どちらにせよ、櫂には珍しく乱暴な営業であった

営業には正義が必要である・・・・だが、そんな営業に携わる人間も大切な時間を費やして全力の説明を展開している・・

技量の有る・無しに関わらず、その気もないのに冷やかしで時間を奪う輩は許せはしないのだ・・



《ああ・・・新人の底上げにも苦戦しそうや・・・もう家に帰ろかな・・疲れるで~》

 こうして前途多難な九州支社物語は幕を開けたのである。



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