初動
薄っぺらいのは仕方ないか・・・・
個人面談を進める程に深まる憂鬱ではあるが、櫂は現状を否定する感情を切り捨てていた。
《これが現実! どう変えてゆくかだけを考えるんや!》
櫂よりも一回り近く年齢を重ねた男性営業マンの栗野が愛想笑いと相槌を繰り返す姿を見て、手早に面談を切り上げて次の中堅メンバーの面談に移行しようと、櫂は栗野の面談を途中で切り上げた。
《このカマキリ親父は腹黒いぞ・・・周りには慕われているようやけど、存在意義はそれだけや・・居場所を確保する為に必死で演じる良いおじさんだけではな~・・まあ、本性は直ぐに見れるやろうけどな・・悪気は無いけど結果が残せないなら・・・》
そんな事を考えているうちに、次の面談相手がバックヤードに入室して来た。
『失礼します、あの・・椛田です』
緊張しているが、何とかテキパキとした態度を保とうとしている女性営業マンの椛田はコンサルタントセールスであり、面談相手としては最後の中堅営業マンである。
『座ってくれ』
そう言った櫂の視線には圧力を感じているが、椛田は何とか視線を逸らさずに耐えている。
《よしっ! ここでふやけた態度になるなら残念するしかないけど、コイツ・・化けるかな?》
櫂は中堅営業マンの椛田が本間の支持に意見をしている姿を、会場に入る前に目撃していたのである。
『お前、ライバルに設定しているのはこのメンバーの中の誰や?』
櫂には答えが予測できていたが、あえて椛田の口からそれを引き出しておきたかった。
『私のライバル?・・・・』
『そうや、負けたくない、コイツには勝とうと感じる相手がライバルや!』
『考えた事は無かったですが・・・それなら本間さんです・・』
椛田は言い終わった後で、恐れ多い事をいった恥ずかしさから目線を下げて俯いた。
『何で俯く必要が有る・・・いつも成績で負けてるから恥ずかしいか? 完全に白旗を上げて負けを認めてるから恐れ多いと感じてるんか?』
『・・・いえ、負けたとは思ってません・・でも確かに成績は・・』
『お前が本間に勝ちたい理由は?』
櫂が問いかける
『・・・・』
椛田に即答出来る質問ではない
『俺が代弁したげるわ!』
櫂は更に椛田の眼球の奥の本心を覗き込むように視線を向けた。
『お前は本間の指示や態度が正しくないと感じる時がある、それは本間の態度であったり、デリカシーの無さであったり、プライベートでの素行であったり細かく明言する事は難しい・・感覚的なものやからな・・自分の意見を言ってはみるものの、いつも力で言い包められてしまう・・それは論破されたと言う事ではない、実績が下であると言う負い目がお前自身を萎縮させているからや・・このチームの催事運営にも疑問がある・・もっと真摯に仕事に向き合うべきだと思っているし、新人社員への指導も不足していると思っている・・・・・ところが実績のない自分が癇癪持ちの山木に意見が言える訳も無いし、新人に営業指導をする資格など無いとも考えている・・・これを覆すにはさっきの本間に勝ちたいに繋がる』
櫂の言葉が終わる頃には椛田は目を丸くして驚くしかなかった。
『何か言えよ! 見当外れなら俺が恥ずかしいやろが・・』
櫂はそう言うと砕けた笑顔を見せた
『・・・驚きました・・そうです、私は営業成績がついて来ない事で・・・』
『椛田! それは逆やで!』
『逆?』
『そう、逆や・・・ガンガン意見を通せば良えやないか! 正しくないのはチーム運営でも山木でも本間でも無い・・・ましてやお前の貧弱な営業実績でもない・・一番正しくないのは、違和感を感じながら、それを発言する為の力を付ける努力を怠るお前自身やぞ! 何で他を押しのけてでも必死で接客数を増やさんのや? 何で営業で躓く原因を考え抜かんのや? 何でお前より成績を残す本間の営業を分析しないんや? 自分の思う様な環境じゃありません~って叫びながら、自分は変わらないなんて虫が良すぎやろ!』
『・・・・仰る通りです・・』
椛田の顔も紅潮して来た
『で、それに気付いたからって、どうするんや? お前には強くなる覚悟を持つ精神力は有るか?』
『強くはなりたいです!・・でも、何から・・どうすれば?』
『まずは自分の頭で考えろ! 直ぐに周囲に頼るのは許さん! お前が意見を出して来い・・何でも聞きに来い・・それには必ず答えてやる。 言うとくが、お前が覚悟を固めた段階で俺の覚悟も固まるんやぞ・・・俺のは筋金入りの覚悟やぞ!』
言い終えた櫂の目は筋金入りと言う事を納得させるだけの力が漲っていた
『信じます! 森田次長の言葉を』
椛田の目にも力が漲ってゆく
『それなら安心したわ~』
『えっ?』
『俺を信じるんやろ? 俺もお前を本気で信じられるやないか! でも、その前に椛田は自分自身を信じてやるべきやな・・・・いずれにせよ、気をしっかり持ってついて来いよ・・厳しいぞ!』
『はいっ、宜しくお願いします!』
この時点でようやく椛田に笑顔が浮かんだ。
初動は重要である・・・・
この段階で与える印象は絶大なものであるが故に、誤った判断をすると後々に大きな影響を及ぼす事になる。
間違いなく意識改革を必要とする九州支社に対して、強硬手段など焼け石に水であろう・・・
長い歴史で沈殿し続けた怠惰な意識はそう簡単に払拭は出来ないのだ。
最初の小さな風穴を開ける為には誰を起点にすべきなのか?
まさに櫂の勘と経験値に基づく選別であり、自分の理想に対して実直な性格である椛田は期待に値する選択であったと櫂は考えていた。
《とにかく共鳴する感覚を持ったメンバーを選別するんや! 井川部長も桝村次長もこの改革には必ず賛同してくれる筈や・・力を結集する時やで!》
櫂は小さな共鳴を発した椛田を退室させてから、再びタバコに火を点けた
《残りは新人メンバーか~ 頼むぞ、赤い炎を持つ奴が居てくれよな!》
ところが、新人メンバーを待つバックヤードに次に入室して来たのは、困惑の表情を浮かべた本間であった・・・