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尖んがりジプシーの航路  作者: 下市にまな
第五章 九州決戦編
104/160

選別

 想像以上に怠惰な環境・・それに疑問を抱く事すら出来ない集団・・


《誰かを起点に新鮮な風を送り込んでゆくしかないな・・最初はピンホールで良いんや・・これはかなり手が焼けそうやぞ・・》

 櫂はこの日を迎えるまでに九州支社の低迷の要因を何通りも模索していたが、こうまで技術的にも精神的にも未成熟なメンバーが大手を振っている事に驚き、且つこの状況を放置したままの井川・桝村に対しても疑問を持つしかなかった。


『おいっ! そこの派手なお前!』

 櫂は最初に声を掛けてきた女性営業マンをバックヤードに呼び寄せた

『あっ、はいっ!』

 全体的にのんびりムードのメンバーの中にあって、この女性営業マンは中々にクイックな反応が出来る様である

『お前、名前は?』

『はい、本間・・本間陽子です・・宜しくお願いしますっ・・いや~・・次長が大阪から転勤して来るとは聞いていたんですが・・突然で驚きましたよ』

 本間は物怖じせずに笑顔で自己紹介した。

『そうか・・・』

 櫂は手短に答えながら自分の魂の村選別が間違っていないと確信を持った。

ズケズケとした口調に、怯んだ姿を隠そうと自分を大きく見せる態度・・・幼少期の櫂の周囲にはこの手の女性が沢山居た。 

概ねこの手の女性は父の隆明に引き連れられて訪れた雀荘やスナック等に居たものである・・・口が悪くデリカシーは無いが、根は良い人が多く、女性らしい性格が端々に垣間見えるタイプ・・・・

櫂はこれを【ズケズケ村の魂】と命名していた。


『そしたら本間に聞かせてもらうで、何で九州はこんな弱小支社やと思う?』 

 ズケズケ村には廻りくどい社交辞令の言葉は不要である・・・櫂は単刀直入に質問を突きつけた。

『弱小!・・皆んな頑張ってますが・・そんな事言われたのは始めてです・・』

『そうか?大阪メンバーも東京メンバーでさえ九州は弱小支社やと言うてるぞ・・少なくとも俺は九州支社が他のエリア連中と同じ土俵で闘っているとは思ってないしな』

『どういう事ですか?』

 率直に気分を害した口調で本間が食い下がる

『聞きたいんか?・・・聞いたら恥ずかしくなってまうで・・』

『聞きたいです・・』

 視線を合わせながら感情を覗き込まれている様なプレッシャーを櫂から感じつつも本間は即答した。

『要はお前達は草野球やと言うてるんや・・・たまたま古株で残ったメンバーが、野球を知らないメンバーの寄せ集めに対してあれやこれやと指示を出すだけ、やれ打て、やれ走れってな・・・ああ、今度のメンバーは君か~・・頑張って打てよと、打ち方も教えずに傍観している。 その間にも他エリアのチームは、本格的に戦略を練り、技術を磨き、そして甲子園に行く為のメンバーを揃えようと必死に時間を費やしている・・・お前達が来場者をほったらかしておしゃべりに没頭しているその間にな・・』 

 櫂の口調は穏やかではあるが、その言葉は充分に本間の表情を紅潮させた


『草野球は楽しい、そして訳知り顔で持ち上げられる古株は居心地が良い・・でもな!・・青空を眺めてのんびりしてる奴が見る景色と、本格的に全国に視野を拡げて自分達を磨き続ける奴達が見る景色は全くの別世界や・・・俺達はお金を貰うプロの世界の人間やで・・お前は主任やろ?』

『はい・・・そうです・・』

『お前と他エリアの主任・・・そういう比較をしてみるべきやと俺は思うで・・プロならもっとお金を稼ぐ・・そしてもっと大きなプライドを持つ・・・今のお前が他エリアの主任と一緒に会場運営したら【薄羽蜉蝣】ってとこやな・・俺は強制はせんけどな・・・お前に切り替わる気が有るなら俺が責任を持って

全国レベルを教えたるわ』

『始めてです、そんな発想・・・全国ですか・・私もっと上を目指したいです!』

 本間は単純に感銘を受けた前のめりの表情でそう言ってから櫂を見返した。

『そうか・・俺がお前の本気を感じる時が来たら、惜しみなく教えるわ』

 櫂は本間の興奮に反して、素っ気なくそう言うと次の指示を出した。

『リーダーから順番に個人面談するから、課長を呼んで来い!』

『はい、山木課長ですね・・・課長は言ってましたよ、誰が来ようが関係無いって・・』

 本間はやはり単純なのだろう、新たな次長がやって来る事に対して抵抗を感じている山木の心情を、遠慮なく曝け出してから笑顔でバックヤードを退室したのである。


《はあ~流石にデリカシーのないズケズケ村やな・・・次は坊ちゃん村の山木課長やな・・・こいつは時間がかかるぞ・・ホスト売りタイプの課長か・・》

 櫂は最初に会場到着した際に、こちらに駆け寄って挨拶する社員達を他所に、手近の来場者に声を掛けて挨拶を免れようとしていた山木の姿を見逃してはいなかった。

《お山の大将はプライドが小さい様や・・・言うて解らんなら本当の力を見せつけるしかない!》


バックヤードと展示会場を仕切るカーテン越しに、先程の本間の声と課長である山木の声と思われる会話が洩れ聞こえてくる。

『課長、個人面談ですってよ・・早くバックヤードに行って下さい』

『何で俺から行くと?』

『そんな事知らんと! 早よ行きんさいよ! 女上司なら直ぐに行くんでしょうよ!』

 方言なのか? 上司と部下の会話にしては違和感を感じるやり取りである


《違う、方言や無いぞ・・この雰囲気は男と女のやり取りや! あの坊ちゃん、手近な所で手を出してやがるな・・・むっつり野郎め! しかし、後先考えんな・・ズケズケ本間に手を出してどうするんや? まあ、あの口調では関係は終わってるな・・・気まぐれのつまみ食いや・・》

 櫂はバックヤードでタバコに火を点けてから溜息と一緒に煙を吐き出した。


 課長の山木は想像通りの人間であった

支社設立メンバーとなる人吉・小倉の次の世代に当たる古株メンバーであるが、容姿は整っており一見するとホストと言っても納得する様な髪型と派手目のスーツを着こなしている。

櫂の脳裏には糸居の顔がチラついていた・・・

一部の客層に偏るホスト営業で今の課長の地位を手に入れたのであろうが、故に自分に続く営業マンに技術的な指導が出来ないまま今に至っている筈である。

それでも自分の立場を確固たるものとして見せるのは、礼儀礼節を盾にした威厳であり、成績が残せないメンバーに時折見せつけるホスト営業での成約なのであろう。


《そりゃあ、新たに赴任して来る男性上司は認められんやろうな・・威厳が保てんもんな~

  それでも変わってもらう必要があるで!  お前の力も必要なんや・・まずは坊ちゃん卒業や・・》

 櫂は自分の威厳を保つために、恐らくちょくちょく癇癪を起こしているであろう山木が、遠慮がちの引きつった笑顔を必死に演出して此方を見ている様子に

もう一度大きな溜息を吐いた。

『山木よ・・お前の変わり様が支社の変わり様やで・・・本当の営業力でチームを引っ張る時や!』

『はい、分かりました』

 山木は素直に答えたが、櫂の言っている言葉の意味など殆ど理解出来ていないであろう。

返答を聞いた櫂も、最初から山木の変化など期待もしていない・・・完全な社交辞令である。


《コイツは後回しや・・・外堀から埋めよう・・時間は掛けてられんのやから・・》

 櫂は山木に次のメンバーを呼べと指示を出した。

 



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